Ep.11 7股男の償い(1)

 僕は月曜日、昼休みに一人で昼食を取ろうとしていた。


「継路!!」


 鹿嶋の声が聞こえる気がするがきっと幻聴だろう。


「一緒にメシ食おうぜ!」


 ついには鹿嶋の幻覚まで見えてきたぞ。いくら2週連続で休日に会ったとはいえ。僕たちはそんな仲ではないはずだ。


「おーい、無視か?継路ー」

「……まさか本気で言っているのか?」

「うん。やっと返事したよ」


 なんで鹿嶋が僕とご飯を食べたがってるんだ?


「ちょっと相談に乗ってほしくてさ」

「……女絡みなら他を当たってくれ」

「女絡みっていえばそうなんだけど、他に相談できる相手がいなくて……」


 こいつが、クラスの一軍にいる鹿嶋が、他に相談できない?一体何をしたんだ。

 面倒事な気しかしない。


「頼むよ継路……」

「……分かったよ。聞こう」



 鹿嶋はスマホを取り出し、僕に誰かのSNSを見せてきた。


「元カレ殺す。マジで死ね」

「チ◯コ爆発しろ」

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない」


「……なんだこの不快にしかならない呟きばっかりしてるアカウント」

「……俺の元カノ、アミちゃんの裏垢」


 アミちゃんってどれだっけ。うちの学校のやつじゃないよな?


「ほら、女子校の」

「ああ。……ああ?」


 女子校に通ってる女がこんな呟きしてんの?怖。見るからに清楚系のあの子だよな?

 っていうか何したんだよマジで鹿嶋。


「どんな酷い別れ方をしたらこんなことに……」

「普通に別れたって!円満だったって!」

「円満、ね……」


 どう考えても円満じゃなかっただろ。気に障るようなこと言っただろ。


「俺、刺されるのかな……そう考えると夜も眠れなくてさ……」

「こういうのは流石に実行には移してこないと思うけど。相手にだって理性があるし」

「理性ね……欲望に忠実なのがアミちゃんだから……」

「そっちの理性じゃない。……まあ、もし刺されても葬式には出てやるから。短い付き合いだったな、鹿嶋」

「勝手に殺すな!」


 冗談はさておき、鹿嶋の不安を取り除くにはどうしたらいいのだろうか。


「なんで他のやつには相談できないんだ?」

「クラスの友達には7股してたの言ってないし……嶺羽に言っても多分、普通に死ねって言われるだけだと思うから」

「まあ新堂さんならそう言うだろう」


 この前も、今にも死ねって言いそうな雰囲気だったしな。まあ僕が女なら死ねって言ってたと思う。


「ということで、継路に」

「……はあ」


 僕にどうしろっていうんだ。できることなんてないと思うが。


「とりあえず、改めて謝ってきたら?」

「LINEブロックされてるのに?」

「じゃなくて直接。放課後でも狙って行って来い」

「……じゃあ今日、掃除当番代わって」

「それくらいなら協力するよ。とりあえず、弁当を食べよう」




 放課後、僕は鹿嶋の代わりに教室の床を掃いていた。


「有栖川!」

「何?」

「黒江の代わりに掃除してくれてありがとう!」


 こいつは……鹿嶋と仲が良い、町村惟斗、だっけか。


「いや、頼まれたし」

「そうか。そういえばアイツ、掃除ほっぽりだしてどこに行ったんだ?有栖川、知ってる?」


 詳しい場所は知らんが何をしに行ったのかなら知っている。だが鹿嶋の先程の口ぶりからして、クラスの連中には知られたくないのだろう。


「いや、僕は掃除代わってくれって頼まれただけ」

「そうか……慌てて走り出すもんだから、彼女とデートでもするのかと思った」

「ああ……」


 僕は笑って誤魔化したが、町村、意外と勘がいいのかもしれない。




 学校から帰って自分のベッドに腰を下ろしたとき、僕のスマホが鳴った。鹿嶋からのメッセージだった。


「謝ってきた」

「なんにもないみたいに適当に流された」

「俺やっぱ刺されるかもしんない」


 泣いている犬のスタンプを連投されるせいで緊張感がまるで感じられない。


「その場で刺されなかっただけありがたいと思うしかない」


 僕がそう送ると、更に泣いている犬のスタンプを送ってきた。


「そういえば」


 町村が鹿嶋の行動に疑問を抱いていたこと、言ったほうがいいのか?

 ……いや、言う必要はないな。


 僕は書きかけのメッセージを消すと、スマホを閉じた。




 次の日の朝、校門を静かに通ろうとしたその時。


「継路!!」


 背中に強い衝撃が加わって、僕は意図せず前のめりになった。


「鹿嶋……」

「ごめん痛かった?」

「痛いし危なかった」

「マジでごめん」


 本当に反省しているのかしていないのか分からないような口調で、鹿嶋は続けた。


「聞いてくれよ、アミちゃんの件なんだけど」

「許してもらえた?」

「いや。でもこれ見て」


 僕の肩を左腕でガッチリホールドして、鹿嶋は半ば強制的にスマホの画面を見せてきた。


「元カレウザい」

「謝っても絶対に許さない」


 下の方には、そんな、恐らく鹿嶋のことであろうことが書かれている。

 しかし上の方、最新に近いものはこう書かれていた。


「数学のアイツキモい」

「友達がマウントばっか取ってくる」

「親にまた進路のこと言われた」


 相変わらず誰かの悪口だが、鹿嶋の話は無くなっている。


「許されてはないかもしれないけど、俺はもう恨まれてないのかな?」

「恨んでないというよりは、忘れようとされてるんじゃないか?」

「てことはもう刺されない?」

「多分大丈夫」


 何かのきっかけに恨みを思い出したら、別だろうが。


「よっしゃー!!」

「良かったじゃないか」


 両手を高く掲げて叫ぶ鹿嶋。注目されるから本当にやめてほしい。


「こういうのなんて言うんだっけ。首が……」

「首の皮一枚繋がった?」

「そうそれ。よく分かったな!?」


 分かるだろ。まさにこの状況をそう呼ぶんだから。


「国語は得意なんで」

「じゃあ今度教えて。俺ことわざ弱いからさ」

「めんどくさ……」


 しまったつい本音が。


「そんなこと言うなよ。俺たち友達だろ?」

「……そうなのか?」

「え、違う!?」

「……じゃあそれでいいや」


 友達は作らないつもりだったが、まあ、鹿嶋なら。女にはだらしないが、僕には害はないだろう。


「それなら、友達な!」

「よろしく」

「なら、ちょっと後で職員室着いてきてほしいんだけど」

「分かったよ」


 僕は鹿嶋に肩を組まれたまま、教室に向かった。



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