Ep.4 有栖川継路の変身

次の日の昼休み。僕は昨日と同じ階段裏に来ていた。


「継路くんがまさか、本当に引き受けてくれるなんて思わなかった」

「断ったほうが良かった?」

「いいえ。昨日の態度で、そんな気になってくれるなんて予想がつかなかったから」

桜庭アイツの本性をこの目で見たんだ」

「そう、分かってくれる?」


僕が頷くと、新堂は微笑む。そして伸びをしてから、続けた。


「なら早速、作戦会議に入りましょう。まず私から提案があるのだけど、聞いてくれる?」

「どうぞ」

「私が直接繁華街に潜入するのは難しいと思う」


それはそうだ。桜庭に一度存在を認識されているし、新堂がもう一度見つかれば親を呼び出されるだろう。


「分かったよ、僕が行く」

「でも普通に継路くんが行けば、厄介なキャッチに捕まるでしょう?」

「……そう?」

「だって継路くん、童貞だから」


……さらっと失礼なことを言う。確かに僕はチェリーボーイだが。


「否定しないってことは、そういうこと?」

「……まあ」


この歳なら経験あるほうが少ないと思うが。

やめろ新堂僕をそんな目で見るな。


「で、私は継路くんがキャッチに捕まらない、なおかつ桜庭の弱みを握りやすい変装を考えてきたの」

「聞こうか」

「それはズバリ、女装」

「……は?」


しまったつい素が出てしまった。僕は咳払いをして、改めて新堂に問い直した。


「今何て?」

「継路くんって、身長もそこまでないし華奢で女顔でしょ?これくらいなら化粧でなんとかなるし、もしかしたら桜庭に上手く近づけるかも」


理には適っている。その対象が僕じゃなきゃ、採用を後押ししていたと思う。


「そんなのバレるだろう……だって桜庭は、新堂さんの変装も見抜いたんだから」

「そう?でも桜庭、男には興味ないでしょ?継路くんの顔なんてろくに覚えてない」

「まあ、確かに……」

「やってくれるよね?継路くん」


うふふ、といたずらっぽい笑顔で新堂は言うと、僕に顔を近づけた。

新堂の言う通り、それが一番確実だろう。それに、桜庭の秘密を暴くために何でもすると僕は決めた。後はプライドを捨てるだけだ。


「……分かった、やるよ」

「良かった。継路くん、化粧道具と服、今度買いに行きましょう。小道具は私が貸すから。いつ空いてる?」

「僕はいつでも」

「じゃあ、今日。駅前で集合ね。私一回家に帰るから、準備に一時間くらいかかると思うけど、それでいい?」


僕が頷くと、新堂は笑って立ち上がった。

この女は敵に回してはいけない、そんな気がした。




放課後、駅前で待ち合わせをした僕と新堂。会っていきなり、


「そのクソダサい服はまさか継路くん、自分で選んだの?」


なんて失礼なことを言われた。うるせえ僕の一張羅にケチを付けるな。




驚安の殿堂ドン・◯ホーテにやってきた僕たちは、化粧品コーナーに向かった。


「本当なら専門店でもいいんだけど、ここのほうがまとめて色々買えるし私はここを利用してる。高校生が百貨店なんかに行ったら浮くし」


たくさんの化粧品らしきものがあるが、僕には何も分からない。使い方が分かるのはリップくらいだ。


「継路くんの肌色に合うのは多分この辺……継路くん、肌弱いとかある?」

「ないと思う」

「じゃあこれとこれ。継路くん、カゴ貸して」

「はい」


僕からカゴを受け取った新堂は、次々とカゴに化粧品を放り込んでいく。


「あとはウィッグを買って……継路くん、ロングとショートどっちが好み?」

「そういうのは特にない」

「じゃあ私が適当に決めるから。継路くんは待ってて」


あっという間に会計を済ませ、店から出てきた新堂。

……これ、僕が来る意味あったのか?


「継路くんがいないと肌の色も合わせられないし意見も聞けないでしょ。必要なの」


次は服屋に行くらしい。新堂が知ってる店なら安心だと思っていた。

そんな僕の考えは、どうやら甘かったらしい。




「まあ、女装!お任せください、それなら身体のラインが出づらいものをご用意いたしますね!!」


キラキラと目を輝かせる女性店員。あの恐怖を、僕は一生忘れることがないだろう。




「似合ってる、継路くん」


くっそ……僕にこんな恥をかかせておいて、ただで済むと思うなよ!

こんなことになったのは全部桜庭のせいだ。こうなったら、絶対に桜庭の悪事を……!


「恥ずかしいのは分かるけど、ガニ股で歩くとダサいよ」


仕方ないだろ!下がスースーするんだから!


「じゃあ、ロングでも試してみようか。店員さん、お願いします」

「はい、こちらになります」


ロングスカートを手渡された僕は、もう絶望という感情もなくなっていた。




「うーん、やっぱり短パンにしておく?」

「それにしてくれ……」

「じゃあお会計、行ってくるね」

「待って。新堂さんはお金……大丈夫?もう既にかなり出してると思うんだけど」

「私、ちゃんとしたバイトもしてるの。平気」


そう言ってレジでお金を払う新堂。金を出してもらってるんだ。僕も頑張らなくてはいけない。




次の日、新堂が家にやってきた。僕に化粧を施すためだ。


「お邪魔します」


新堂の家は、パパ活のこともあって男を家に上げづらいらしい。代わりに僕の家でやることになった。


「へえ、ここが継路くんの部屋」

「そうだよ。普通でしょ」

「そう?男子高校生の部屋って、もっと趣味が分かりやすい装飾だと思うんだけど」

「……どういう意味?」

「大人の部屋って感じ。悪く言えば……無個性?」


なんでわざわざ悪く言うんだ。まあ、新堂の言うことは否定しない。

僕には、今特段打ち込めるものがない。ネットサーフィンして、配信やら掲示板やらで人間の愚かさをほくそ笑む。それが僕だ。

 それに、今まで趣味と言えるようなものなんて、少ししか……


「継路くん?」

「ごめんね、もっと、美少女フィギュアが並んでるイメージだったから」

「僕はそういう人種ではない」

「意外」

「早くしよう。万が一姉が早く帰ってきたら……」

「ご挨拶しなきゃね」


その時は僕、腹切って死ぬしかないな。うん。


「じゃあ、始めるから。そこ座って」


 当然だが目を閉じると、感覚が研ぎ澄まされる。

 正直僕ごときがどれほど変われるのかは分からないが、少しくらい期待したって良いだろう。



「はい、目開けて」


ゆっくりと目を開く。いつもと変わらない景色だった。


「……何も変わらない」

「まあ、化粧は見た目を変えるものだから。継路くんから見た景色が変わらないのは当たり前だよね」

「そうか……」

「今からマスカラするから、目、閉じないでね」


真剣な表情で僕のまつげにマスカラを塗る新堂。

一体どうなるのか、心臓がうるさかった。



「できた。鏡、どうぞ」


手鏡を渡され、いよいよ僕の姿を見ることになった。


……誰だ、この女?いや落ち着け。ここにいるのは間違いなく僕だ。

まるで別人じゃないか。化粧でここまで女らしくなるとは思わなかった。


「すごいな……僕じゃないみたいだ」

「そう?思った以上に継路くんだけど」

「そんなことはない。これなら、桜庭も気が付かないだろう」


新堂が頷いて、メイク落としを取り出した。


「……もう落とすのか?」

「お姉さんに見つかりたい?」


断じてそれはない。天地がひっくり返っても、あり得ない。こんな姿姉に見つかったら一生の恥になる。


「……落とそう」



すっきりした僕は、改めて鏡を見た。

親の顔より見た、僕の顔だ。


「継路くん、お姉さんどんな人?」


それがどうした?一体何に関係があるっていうんだ。


「さっきの継路くんに似てるの?」

「いや、似てない。姉はもっと美人」

「へえ、写真は?」


僕はスマホのアルバムから姉の写真を探し出し、新堂に見せた。

姉一人が写った写真を探すのに苦労した……


「やっぱりそっくり」

「そんなこと初めて言われた。お世辞ならやめてほしい」

「それは継路くんの化粧を見てないから気付かないだけ。本当に、よく似てる。目鼻立ちが、特に」


今まで僕と姉を見たら、言われることは一つだった。


「お前ら本当に姉弟?」


親でさえ、顔が似てると言うことはない。それくらい、姉は美人だ。


「お姉さんのこと嫌い?」

「……なんで?」

「嬉しそうじゃないから」

「いや、違う。むしろ仲は良いほうだと思う。でも、どうしても新堂さんの言葉を素直に受け止められないだけ」

「そう」


新堂はそれだけ言うとスマホを取り出して、何かを操作している。


ピコン、と僕のスマホが鳴った。新堂からのメッセージだった。

いつの間に連絡先を知ったのかと一瞬考えたが、クラスのグループLINEから入れれば良いのだ。


写真を開くと、化粧された僕が鏡を見ている様子だった。


「盗撮させてもらっちゃった。継路くん、本当にかわいい。それ、家族に見せたら?」

「絶対嫌だ。すぐに消去する」

「えー、勿体ない」

「そんなことはない」

「まあ、どうせ服も着たときに撮るんだけど」


この女……!僕を完全におもちゃにしてやがる。ただで済むと思うなよ!


「そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」

「うるさいから追い出そうってこと?……まあ、早く帰らないと怒られるし、お暇しようかな」

「本格的に動くのは来週から?」

「うん。私今週バイトだし」

「……パパ活は?」

「もうしない。また見つかったら厄介だし」


それは良いことだ。うちの学校から非行生徒が一人減ったんだからな。


「それじゃ」

「……気をつけて」


僕は見えなくなるまで新堂を見送ると、扉を閉めた。

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