Ep.20 2年3組の女帝(2)

僕の視界の半分以上を遮り、伊万里は言った。


「ずっと黙ってるけど、有栖川はどうなの?」


なぜ僕に聞く。僕が何を言ったところで意見を通すつもりなんてないくせに。伊万里はそういうところが性格が悪いと思う。


「えー聞こえなぁい!」


僕はまだ何も言ってないし、言うつもりもない。それでも大きな声で圧をかけてくる。


これが初めてかと言われると、そうでもない。ここまであからさまにされたのは確かに経験がないが、伊万里が僕に執拗に関わってくるのはいつものことだ。


「はっきり言いなよー」


「有栖川、伊万里怒らせるなよ……」

「言いたいことがあるなら言えよ……」


僕が黙ることによって、ヘイトが全て僕に向けられる。

それに関しては全然平気なのだが、僕としてはそんな声が伊万里に聞こえないかのほうが心配だ。


「黙ってるってことは有栖川も賛成?」


僕は黙って頷いた。


「喋れよ」


断固として拒否する。

僕が話したところでお前はさっきみたいにかき消すだろうが。


「有栖川私のこと嫌いなの?」


はっきり言ってあんまり好いてはいない。無理してる感がするし、何より僕につきまとってくるのが面倒くさい。もちろんそんなことは口が裂けても言わないが。


「ねえみんなー、有栖川私のこと嫌いなんだって」

「え、伊万里のこと嫌いな子いるの!?」

「信じらんない……」


黒江が心配そうに僕を見るが、僕は別に構わない。伊万里が何を言ったところで、僕には何のダメージもない。蝿や蚊が止まるよりも些細なことだ。


僕はこの立ち位置を望んでいるのだから。


「絵恋……」


黒江、馬鹿なことは絶対にするなよ。町村にキレたみたいなことをしたらお前こそ5軍行きだ。


「継路は話すのが苦手なんだ、そんなに急かすなよ」

「……え?」


まるで伊万里が悪いみたいな言い草をする黒江に、伊万里は戸惑いの声を上げた。


「絵恋は声も大きいしはっきり言えるかもしれないけど、人それぞれなんだ。継路にも思ってることがあるんだから、ちゃんと聞いてやれよ」

「……」


伊万里が僕を見る。黒江のせいで、僕は喋らなきゃいけなくなったじゃないか。


「僕はダンスでいい。異論はない」

「本当?」


伊万里は嬉しそうに、席に戻った。


「じゃあダンスに決定で!」


無事に決まったようで良かった。黒江の行動には肝を冷やされたが、僕の平穏も保たれたし、一応は庇ってくれたつもりだろうから良しとしよう。


……と、思っていたのだが。




「ちょっといい?」


僕がトイレに行こうとしたとき、伊万里が廊下で声をかけてきた。


「……何?」


僕は無理やり伊万里に手を引かれ、空き教室まで連れてこられた。


「どういうつもり?」

「……どういう、って」

「なんでダンスに反対しなかったのって聞いてんのよ!」


なんで。別に他にやりたいこともなかったし、みんながダンスに賛成なら特に反対する理由もなかったから。


それだけの話なのだが。


「逆らわないのはなんで?」

「……意味ないし」

「意味なくないでしょ。まだ決定じゃなかったんだから」


言いづらい状況を作った本人が何を言う。


「黒江を味方につけたんだから、もうちょっとあったでしょ」

「……何が?」

「自分の意見、黒江の力で通したら良かったのに」


ああ、なるほど。理解した。

いや、現状の解決方法は全くわからないのだけれど。


「ねえ、なんで?」


伊万里は僕を……恐れている。

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