Ep.16 有栖川姉の憂鬱(2)

「継路にまさか女装趣味があったなんて……」


 ……バレていた。完璧にこれは、バレている。

 あの写真が僕だと知られてしまった。


「なんでもっと早く言ってくれなかったの!」

「は?」

「私ホントは、妹が欲しかったの。言ってくれたら私が手伝ったのに!」


 言えるかバカタレ。目的が目的だったし、それにこんな恥ずかしい姿を身内に知られるわけにはいかないだろう。


「というか僕に女装趣味はない……男の姿では行きづらいところに行くためにしただけ」

「可愛い系の店?」

「……まあ、そんなところ」

「嶺羽ちゃんも協力したってこと?」

「はい」

「黒江くんは知らなかったのに?」

「……黒江は後から仲良くなったから」


 へえ、と姉は頷いて、それから笑顔で言った。


「今度私にも継路の女装手伝わせて?」

「二度と僕はしたくないんだ!」

「そうだ、嶺羽ちゃんに女装メイクのやり方聞かなきゃ」

「人の話を聞け!」


 姉は笑った。このタイミングで笑うのは不気味すぎる。姉のスマホには、僕の女装写真があった。

 嶺羽、もう送ったのか。早すぎだろ。


「これが継路だって、黒江くんにバラしていいの?」

「……駄目だ」

「じゃあ、お願いしますお姉様って言って?」

「オネガイシマスオネーサマ」

「はい、分かった。約束ね」


 僕はリビングに戻り、黒江たちの勉強を始めさせることにした。




「おかえり」

「継路、ここ分からん」

「はいはい」


 2人はもう勉強を始めていたようで、分からないところを把握しているらしい。


「ここは……」


 黒江のほうは嶺羽よりも飲み込みが早く、分からないこともどんどん質問してくれるので、教えやすい。


「継路くん」

「嶺羽、解けた?」

「……分からないところが分からない」


 嶺羽はこの有り様である。どうやってこの高校に入学したのかがまず不明だ。

 この理解力でここの入試を通るとは思えないのだが。


「中学の時は塾に行ってたから」

「今は?」

「やめちゃった。お金かかるし」


 お前金ならいくらでもあるだろ、バイトとパパ活してたんだから。というかバイトやめて勉強しろ。

 と言ってやりたいが、恐らく地雷なのでやめておいた。



「おやつあるけど食べる?」

「ありがとうございます、真結さん!」

「クッキー。お姉さんが焼いたんですか?」

「そう。ほら、継路も。休憩挟まないと効率悪いっていつも言ってるでしょ」


 姉が冷蔵庫から出してきたクッキーを4人で食べながら、嶺羽が言った。


「継路くん、昔、賞取ったんですか?」

「そうそう。継路から聞いた?」

「玄関に写真が飾ってあったから」

「それね、人権作文で市長賞取った時の」

「へえ、すげえ。俺そんなの取ったことない」

「私も。継路くん、すごいのね」


 褒められる程のことではない。ただ思ったことを書いたものが評価された。それだけの話だ。


「それが普通にすごいんだけどね……いっつも、継路はそう言う。ピアノだって、才能あるのにやめちゃって」

「継路ピアノ弾けるの?」

「一応少しは」

「ピアノでも評価されてるのに……いつからこんなひねた子になったんだか」

「真結」


 頼む、もうそれ以上は言わないでくれ。

 今の友人に知られたくない過去だってあるんだ。


 その思いが伝わったのか、姉はもう何も言わなかった。




 なんとか嶺羽にも古文を理解させ、僕達は息抜きをすることにした。


「継路、そのゲーム俺もやってる」

「最近は僕はやってないけど」

「元カノがやってたから。結構強いぞ」

「どれ?」

「いや、あの7人じゃない。もっと前の彼女」

「今まで彼女何人いたの?」

「さぁ……多分20人くらい。初めての彼女が小3のとき」


 ませてるな。僕はその頃は確か……いや、もう考えるのはやめよう。

 過去に囚われても仕方のないことだ。


「嶺羽は?初カレ」

「私は中2」

「ハジメテは?」

「中3。大学生の初カレと」

「へえ。どうだった?」

「最悪だった」


 ……コーラの味がしないのは何故だろう。


「継路は彼女は?」

「いたことない」

「彼氏は?」

「いるわけないだろ」

「今の時代分かんねえじゃん」


 僕はお前らと違って身持ちが堅いからな。

 というか、僕に恋人ができるわけないだろ。


「黒江くんはもう彼女作らないの?」

「うーん、俺の理想を認めてくれる人じゃないと駄目だからなぁ。難しいよ。それに、今はお前らがいるから別に彼女はいらないかな」

「嬉しいことを言ってくれるじゃない?」


 嶺羽が笑うが、僕としては臭いことを言いやがって、と思う。

 黒江はすぐにカッコつけたがる。僕達はお前の恋人じゃないんだぞ。


「黒江くん、うちの継路のこともよろしくね」

「任せてください真結さん」

「また勝手に話を……」

「私もいますよ、お姉さん」

「嶺羽ちゃん継路のこと、婿に貰う気ない?」


 おいコラ。いきなり何を言い出すんだ、嶺羽は困るだろ。


「考えておきます」


 考えるなー!!


 ……今の、うっかり声に出してなかったよな?

 危ない危ない。


 社交辞令だ。きっとそうだ。嶺羽が本気でそんなことを言うわけがない、僕達は友達なんだ。


「勉強、続きしよう」

「もう休憩終わり?」

「時間がないんだ、まだ英語が残ってる」

「仕方ない、やるかぁ」


 そこで、姉のスマホが鳴った。長いから、電話だろうか。

 姉は顔を曇らせて、スマホを取った。


「はい、もしもし……はい。はい。そうですね。え、今からですか?」


 姉が僕達を見る。呼び出されて出かけるなら、むしろそうしてほしい。


「いえ、大丈夫です。分かりました。10分後に、また」


 姉がスマホを置いた。そして手を合わせて、僕達に頭を下げた。


「今から職場の先輩が家に来るみたい。ごめん、3人とも。少しの間、継路の部屋で勉強してくれない?」

「分かりました!」

「2人とも、荷物持っていって」


 嶺羽と黒江が勉強道具を持って僕の部屋に向かう。

 僕は飲みかけの3人のコーラを持って、後を追おうとした。


「継路、ごめんね」


 姉と目が合った。

 ニコリと姉は笑うが、家族である僕の目は誤魔化せない。

 恐らく、先輩のことが苦手か嫌いなんだろう。


 でも僕には、何もできない。

 10分後に来るらしい、今から断らせることもできないだろう。


 僕は何も見なかったことにして、部屋に向かった。



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