Ep.5 有栖川継路の変身(2)

翌週の月曜日の放課後、僕は女装して新堂が来るのを待っていた。


新堂に先に着替えておくよう指示されたからだ。ちなみに姉がこの時間に帰ってこないのは念入りに確認してある。



チャイムが鳴り、僕は玄関の扉を開けた。新堂が一人で立っていた。


「いらっしゃい」

「ありがとう」


僕らは友達でも何でもない。利害の一致で共にいるだけだ。

だからこんな淡々とした会話しかしないし、笑わない。



「継路くん」

「何?」


目を閉じて新堂に化粧されているとき、彼女が言った。


「私たちは傍から見たら、どんな関係に見えるのでしょうね?」

「……ただのクラスメートじゃないの」

「そう?ただのクラスメートの家に上がる女子はいないと思うけど」


私、そこまでアバ◯レじゃないから。

さらっとア◯ズレという言葉を吐いたことはさておき、新堂が言うことは事実だった。


今まで男友達も家に上げたことがない(いたこともない)僕が、最近話すようになっただけの女子を家に招くのは、かなり異常だ。


「強いて言うなら取引相手、とか」

「確かにそういうのもありかもね。でも、なんだかビジネスパートナーみたいで嫌」


嫌?なんで。そう言おうとした途端、


「リップ塗るから口閉じて」


と言われ塞がれてしまった。



30分足らずで出来上がった化粧。ウィッグを着けて、僕は鏡を見た。


黒髪美人に仕上がった僕は、まるで僕じゃないみたいに笑っていた。

僕は笑わない。だからここにいるのはきっと僕ではないのだろう。


「ねえ、継路くん。いいえ、ツグミちゃん」


新堂は僕に近づき、頬をそっと撫でた。


「ありがとう」

「それを言うのは、まだ早い」


僕がそう言うと、新堂は立ち上がって鞄を持った。


「声、高くして」

「……こう?」

「すごい、完全に女の子。私よりも可愛い」


そしてスマホをかざし、カシャカシャカシャとシャッター音を鳴らした。


「やっ、やめっ」

「今のありがとうは、可愛いものを見せてくれてありがとうの意味。勘違いした?」

「……してないし」

「あ、拡散はしないから安心して。私と継路くんだけの秘密」


当たり前だ。拡散したら一生恨むぞ。


「だってこんなに可愛い継路くん、私だけが知ってるって考えたらゾクゾクしちゃう」

「……妙なことを言うんじゃない」

「私たちは秘密の共有者。これが一番、しっくりこない?」


だとしたら共有している秘密が下らなすぎる。

それらしく言ってるけどこれ僕が一方的に弱みを握られてるだけじゃないか。


「じゃあ、行きましょ」




スマホを見ると、午後7時近くになっていた。駅前で僕らは、繁華街の入口で電柱の影に隠れていた。


「先週、桜庭がここにいたのも月曜日のこの時間だったの」


決まった曜日、時間に女と会ってる、もしくは風俗に通っているのだとしたら、今日ここにいる可能性は高い。

僕は自分の足元を見つめ、靴紐がほどけていないかを確認した。


「八時までやりましょ。それか、私がまずいと思ったら電話をかけるから、その時は撤退ね」

「分かった」


僕は電柱から、胸を張って歩き出した。新堂に教わった通り、流し目で、背筋を伸ばして。



「ツグミちゃんは背が高いから、美人系が一番しっくりくると思う。張ったら多少は、詰め物がなくても胸があるようにも見えるし」


こんな歩き方、性には全く合っていないが、それで男だと見抜かれても面倒だ。新堂の言葉に従うのが一番良いだろう。



空は暗いというのに、眩しいくらいの店の明かりが僕の目を痛める。未成年の僕にはいささか刺激が強い格好をした女もいるし、いかにも臭そうなオッサンもいる。


そうだ、ここは人の欲が集まる場所。気分が悪くなるのも、当然だ。


……若い男もいるらしい。まあ、疚しいからか、帽子を深く被っているが。僕も男だ、気持ちは分かる。普段の格好でここに入る気には中々なれない。

今日は、女装という分厚い皮を被っているからこんなに堂々と潜入できるのだ。


「君、可愛いね」


後ろから声をかけられ、振り返る。聞き覚えのある声だった。


「……名前は?」

「え、と」


そこに立っていたのは、帽子を深く被った、桜庭だった。

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