有栖川継路の勉強会

Ep.15 有栖川姉の憂鬱(1)

時は流れ、あっという間に期末テスト1週間前に迫った。

昼休みに現れた黒江と嶺羽が、僕を拝むように手を合わせ、声を揃えて言った。


「勉強教えて下さい」

「……教科は?」

「私が数学、英語、古文」

「俺は数学と英語と現代文」


予想通り。本来ならスルーしてもいいところだが、僕と黒江、嶺羽は友達らしい。一応。

友達が困っているのに見捨てるのは、流石に駄目だろう。


「……分かった、どこでやる?」

「継路くんの家、3人で勉強できるスペースある?」


なんで僕の家なんだ。他にはないのか。


「あるけど。黒江の家は駄目なのか?」

「今妹と喧嘩してて……」

「チカの件、妹さんまだ怒ってるの?」

「いや、俺がプリン勝手に食べたから」

「何してるんだお前」

「だって名前書いてなかったし……」


ぶーたれた黒江は一回置いておいて。とりあえず、姉に確認を取ってみるか。




そして、土曜日の朝。

僕は駅前で、黒江と嶺羽が来るのを待っていた。

姉は友達と出かけるらしいので、その間は僕と黒江、嶺羽の3人だ。


「お待たせ」

「待ってない。2人とも、行こう」


僕の家はマンションの5階。エレベーターを使って上がり、2人を507号室まで案内した。


嶺羽は何度か来たことがあるが、黒江もいるということで待ち合わせたのだ。


「ここか、継路の家」

「久しぶりに来た」

「ピンポン押してやれ!」


黒江がインターホンを押す。押しても誰かが出てくるわけもないので、スルーした。


「はーい!」


しかし、扉の奥からは聞こえるはずのない声が聞こえた。

嫌な予感がして開けずにいると、扉は音を立てて開いた。


「……真結」

「ああ、いらっしゃい!」


そこには僕の姉、有栖川真結が立っていた。


「え、継路のお姉さん!?」

「今日は出かけるんじゃなかったのか……?」

「急に体調不良で来られないって言われちゃってさ。せっかくだから、継路の友達のおもてなしでもしようと思って」


くっそ有り難迷惑なんだが。そのまま出かけていれば良かったのに。

なぜならここには。


「うわぁ、お姉さんめっちゃタイプ……」


鹿嶋黒江女好きがいるからだ。


だから会わせたくなかったんだ。過去に見た黒江の元カノの傾向から、絶対に姉も守備範囲に入っていると思っていた。


「え、嬉しい〜。ありがとね、キミ、名前は?」

「鹿嶋黒江です!」

「黒江くんかぁ。いい名前だね、よろしく。そっちの服のセンスが最高な女の子は?」

「新堂嶺羽といいます。初めまして、お姉さん」

「ミネハって、何て書くの?」

「海嶺の嶺に、羽で」

「すっごい可愛い。ご両親に感謝だね」

「はい……」


あの嶺羽が少し押され気味になっている。流石コミュ力お化けの姉。


「3人ともリビングで勉強しなよ。そっちのほうが継路の部屋より広いし」

「ありがとうございます!」

「ゆっくりしていってね」


姉が去ろうとした時、黒江がとんでもない台詞を吐いた。


「継路ー、今日妹さんは?」

「……へ?」

「ツグミちゃん、だっけ。嶺羽言ってたよな?継路、妹もいるんだろ?」


待て待て待てどういうことだ。何故僕の女装時の名前が僕の妹になっている?


「うちに妹はいないけど……」


先に否定したのは姉のほうだった。そうだよな、訳分からないよな。


「え、でも写真もあったし……ほら、嶺羽」

「もしかしてこれ?」


嶺羽が写真を出してきた。いつの間にか撮られていたらしい。全く気がつかなかった。


「本当だ、私そっくり。でも親戚にもこんな子いないけど……」

「ごめん、黒江くん」


嶺羽が突然謝った。やめろ、何を言う気だ。


「これは合成写真。黒江くんなら本当の女の子と合成で作られた女の子を見分けられるかと思って」

「え!俺騙されたの!?」


良かった。とりあえず僕の沽券に関わるような事態にはならなそうだ。


「にしても、こんなに上手く騙されるなんて」

「マジかー……」

「継路くんも、お姉さんもごめんなさい。こんな嘘ついて」

「いいの。そうだ、それ、私にもくれない?私に妹がいたら、こんな感じなのかなって思うから」

「分かりました」


……姉に僕の女装写真が渡ってしまうが、まあ良いだろう。ここで引き止めても怪しまれるだけだ。僕とはバレてないわけだし。


「2人とも少しゆっくりしていって。継路、こっち来なさい」

「はい」


……なんだ?姉の顔が少し怖いが……僕、何かしたっけ?

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