Ep.6 イケメン教師の裏の顔
「ツグミ、です」
「名前もかわいい。僕の名前は
桜庭圭哉は、ニコリと微笑んで言った。これがいわゆる、女子からの人気を確固たるものにしている笑顔なのだろう。
あの冷たい視線を知っている僕からすれば不自然極まりなく、気持ち悪くて仕方がないが。
「いくつ?」
「20です」
「へえ。大人びてるね」
いつの間にか僕の手首を握った桜庭。まずい。見た目は誤魔化せても骨格は無理だ。男だとバレたら……
「細くてきれいな手だね」
……その心配はないようだが、僕のプライドが酷く傷つけられたような気がする。
というかこいつ、力が強い。そりゃそうか、成人男性なら当たり前か。
「ありがとう、ございます」
「せっかくだしさ、ちょっと遊ばない?」
ここは運悪くホテル前。まずい。ホテルに連れ込まれるのは、駄目だ。どうする?どうにかして逃げるか?しかし、証拠を押さえないといけない。
新堂はこの現場を見ているのだろうか。見ていたら連絡が来ているはずだ。助けは期待できないな。
「それは……」
「もしかしてこういうの初めて?」
「はい」
「大丈夫、優しくしてあげるから」
はいキモい。もうこいつが人間には見えなくなってきた。ケダモノだケダモノ。性欲に脳が占拠された猿め。こんなやつに今まで教わってきたと考えると、数学が嫌いになりそうだ。
「だからとりあえず行こ?入ってからでも決められるから」
本気でまずい。地声出して振り切るか?生徒指導室行きは覚悟だが、こいつだってただじゃ済まないだろう。
早く決断しないと、手遅れになる!
「奇遇ですね、桜庭先生?」
待っていた声に振り返ると、あくどく微笑む新堂が立っていた。
「……新堂さん」
「桜庭先生、先週もここにいらっしゃいましたよね?そちらは娘さん……んな訳ありませんよね」
桜庭の頬を伝う汗。僕は内心ほくそ笑みながら、その様子を見ていた。
「いや、違くて」
「先生……教職にありながら繁華街で女の子引っ掛けてるんですか?というか……先生奥さんいますよね?」
「ツグミちゃん、これは違うんだ。彼女が言っていることはデタラメなんだ」
もうここまでくると桜庭が哀れに思えてくる。心から同情するよ。
妻と子供がいて、女子生徒にも歓声を上げられるのでは飽き足らず、繁華街で女を引っ掛ける始末。
「デタラメなんかじゃない。先生、これはどうご説明されるつもりで?」
「同意。同意の下だから」
「その子、どう見たって嫌がってますけど」
「そんなわけ……」
そして、僕と新堂を敵に回したこと。本当に、可哀想な奴だ。
「ねえ、ツグミちゃん……」
「気安く触んな、この変態。死ねっ!」
僕は地声で思い切り怒鳴り、一瞬緩んだ桜庭の手を思い切り振り払った。
勢い余って転び、尻もちをついた桜庭。
「おい、何す……」
その隙だらけの男の急所に、僕は思い切り蹴りを入れた。
「うぐっ……」
手応えを確認し、僕は走って逃げ出した。
「待て……!」
繁華街を駆け抜けながら、僕は思う。
どうせならヒールを履いてくれば良かったな。そしたら桜庭を再起不能にできたかもしれないのに。
「継路くん!」
新堂の声が聞こえ、僕は走るスピードを緩めた。
「ナイスだった。ありがとう」
「証拠は?」
「バッチリ。このまま駅まで逃げるの?」
「駅員に助けを求めたら、あとは完璧だ」
「そうね。桜庭、追いかけてきてる」
人間は残酷だ。僕もそれは例外じゃない。そう思うと、自然と笑みが溢れた。
「継路くん、楽しそうね?」
「……だって、間抜けだったから。桜庭の顔」
目を丸くした桜庭は、一生忘れられないだろう。
「ははっ、ざまあみろ!!」
「継路くん……私よりも性格が悪い」
知ったことか。他人の不幸で僕は生きていく。他と変わらない、普通の人間だ。
駅まで到着すると、僕は駅員に言った。もちろん女声で。
「助けてください!繁華街で、男の人にホテルに無理やり連れて行かれそうになりました!」
「私見てました!声をかけたら逆上して……」
僕たちは桜庭の特徴を駅員に話し、そうしたらすぐに警察を呼ぶと言ってくれた。
僕は駅員が連絡しているその間に、駅のロッカーに向かった。
「171番の鍵……」
ロッカーの鍵を開け、大きなトートバッグを持って僕は駅の外へと走り出した。
ここまで、新堂と事前に決めたことだ。
「もし、万が一桜庭にバレて逃げることになったら、継路くんは駅のロッカーにあるこれを持って公園の多目的トイレまで行って」
「……これは?」
「継路くんの変身を解くアイテム。ここに今から、継路くんが普段着てる服とメイク落としを入れておく。トイレで着替えるの」
「……準備がいい」
「当たり前でしょ。私は一度逃げそこねたんだから」
僕の自室でふんぞり返って言う新堂。
「……その場合、新堂は?」
「私は……まあ、電車に乗っちゃえばいい。もしバレても白を切る」
僕が新堂を信用した理由の一つだった。自分より、僕の安全を最優先に確保しようとしていること。こちらとしても、リスクが減るのは安心だ。
公園まで逃げ切ると僕は、多目的トイレに入ってまず化粧を落とした。
こんなシートで本当にあの化粧を落とせるのか心配だったが、それは杞憂に終わったようだった。
そして、着替える。女装服はバッグに放り込んで、いつものシャツに袖を通す。これで完璧だ。
「よし」
忘れ物がないか確認して、僕はトイレを出た。
自宅に帰ると、姉が居た。まあ、今は夜八時。当然である。
「おかえり、どこ行ってたの?」
「……ド◯キ」
「ああ、だからそんなに大荷物。何買ったの?」
「……菓子とか?」
「買い溜めしすぎじゃない?いくら継路でも、そんなに食べたら太るよ」
「うっさい」
僕は自分の部屋に入りベッド下にバッグを隠した。
……バッグだけは明日返さないとな。
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