Ep.22 女帝の意地と矜持

僕は教室に戻り、静かに席に座った。


黒江は嶺羽と話しており、伊万里も、初瀬という一軍女子と話していた。


今日は午前で授業が終わる。次の時間にダンスの内容をある程度決めて解散するのだ。

僕は最近の音楽にはあまり詳しくないし、ましてやダンスに適した曲など分かるはずがない。とりあえず誰かが提案した曲に乗っかっておけばいいだろう。




僕はダンスでは黒江たちのグループに入った。男子のみの、僕としては比較的気楽なグループだ。


町村がダンスを踊れるらしく、積極的に引っ張ってくれるおかげでダンスに関してはからきしの僕でも非常にやりやすい。


放課後に早速振りを考えて僕たちは教室を出た。


「惟斗と俺、帰るけど。継路も来る?」

「いや、まだ残る」


黒江の誘いを断って、僕は校庭に向かった。


伊万里は小学校の時、お花係に任命された時がある。

花をこよなく愛している彼女は、今は美化委員に属している。


そこならもしかしたら、伊万里がいるかもしれない。僕は伊万里に会って話すべきだと思った。

僕は伊万里を害さない。そのことを伝えることに意味はきっとあるだろうから。




校庭の中央に、伊万里はいた。


花畑を踏み荒らしているわけではない。彼女自体がこの花畑の女王だと言わんばかりの大輪を咲かせているようだった。


伊万里の容姿は整っていると思う。嶺羽も黒江も褒めていた。実際僕も、伊万里はアイドルかモデルで充分やっていけるレベルの顔面を持ち合わせていると思う。


伊万里の過去を知っている人間なら驚くだろうが、伊万里は元々そういう素質があるのだ。


僕がいつ声をかけようかと迷っていると、伊万里が僕に気がついて、ゆっくりと歩き出す。

花を踏まないように気を払っているあたり、僕の知る伊万里だと思った。


「有栖川、何の用?」

「……僕は」

「私を笑いに来た?」

「違う」


伊万里は僕のことをなんだと思ってるのか。

そんなに悪いことはしてないはずなんだが。


「じゃあ何?とうとう私を引き摺り下ろしに来たの?」

「だから、僕はさ。伊万里をどうこうするつもりはないんだって」

「……嘘よ」

「何が」


伊万里は僕に向けて、大声で怒鳴った。


「嘘!そんなの嘘に決まってる!だって有栖川は私を恨んでるはずだから!」

「……は?」


僕は伊万里に何かされたのか?全く記憶にないんだが。

被害妄想ならぬ加害妄想ときたか。


「何の根拠があってそんなことを……」

「根拠ならある」


伊万里は僕を睨みつける。それから泣きそうな表情で続けた。


「有栖川継路はそんな目で人を見下さない」


「有栖川継路はそんな冷たい声で笑わない」


「有栖川継路は助けを求める他人を見捨てたりしない」


「有栖川継路は……」


「僕が何?」


伊万里、君には僕がどう見えているんだ?僕に何を見ていた?

僕はそんな綺麗な人間じゃない。


「有栖川継路は……こんな学校に来たりしない」


伊万里は僕を分かってない。伊万里が見ている僕は、全て幻だ。

今僕はここにいる、それが現実だ。


伊万里は僕なんて初めから見てなかったんだ。

伊万里が恐れているのは、かつて存在していた有栖川継路。


「僕は最初からこういう人間。伊万里が知っているときほど今は頭もよくないし、成長とともに落ち着いただけ」

「……それこそ嘘じゃない」

「嘘なんかじゃない。どうして今ここにいる僕を伊万里は信じないんだ」


勘弁してくれ。このままだと埒が明かない。


「伊万里伊万里ってうるさいな!」

「……絵恋」

「ねえ有栖川くん。私はね」


猫撫で声で言った伊万里は僕を見て、笑った。


「有栖川くんが欲しいの。誰よりも勇敢で完璧な有栖川くんが」


そんな僕は初めから存在していない。というか誰だそいつ。


「でもそれはあんたじゃない」

「……そうだよ、僕はそんないい奴じゃない」

「ねえ、何があんたをそんなに変えたの?」

「僕は何も変わってない」

「……中学の、ときのこと?」


なあ、それは禁止カードだろ?

聞いちゃいけないことだろ。僕は伊万里に何も言わないのに、何で伊万里は平気でそんなことが言えるんだ。

されて嫌なことは人にしちゃいけないって教わらなかったのか?

僕が通っていた小学校では教わったぞ。


「もういい」


僕は諦めた。伊万里の説得は無理だ。

黒江たちはなんとかして言いくるめよう。


「ちょっと、なんなの!?待ちなさい、有栖川継路!!」


僕は伊万里を無視してそのまま下校した。




何一つとして解決していないが、今回の事の顛末。


黒江と町村のおかげで僕達はダンスを無事完成させ、夏休みから本格的な練習に取り掛かることになった。


夏休みにわざわざ学校に行くのは面倒だが、2年生の出し物が舞台発表である以上致し方ないことだろう。


嶺羽が入ったグループも順調なようで、もう早速踊りをマスターしたらしい。


そうして、僕達の夏休みは始まった。

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