Ep.13 7股男の償い(3)

「有栖川……」


町村は、目を丸くして僕を見ていた。まさか、僕に止められると思っていなかったのだろう。

僕だって驚いている。こんな面倒な状況に、自分から首を突っ込みにいくとは思わなかった。


「離せよ、俺はコイツを一発殴らないと気が済まないんだ」

「……暴力に訴えたら、私、先生に言うから」


振り返ると、新堂が立っていた。なぜか髪を解いて、眼鏡も外している。


「パパ活女は黙ってろ!」

「……やっぱり、惟斗くんだったのね、黒江くんに言ったの」


僕はとっくに分かっていた。噂好きで有名な町村が、新堂のパパ活を知らないわけがない。


「そうだよ。こんな情報、みんなに教えてあげないと可哀想だろ?」

「……悪趣味な」

「なんだよ有栖川。ちょっと黒江に構われたくらいで友達ヅラか」

「そいつが言い出したことだぞ」


町村は僕を見て、それからすっかりしおらしくなった鹿嶋を見た。


「こんな5軍に尻尾振って何になるんだよ黒江。自分がこっちで居心地悪くなったからって、付き合う相手は選んだほうがいいと思うけどな?」


見下されるのは慣れているが、流石にこれは不愉快だ。

居心地悪くしたのはお前じゃないのか町村。


それよりも、さっきからずっと黙っている鹿嶋が不気味で仕方ない。

なんでこんなことになってるのかも説明しないし、下を向いたまま動かないのも、余計に気持ち悪さを増している。


「鹿嶋、何があった?」

「俺が悪い」

「それじゃ分からない」

「……でも」


顔を上げた鹿嶋は、ニッコリ笑って町村の手を静かに払い除けた。


「継路と嶺羽は確かにクラスでの発言力は弱いし、人との交流も好きじゃない」


襟を直して鹿嶋は僕と新堂を見た。そして今度は町村の襟を掴んだ。


「だからって俺の友達馬鹿にするのはおかしいだろ!」

「……じゃあお前が妹を傷つけたのはなんなんだよ!?」


……妹?傷つけた?鹿嶋が?


「俺は……そんなつもりじゃなかったんだ……」

「ちょっと待て。そもそも2人はなんで喧嘩してるんだ?そこから聞きたい」


鹿嶋が町村から手を離し、僕に言った。


「前にエリカちゃんの話しただろ?」

「……鹿嶋を図書館で振った?」


段々分かってきたぞ。これも日頃から鹿嶋が元カノの惚気をしてきたおかげだ。


「惟斗はエリカちゃんの兄貴。まあ、今は別々に住んでるらしいけど」

「……は?」

「黒江くん、話を整理していい?」


鹿嶋が付き合っていたエリカは町村の妹。

エリカはこの間、久しぶりに町村に会った時に鹿嶋に振られた話をしたらしい。

それを聞いた町村が、浮気をした鹿嶋を許せなくて激怒した。


「これは……」

「100‐0で黒江くんが全面的に悪い」


僕も、町村の行動には言うことがあるがきっかけを作ったのはどう考えても鹿嶋だと思う。


「俺悪くないだろ?」

「だから殴りたければ殴れば良いって言ったんだよ」

「お前そんなこと言ったのか?」

「言った。覚悟はできてたのに……」

「俺はそれで許すって約束で殴ろうとしたんだ」


つまり、つまりだ。僕がやったことは2人のけじめを妨害しただけのことだったんだ。


「町村」

「何?」

「僕のことも殴っていい」

「なんで?」

「さっき止めてしまったから」

「いや殴らねえよ!?」


町村は僕の様子を見て大きくため息をついた。

そして、笑って答えた。


「それなら、殴ってやるよ」


僕は目を力いっぱい閉じて、身構えた。

頬に軽く何かが当たった感覚がした。


「……?」

「これで気は済んだか?」

「今のは?」

「流石に部外者殴らねえよ。有栖川、さっきはごめんな。5軍とか言って」

「いや……」


町村は新堂の方に向き直して、頭を下げた。


「ごめん、新堂。俺は酷いことをした」

「謝っても許さないけどね」

「新堂さん……」

「まあ、ちゃんとこの件にけじめをつけてくれるならとりあえず忘れてあげる」

「……分かった」


町村と鹿嶋は改めて向き合い、町村は拳を構え、鹿嶋は全身に力を入れた。


「……ごふっ!」


腹に一発入れられた鹿嶋はその場でうずくまり、しばらく声も出さずに動かないでいた。


「ごめ、やりすぎたかも」

「内臓いってないか……?」

「女の子たちが受けた傷に比べたら全然大したことないでしょうけどね?」


大きく深呼吸をした鹿嶋が立ち上がり、笑顔で言った。


「ありがとな!」

「……マゾか?」

「お礼言うタイミング間違ってると思うけど」

「惟斗、ごめん。嫌ってくれて構わない。でも、エリカちゃんを愛していたのは本当だよ。遊びなんかじゃない」

「……分かってるよ。お前、女好きだもん」


鹿嶋と町村は握手をして、今回の騒動は一通り落ち着いたのだった。



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