Ep.3 三つ編み眼鏡のP活女子(2)

 昼休み、新堂に階段裏に呼び出された。

 生徒指導を受けたからだろう。少しシュンとして、見た目だけなら本当に陰キャ女子だった。


「新堂さん……ちなみに、僕じゃないから」

「分かってる」


 新堂は壁にもたれ掛かり、言葉を続けた。


「継路くんはそんな人じゃない……と、言いたいところだけど。私の落ち度なの」

「……新堂さんの落ち度?」

「今回の相手、ハゲノだったの」

「ああ、萩野」


 それでバレたのか、と思ったが、どうやら話は違うらしかった。


「ハゲノは全く私に気が付かなかった。鼻の下伸ばして、デレデレしてた」


 それは普通にキモいな。まあ、新堂はそういう視線に慣れているだろうけど。


「だからヤらなかったら大丈夫だろうと思ってた。でも途中で桜庭に出くわして。それでバレた」




 新堂が言うには、こういうことらしかった。


「ミネちゃん、今日は食事だけ?」

「ごめんね。私今日、女の子の日だから」

「そっかぁ〜。じゃあ、仕方ないなぁ」


 鼻の下伸ばした萩野を心の中で嗤いながら、新堂は繁華街を抜けた先にあるレストランに向かおうとしていたらしい。


「あれ、萩野先生?」

「……桜庭」

「奇遇ですね、今からどこに行くんです?そちらはお子さんで?」

「え、いや、その」


 余りの萩野の取り乱しっぷりに新堂は助け舟を出したという。


「そうなんですよ~。いつも父がお世話になってます」

「へえ」


 桜庭が顔をまじまじと見てきて、ニコッと笑い、それから、


「……新堂さん?」


 それより後は、言うまでもないだろう。




「それは災難だったね」

「そう。最悪だった。あれだけ至近距離で見つめられたら、誤魔化しようもなかったし」


 桜庭はよく女子の変化に気がつくらしい。それは女子たちの噂(どうやら桜庭にはファンクラブがあるらしい)で知っていたが、変装した新堂を見抜く力まであるとは。


「逃げたら良かったのに」

「……そのとき、厚底履いてたし。桜庭は運動神経が良いからすぐ捕まるのは目に見えてた」

「なるほど。っていうか、なんで食事だけなのに繁華街なんかにいたの?それが一番の原因でしょ」

「ハゲノがそこで待ち合わせたいって言ったの」


 なるほど。人目につかないように、普通の生徒が来ないような場所で待ち合わせたということか。

 まあ、普通繁華街に行かないし、行っていたら問題だ。


 ……じゃあ、なんで桜庭はそんなところにいたんだ?


「本当だ、たしかに」

「!今……」

「声に出てた。そういえばそうね……すっかり見逃してた」


 桜庭は25歳にして妻子持ちである。おまけに女子人気も高い。そんな奴が、どうして繁華街に……?


「ねえ、継路くん。提案があるんだけど」

「何?」

「一緒に……桜庭があそこで何をしてたのか、調べてみない?」


 階段に座り色っぽく笑う姿は、間違いなくあの夜に見た新堂だった。


「却下」

「なんで?」

「憂さ晴らしなら余所でやって。僕はそんなに暇じゃないんだ」

「憂さ晴らし?まさか」


 新堂は立ち上がり、僕を真っ直ぐ見た。


「継路くん、学校楽しい?」

「……別に」

「私もあんまり楽しくない。だからさ、ちょっと私と遊ばない?」

「遊ぶ、って」

「桜庭の……不倫?女遊び?を、暴いてやるの」


 この階段は人がほとんど近づかない。静寂の中、新堂の声がこだました。


「遊びでやること?それ」

「遊びくらいの気持ちじゃないと、却ってつまらなくなるでしょう?それに、面白いと思わない?あのイケメン教師が、女遊びをしているとしたら」

「思わない」


 僕は呆れるしか無かった。桜庭がどこで何をしてようと僕には関係ないし、興味もない。というか、なぜこの女は人の事情にそこまで興味を持てるのか。


「僕はまだ、昼ご飯を食べてないんだ。教室に戻って良い?」

「……分かった。やる気になったら、いつでも教えてね」


 僕は騒々しい廊下に戻り、教室へと帰った。




 5限は数学だった。新堂は教室にいなかった。

 やはり居心地が悪いのだろうか。


「では、次の問題を――」



 今日の授業はあまり頭に入らなかった。

 予習はもちろんしているが、なんというか、新堂の話が気になって集中できなかった。


 分からないところは桜庭に聞けばいい。休み時間、僕は席を立ち、教室から出ていった桜庭を追った。


「桜庭先生!」


 その時、僕は見た。

 僕を見た桜庭の目が、人間を見るそれじゃなかった。冷淡で、冷酷で、まるでゴミでも見るかのような。


 僕は桜庭の態度に前々から違和感を覚えていた。

 女子に優しく、人気がある桜庭。

 裏を返せば、ということだ。


「どうした」


 ほら、声も低い。爽やか笑顔はどこいった?


 桜庭は男子には不人気だ。

 それは単に女子の視線を奪っているだけじゃない。男女差別をしているからだ。


 人によって態度を変える人間は嫌われる。

 僕もたった今、桜庭のことが嫌いになった。


「……いえ、やっぱり結構です」


 僕は性格が悪い。だから嫌いな人間のアラを探したがる。


「失礼しました」


 この男から学ぶことは何もない。僕は足早にその場を去った。




 教室に戻ると、もう戻ってきていた新堂と会った。


「新堂さん」

「さっきの提案、受ける気になってくれた?」

「ああ」


 新堂はクスリ、と笑うと言った。眼鏡の奥の目が僕を射抜く。


「じゃあ明日、早速作戦会議をしましょう」

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