Ep.21 女帝が恐れる存在

僕と伊万里は幼稚園から通っているところが同じだ。だからといって幼馴染というわけではないのだが。関わる機会もそう多くはなかった。


14年間の中で、同じクラスになったのはたったの3回。出席番号が近いから班が同じになったこともあるが、有栖川と伊万里では1人か2人は間に挟む。今年だってそうだ。僕と伊万里の間には、伊勢と井上がいる。生活班は当然同じ。井上が班長で伊万里が副班長。ただ伊万里が実質的な権力を握っている。


伊万里には他校や先輩にも知り合いが多い。それらからは気に入られており、つまり、顔が広い。

教師にも逆らうが基本的にフレンドリーに接しているからか、校則違反を見逃してもらっていることも多いようだ。


そんな伊万里にも、敵がいる。それは己自身の過去だ。


今の伊万里にとって、僕が知っている頃の伊万里は不都合でしかないだろう。

そして、それを知っている僕も。


だから僕を虐げる。


僕が何を言っても周囲が信じないように、地味で取るに足らない人間として周りに扱われるように手を回しているのだ。


僕の言葉を封じ。

僕の意思を封じ。

僕をこの立ち位置に固定しようとしている。


別に僕は今の立ち位置を望んでいるし、伊万里の過去を言いふらすつもりなど毛頭ない。僕にメリットが存在しないからだ。


伊万里が僕を恐れているように、僕も伊万里を恐れている。

理由は全く同じだ。僕も伊万里に過去を言いふらされたくない。


正確に言うと、伊万里が僕を恐れなくなり、僕の過去を利用し、何かを企み始めるのを恐れている。

もし伊万里が僕を持ち上げ、元々の黒江の立ち位置に僕を迎えようとしたならば。


僕は伊万里を絶対に許さない。




「なんでも何も……本当に僕はダンスがよかったのに」

「有栖川はダンスが嫌いなんじゃないの?」

「別に嫌いってほどじゃない」

「へぇ……私、覚えてるけど。あんたがダンスで醜態を晒したこと」


おいおい。僕たちの間で過去の話は禁止カードじゃないのか。

……それとも、本当に陰キャの僕を虐げたいだけなのか?


「あったね。でもあれは練習不足が招いたこと。僕はダンス、嫌いじゃないから」

「……チッ」


露骨な舌打ち。……まさか、ダンスを提案した事自体が僕への嫌がらせ目的じゃないだろうな?

だとしたらやりすぎだぞ。僕一人のためにクラス全体を巻き込むな。


「……まあいいや、そういうことにしてあげる」


伊万里は教室の扉の前で言った。


「私の過去を言いふらしたら、殺す」

「……こっちのセリフだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る