鹿嶋黒江と7人の女たち
Ep.8 赤点眼鏡の補習授業
あれから二週間以上が経って、中間テストも実施された。僕の場合……結果は言うまでものないだろう。
その間に新堂との交流があったかというと、全く無かった。教室や廊下で顔を合わせても会釈の一つもない。完全なる赤の他人に、僕たちは戻ったのだ。だがこれでいい。僕らは最初から取引相手で、期間限定の関係だったのだ。
平穏に越したことはない。人と関わるなんて酷く疲れるし、僕はこのままを望んでいる。
……と、思っていたのだが。
昼休みスマホを開くと、新堂からLINEが来ていた。
「土曜日、空いてる?図書館で勉強を教えてほしいの。継路くん、頭いいでしょ?」
僕がまるで頭がいいことで有名かのように決めてかかるその態度に一瞬断ろうかと思ったが、断れば後々厄介なことになる可能性もある。
「分かった。何時?」
そう打ち込んで送信すると、すぐに既読がついた。早い。早すぎる。どこかで僕のことを見ているな。
「10時。現地集合で」
僕は適当なスタンプを送信し、スマホを閉じた。
当日の朝、リビングの机には男物の服が丁寧に畳まれて置かれていた。
僕が普段着ないような、ファッションモデルが着るような服だ。
服の横には、水色の正方形の付箋があり、姉の字でこう書かれていた。
「今日出かけるんでしょ?それ着ていってよ。身だしなみは大事!」
有栖川家では一日の予定をホワイトボードに前日書き込む決まりがある。僕も昨日の朝、土曜日にクラスメートと図書館で勉強をする旨を書き込んだのだが。
まさか、一日で用意したのか?いくら姉の職業がアパレルの店員だからって用意良すぎだろ。
着ていかなくても何か言われそうなので僕は部屋で用意された服に着替えた。
全身鏡を見ても、違和感しかない。こんな僕がこんな服を着ても、馬子にも衣装とはいうが、どうしようもないだろう。
「行くか……」
僕は勉強道具を持って図書館に向かうことにした。
時刻は10時の5分前。図書館前では、既に新堂が待っていた。
「お待たせ」
「私も今来たところ。今日はありがとう」
「いや、問題ない」
新堂が僕をじっと見つめている。何か顔についているのか?
「何?」
「継路くん、そういう服も着るのね」
「……うるさい」
姉に見繕ってもらった、とは口が裂けても言えなかった。
図書館に入り、適当な席に座り僕らは勉強道具を広げた。
「まず、テストの復習をしたいんだっけ」
「そう、これがテストの結果」
テストの答案用紙の束を新堂は僕に手渡した。僕はそれを上から目を通すことにした。
「現代文、49点」
お前さては理系か?悪すぎる。とは言わないが、自信満々に渡してくる様子から、あまり悪いとは思ってないのだろう。
間違えた内容も、根本的に理解していないとしか思えない場所だった。
「今回の単元は確かに難しかったね」
「でも割とできた。ほら、次見て」
「古文、41点」
今回のテストは急に作成者が変わっている。これは平均も低かったし、置いておくとしよう。
「英会話、31点」
……言葉も出ない。赤点じゃねえか。合っているのなんて選択問題とリスニングだけだ。
「英文法、22点」
こっちはもっと酷かった。酷いなんて次元じゃない。単語並べて正解してるだけだ。
「どうしたらこんな点数を取れるんだ?」
「そういう継路くんは何点だったの?」
「僕は両方70点台」
「……高い」
「新堂さんが悪すぎるだけだから」
本当は両方90点だ。それを言ったらどんな反応になったのだろうか。
「数学、18点」
なぜどんどん点が下がる。そういうふうに並べたのか。これは流石に言わせてもらおう。
「なんだこれ」
数学は桜庭から、簡単な問題を作ってくれることで有名な飯野に変わったはずだ。
間違うほうが難しい問題だった。
「数学は本当にわからないの……」
「じゃあ、日本史。11点」
「授業を聞いていなくて……」
「どうしようもないな……」
「で、でも聞いて。保健体育は97点だったの」
ドヤ顔で新堂は言うが、単元内容を考えると素直に褒められない。つまり、僕の予想が正しければ。
「生物も良かったんだろう?」
「そう、72点」
……こいつアレだ、興味のある科目しかできないタイプだ。しかも、そういうネタで喜ぶ変態。
「だからこの2科目と……国語系はいい。4科目、お願いできる?」
「分かったよ……」
まあ、とにかくやらせるしかないようだった。
「これはこうで……」
一つ一つ内容を理解させていると、どんどん図書館に人が増えてきたようだった。知り合いと会わないことを祈るのみだ。
「最っ低!」
大きな平手打ちの音が静かな図書館に響き渡った。
「結局、浮気してたってことでしょ!?」
「違うんだ、俺は……」
「何が違うの!?」
……おいおい、図書館で痴話喧嘩か。そういうのはカフェかどっちかの家でやれ。落ち着いて本を読みたい人間や勉強をしたい人間の邪魔をするな。
「……ねえ、あれ」
「新堂さんは勉強に集中して」
「いや……」
「見ないほうがいいよ」
関わらないに越したことはないのだ。この前みたいな面倒なことになる前に。
「もういい!別れましょ!?」
女のほうが立ち上がったのか、ガタン、と椅子が倒れる音がした。駆け足が聞こえるが、男のほうが追う様子はないようだ。
再び静寂が訪れた図書館。しかし、新堂の手は全く動いていない。一点をじっと見つめている。
「新堂さん」
「あれ……黒江くんじゃない?」
「クロエ?」
「同じクラスでしょ。鹿嶋黒江」
僕も振り返り、新堂が見つめている方を見た。すると、見覚えのある顔と目が合った。
「……有栖川?」
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