Ep.12 7股男の償い(2)

鹿嶋の件も解決し、ようやく僕に平穏が訪れた。

そう、思っていた。


「継路、次移動教室一緒に行こうぜ」

「俺とペア組んで、継路!」


……なぜ僕につきまとうのか。お前他にも友達いるだろ。


目的がまるで分からない。僕を捕まえては下らない世間話をしてくるし、特に僕を利用しようなどという悪意は感じられない。


「継路のためにお茶買ってきた。あ、金はいらないから」


挙句の果てには飲み物まで買ってくる始末。そういうのはお前のやることじゃない。お前が僕にさせることだ。


鹿嶋以外の一軍と目があった。頼むコイツ引き取ってくれ、お前たちの管轄だろう。


「……」


ふいと目をそらされた瞬間、僕は鹿嶋がもう一軍じゃないことを確信した。




「年上彼女は最高だ!」

「小学生と付き合っていたやつが何を言っている」

「違うんだよ、年上には年上の、年下には年下の彼女の魅力というものが存在するんだ、まあ、彼女が今までいたことがない継路には分からないだろうがな!」

「はあ」


僕は適当に、鹿嶋が買ってきたお茶を飲みながら返事した。鹿嶋はきっと僕が話を聞いていようといまいと構わないのだろう。気持ちよさそうに続けた。


「他の彼女に疲れたときも、その母性で優しく包みこんでくれるんだ」


普通は他の彼女なんて存在しないということを、突っ込んだほうがいいのだろうか。


「できれば5歳以上年上がオススメ」

「世界一いらない情報をどうもありがとう」


僕はお茶を飲み切ると、鹿嶋を見た。またスマホを操作し、画像を見せてきた。


「シノ、2年付き合ってたんだけど。美人だろ?」

「……まあ」


なんとなく女装時の僕に似ているせいで、リアクションが取りづらい。そういえば新堂がツグミのことを美人系だとか言っていたな。


……駄目だ、考えるのやめよう。僕が鹿嶋と……とか、考えるだけで吐き気がする。


「反応悪いけど、もしかしてタイプじゃない?」

「……そういうことじゃない」

「まあ、継路は嶺羽がタイプだもんな。どっちかって言うとアミちゃんみたいなほうが好きか」


おいちょっと待て今の情報どっから出てきた。あらぬ噂を流されてないか、僕?


「……継路は嶺羽のことが好きなんじゃないの?」

「違う、僕と新堂さんはそんなのじゃない。鹿嶋の思い違いだから、今すぐ忘れてくれ」


残念そうにする鹿嶋を横目に、僕は新堂の席を見た。

いつも思うが、新堂は昼休みには教室にいない。一体どこで昼食を取っているのだろうか。


「そういや嶺羽どこか知らない?」

「知らない。僕が聞きたい」

「いつも昼休みに入った途端どっかに消えちゃうんだよ。そろそろ嶺羽のことも誘いたいのに」

「いないなら誘わなくていいんじゃないか。新堂さんだって、僕たちみたいなのと一緒に食べたくないからいつもいないのかもしれないし」


鹿嶋は少し考えてから頷くと、飲み物を買ってくると言ってどこかへ行ってしまった。




「継路くん、何かあった?」


少しして、新堂が教室に戻ってきた。


「何も無いけど。どうかした?」

「すっごく貧乏ゆすりが激しかったから」

「あー……」


完全に無意識だった。僕の癖になってしまっていたのか。今までは指摘してくれるような人がいなかったから、気が付かなかった。


「いや、本当に何も無い」

「それならいいけど……そういえば、黒江くんは?」

「飲み物を買いに行ってくると言ってどっか行ったよ。……まあ、自販機だとは思うけど」

「さっき自販機に行ったけど、黒江くんは見なかった」

「どこの自販機に行ったんだ……?」


この学校には自販機が何台かある。望みのものがなくて、遠い自販機に足を運んだのだろう。


「……継路くん?」


僕は気がつけば立ち上がっていた。なぜかは、分からない。


「僕、少し行ってくる」


何となく嫌な予感がしたから。

僕は新堂を置いて、教室を出た。




紙パックが売っている自販機があるはずだ。そこなら、最近鹿嶋が気に入っているミルクコーヒーが売っていたと思う。


僕はそこに向かおうとした。その時だった。


「お前ふざけんなよ」


僕は振り返り、階段脇を見た。


「何か言えよ!」


そこには、胸ぐらを掴まれ、ただ黙っている鹿嶋が居た。掴んでいるのは町村だった。


「……ごめん」

「ごめんで済むと思ってんのかよ」

「思ってない」

「じゃあなんでそれしか言わないんだ」

「……それしか、言うことがないから。申し訳ないと思ってる」


喧嘩のようだ。僕が割って入ると、余計にややこしくなるタイプの。

鹿嶋が一体町村に何をしたのかは知らないが、きっと何かまたやらかしたのだろう。

僕には2人の関係を邪魔する理由がない、そう思って引き返そうとした。


「お前なんか顔面しか取り柄がないくせに!」


ピアノしか取り柄のない奴。調子に乗るな。

そんな幻聴が、僕の頭の中に響く。


「クソ野郎……!」


痛い。やめろ。どうして僕にこんなことをする。僕は……!


「……やめないか、町村」


僕は気がつけば、町村の振り上げた手を制止していた。


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