Ep.9 一軍陽キャの光源氏

鹿嶋黒江。いわゆる、クラスの一軍男子だ。

発言力はクラスの誰よりも強く、学校行事では大活躍。去年もクラスが一緒だったからよく知っている。


僕よりも少し背が高く、モデルのスカウトを受けたこともあるような顔面の持ち主。

そんな彼に、僕は今睨まれている。


「聞いてた……よな?」

「いや、僕は」

「聞いてた。浮気したんだって?」

「浮気なんかしてない」


苛立ったように鹿嶋は言った。そして、僕のことを見てため息をついた。


「有栖川でも彼女がいるっていうのに……」

「新堂さんは彼女じゃない」

「……え、新堂ちゃんなの?」

「そうだけど」


それを聞いた鹿嶋はたちまち機嫌を良くして、笑い出した。


「マジかー……教室と全然雰囲気違うじゃん。ね、今から話聞いてくんない?」

「いいけど」

「新堂さん?」


勉強するんじゃないのか。何のために僕を呼んだんだ。


「いや、僕らは……」

「有栖川」

「何?」


鹿嶋は僕に耳打ちし、言った。


「お前に拒否権なんかねぇから」

「……それは」


そして鹿嶋は僕から離れニコッと笑った。


「来てくれるよな?」

「……分かったよ」




そして僕たち3人は、図書館の近くにあるカフェにやってきた。


そこで散々愚痴というか、そういう痴話に付き合わされた。


一通り話を聞き終わると、新堂はパフェを頬張りながら、鹿嶋に言った。


「浮気してたのは本当じゃないの?」

「違う」

「じゃあ何か勘違いさせるようなことをしたってことね?」


新堂がそう言うと、鹿嶋はため息をついて頷いた。


「確かに俺はいろんな女の子と付き合ってるけど……」

「……それは浮気と何が違うの?」


新堂と全くの同感だ。というか、よくもまあ堂々と言えたものだな。それが事実なら、あの女が怒ったのも当然と言える。


「違う。浮気っていうのは、浮ついた気持ちって書くだろ?俺は全員と真剣に将来のことを考えているから、浮気には当てはまらない」


これは呆れた。そんなのはただの詭弁にしか聞こえないぞ。

僕は思わず浮気の定義が気になって、スマホで調べることにした。


浮気・・・特定の配偶者や恋人がいるのにも関わらず他の異性に恋愛感情を持つこと。


……微妙だな。鹿嶋の理屈で行くと、全員彼女だから問題なくなってしまう。


「黒江くんが女の敵ってことはよく分かった。最低」

「最低なのはどっちだよ?」

「……どういうこと?」


新堂の顔が歪んだ。それを見て鹿嶋は得意げに語りだした。


「新堂ちゃん、パパ活してたんだって?きったないオッサンとヤってたらしいじゃん。生徒指導室にも何回か出入りしてたらしいし?」

「それは……」


新堂が僕を見る。え、これ庇ったほうがいいのか?でも僕は新堂がなんでパパ活してたのかも知らない。助けようがないだろこんなもの。


「有栖川は知らなかったよな。俺だって、とある伝手で聞いただけだし。でも、本当のことではあるんだよ」

「黒江くん」

「僕は知ってたよ。知っているからここにいる」

「……マジ?」

「マジだ」


僕が言っていることはマジ中のマジである。実際、新堂のパパ活を目撃していなかったら、今日の勉強会は発生しなかっただろう。

鹿嶋は意外気に頷くと、その次に失礼なセリフを吐いた。


「ってことは二人はもうヤったのか」

「なんでそうなる」

「そう」

「新堂さん!」


何言ってるんだコイツ!?あらぬ誤解が生まれたらどうする。僕の沽券に関わるんだから軽率な発言はやめてくれ!


「だってあの夜、したでしょ?

「そんな夜はない!」

「有栖川」


鹿嶋が拍手を始めた。表情は穏やかで、笑っている。


「卒業おめでとう」

「うるせえこちとら在学中だ!」


……しまった、つい素が。熱くなりすぎたな、いかんいかん。


「安心して、黒江くん。継路くんはまだチェリーボーイだから」

「そっか、良かった……」


何がいいんだ、ホッとするな。まあ、鹿嶋は違うんだろうな。


「ところで、全員、なんて言ってたことは二人じゃないのよね?何人いるの?」

「7人」


7人?聞き間違いをしたわけじゃ……


「もちろん7人とも全員、平等に愛してる。俺は一夫多妻制を目指してるから」


なさそうだな。ここまでくるとむしろ、よくやるよ、とすら思える。


「分かった、曜日で会う日を分けてるの」

「正解。今から説明するから、聞いてくれ」


さっきの話でいくと今回も拒否権はないのだろう。鹿嶋はスマホを取り出しなにやら操作してから、僕たちに画面を見せてきた。


「まず、日曜日に会ってるのがこの右に写っているキララちゃん」


いかにもギャルといった雰囲気の、派手に髪を染めた金髪の女。横には幸せそうに笑っている鹿嶋がいる。


「どこで知り合ったの?」

「駅前で口説いた」

「高校は?」

「隣の高校」


へえ、と呟いて新堂はその女を値踏みするように見た。


「この子、見た目に反して結構初心でしょ?」

「分かってるじゃん。そうだよ、ちょっと手繋ぐだけで顔真っ赤。マジ可愛い」


他人の恋愛事情に興味は微塵もないが、ひと目見ただけでその人の性格まで見抜ける新堂は純粋にすごいと思う。


「女の勘でなんとなくわかるの、こういうの」


女の勘怖え。新堂はやはり敵に回してはいけない人種だ。


「で、次は月曜日」


鹿嶋はスマホを再び弄り、画像を出した。

パフェを思い切り頬張る女は、黒髪でロング。新堂の教室での姿に少し似ている。


「アミちゃん。この子は私立の女子校に通ってる」

「こっちのほうがさっきのより大胆に攻めてくる、と」

「すっげぇな新堂ちゃん。あたり。俺の家に来たときなんかホントに……」

「そういうのいいから。聞きたくない」

「えー……」


そして鹿嶋は画像を変えて出してくる。さっきから一言も見たいとは言ってないんだけどな。


「火曜日、アカリちゃん」

「バスケ部でしょ」

「そうそう。部活が休みなのが火曜日で、毎週デートしてる」

「制服的にまだ中学生に見えるけど」

「中3。この学校志望なんだって」


こいつ中学生にまで手出してるのか。怖いな。


「水曜日はシノ。どう、綺麗っしょ」

「大学生じゃないの」

「いいや、社会人。27歳。一番長く付き合ってる」


「次は……写真、ちょっと待ってて」


いそいそと写真を探しているようだ。それを見て、新堂は言った。


「女の子のタイプに一貫性がまるでないんだけど」

「え?そりゃあ、いろんな女の子と付き合うんだからタイプ一緒だったら駄目でしょ」


あった、と言った鹿嶋はまた写真を出してきた。


「チカちゃん」

「え、この子まさか……」

「ランドセルを背負っているように僕には見える」

「小4だぜ」


だぜ、じゃない。ロリコンでもあったのかこの男。


「妹と年が同じなんだ」

「よくそれをそういう対象に見れるな……」

「妹とは友達なんだよ」

「妹泣くぞ……?」


僕が妹なら泣いている。というか生理的に無理なんだが。


「金曜、アイちゃん」

「この子見たことある」

「確かどっかの委員長の……」

「体育委員長だ。5組」


うちの学校にも彼女居たのか。大分酷いな。


「で、今日見られたのがエリカちゃん」

「ああ、あの」


僕は姿を見ていないが、声は聞いている。


「気が超強い」

「でしょうね」

「今日振られた」

「それも分かる」


というか振られたくせに全く落ち込んでいない。やっぱり本気じゃなかったんじゃないのか。


「……なあ、鹿嶋」

「何?」

「お前、本当にその7人のこと、愛してるんだよな?」

「当たり前だろ!?」

「じゃあ、なんで隠してたんだ?他の恋人がいたこと」

「それは……」

「不誠実だとは思わないのか?それぞれに同意を得ているならまだしも、お前のやってることは、お前の気持ちがどうであろうとやってることはただの浮気と一緒だ」


僕がそう言うと鹿嶋は黙り込んだ。言い過ぎたとは思ってない。これくらい言ってやらないと、こいつは反省しないだろう。


「そうだな、有栖川の言うとおりだ」

「なら……」


謝罪して、別れるかなんとかしてこい。そう言おうとしたその時だった。


「今から全員を説得して、許可を取ってくるよ!」


僕は鹿嶋の言ったことを、何度も反芻していた。


説得?許可?何言ってるんだ?


「バッカじゃないの」


そんな僕の言葉を代弁するかのように、新堂が言った。


「そんなの認める女が一体どこにいるっていうの。黒江くんは考えが甘すぎる」

「いや、俺だって無計画にそんなことを言ってるわけじゃない」

「ということは、何か説得できるような根拠があるってこと?」

「心を込めて説得すれば、きっとみんな分かってくれる」


ほぼ根拠なしだな。根性論でなんとかなると本気で思ってるなら、やめさせたほうが鹿嶋のためだ。

……まあ、そんなことをしてやる義理はないが。


「そんなこと……」

「やれるものなら、やってみろよ」

「有栖川?」

「鹿嶋は本気なんだろ。じゃあ、何としてでもやるはずだ」


挑発気味に言ってみたが、どうだ?やるのか、やらないのか。


「じゃあ、俺がやりきったら有栖川。お前俺にジュース奢れよ」

「……お前が負けたら奢ってくれるってことだよな?」

「当たり前だろ、待ってろよ」

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