伊万里絵恋と文化祭(前編)

Ep.19 2年3組の女帝(1)

 テストが無事終わり、僕達はロングホームルーム前の休憩時間に話していた。


「文化祭、何がいい?」

「僕は何でもいい」


 文化祭。それは学校行事の一つで、クラスの団結力が試されるものである。


「今年は舞台発表だから、演劇とかやりたいけど?」

「お、嶺羽は主役?」

「私小道具がいい」

「僕も小道具ならやってもいい」


 担任が来て、話し合いの時間が始まった。


「ひとクラスあたりの持ち時間は20分。それを考慮して、出し物を考えたいと思います」


 20分か。思ったより長いな。6クラスあるのにそんなに時間使うのか?


「ダンスとかいいよね!!」


 口を開いたのは伊万里絵恋、このクラスのカーストトップに位置する女だ。


「そうだよねー」

「絵恋ちゃんの意見に賛成!」


 このクラスは文系で若干女子が多い。だから当然、発言力も女子のほうが強い。

 5軍男子の僕の意見なんて通らない。


「他、意見ある人」


 ……誰も手が上がらない。当然だ、今から意見を出したら伊万里の意見を否定したと思われかねない。

 このままダンスで決定だな。僕としてはいい思い出がないが、時間をかけて覚えるしかないか。


「はい、俺は演劇がいいと思います!」


 お前はもうちょっと空気読めよ黒江!!


 今決まりかけてただろ、もうダンスでいいじゃないか!僕も嶺羽もそこまでして演劇がやりたいわけじゃないんだ!


 しかも一軍から落ちたお前に発言権なんて与えられてないんだよ!いつまで一軍気分でいるつもりだこの元7股男!


「…………」


 大体の人間が冷たい目で黒江を見る。

 黒江はそれに気がついているのかいないのか、言葉を続けた。


「男女逆転で配役とかしてさー、面白そうじゃね?」


 それは僕は嫌だ。仮に出ることになったら女装するってことだろ?絶対に無理だ。


「あー、それもあり……」


 男子が口を開こうとしたとき、伊万里が割って入ってきた。


「えー!」


 そのあまりの声の大きさに全員が伊万里の方を見た。


 黒江は忘れているかもしれないが、このクラスの主導権は彼女が握っているのだ。


「めんどくさくない?小道具用意しなきゃだし、練習にすごく時間いるじゃん。人前で話したくない人もいるのに、黒江の意見は違くない?」


 さっきまで賛成していた男子たちが黙り込んだ。これがクラスの女帝、伊万里絵恋の力だ。


「みんなもそう思うよね?」


 出た、同調圧力。

 普通は大人数でかけるものだが、このクラスでは伊万里一人でクラス全員にかけられる。


「うん、正直私は出たくないし……」

「ダンスの方がテンション上がるよね」


 女子の大多数が口々に言う。

 何も言わないが、嶺羽も頷いている。嶺羽でも伊万里に逆らおうとは思わないのだろう。


 流石に黒江も察したのか、それ以上は何も言わなかった。


「ねえ、男子もダンスでいい?女装したいならそんときやって」


「うん、まあみんなそう言ってるし」

「僕もそれでいいかな……」


 男子たちも賛成の意を示し始めた。担任ももうダンスの手はずで準備を始めているし、これで決定だ。


「……他に意見ある人いる?」


 これだけ圧をかけておいて他に何を聞くことがあるというのか。

 ……いや、自分がみんなに意見を聞いて、独断専行したわけじゃないという大義名分が欲しいのか。


「ない?」


 伊万里は授業中なのにも関わらず立ち上がる。誰も何も言わない。これから何をするか皆、知っているからだ。

 僕の机に腰掛けて、彼女は問う。


「有栖川はどう思う?」

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