三つの動画

クロノヒョウ

第1話





 破格の家賃で古い一軒家に住むことになった。木造の平屋で、綺麗な新築の家々が並ぶ通りの中、この家は非常に目立っていた。会社の上司の知り合いの叔父さんが亡くなって、しばらく放置されていたらしい。上司に頼まれた時、ちょうど住んでいた賃貸マンションが更新の時期だったため、軽い気持ちで了承したのだった。

 荷物を運び終えるとひと息ついた。外観はいかにも空き家な雰囲気を帯びていたが、中は意外にも綺麗に片付けられていて快適だった。玄関から続く廊下の右側には古風なキッチンと居間。左側には和室が二間。突き当たりがお風呂とトイレという四角い家だ。明日は庭のあのうっそうと茂った雑草を刈らなければ、どう見ても廃墟だと思われてしまう。建物よりも広そうに見える庭は家の裏手にもつながっているようだったが、この背丈ほどもある茂みからでは確認できなかった。

 荷解きを済ませシャワーを浴びるともう外は真っ暗だった。急に疲れを感じた俺は、和室には似合わない大きなベッドに横になった。電気を消してからスマホを持ち、いつものように寝る前に見ている動画投稿サイトを開いた。トップページをスライドするとある動画に目がとまった。

 『今は封鎖されている魔のトンネル』

 そう題された映像はどうやらこの街では有名な心霊スポットになっているトンネルのようだった。何の気なしにクリックしてみた。そうそう、この地域に住んでいたなら若い頃に皆一度は行くあの心霊スポットに間違いない。懐かしい。暗闇の中、男の声がこのトンネルの説明をしながら中へと進んでゆく。男は時おり自分の顔を映していたが、メガネをかけていて黒髪のごく普通の若い男だった。トンネルは真っ暗で異様な雰囲気を出していた。ここに行くと事故で亡くなった女の霊を視たり叫び声が聞こえたり、さらには女に取り憑かれるという噂があるのだ。実際に帰りに事故にあったという話は何度も聞いている。

 動画は短いもので、ただトンネルの中に入ってカメラを回しているだけで静かに終わった。それが妙に気になった俺は、投稿者のチャンネルをクリックした。『体をはって心霊検証』と書いてある男のチャンネルは全部で三つの動画しか投稿されていないようだ。次の動画のタイトルを見て、俺はまたクリックした。

 『街中に静かにたたずむ廃ホテルの恐怖』

 このホテルも知っている。会社の近くの繁華街の一本裏手の通りにある廃ホテル。噂では火事になって廃業してからずっとそのままにされているらしい。通りに面したロビーだったと思われる一面のガラス窓はほとんど割れていて、ソファーや机が散乱し中の壁が黒く焼け焦げているのが一目瞭然だ。それが山の中などではなく、人も車も通る場所に建っていて剥き出しになっているのだから不気味なのだ。

 投稿者の男も同じようなことを説明しながらこの廃ホテルを映していた。このホテルに来た者たちは心臓や肺に異常をきたし、病院に行っても原因がわからず咳や息苦しさに苦しむという噂があるそうだ。ん? 男はケガをしているのだろうか。松葉づえをついているようだ。腕にも包帯が巻かれていて痛々しかった。街灯だけの暗い道。通りに車や人がいないのを映すとメガネの男は割れた窓からロビーへと一歩中に足を踏み入れていた。ガラスを踏む音が生々しく響きわたる。黒く焼け焦げた壁にはたくさんの落書きがあった。床は剥がれた壁や天井のくずなどゴミでいっぱいだ。と思うとカメラが急に勢いよく上を向いた。何かあったのだろうか、男が「わっ」と短く声を発したところで動画は終わってしまった。

 またもや気になって仕方なかった俺はすぐに最後の三つ目の動画をクリックした。すぐに俺は横になっていた体を起こし画面を食い入るように見つめた。

 『住宅地の怪。呪われた蔵』

 そう題した動画はまさにこの家を映していたのだ。綺麗な新築の家が並ぶ中、ぽつんと建っている古い木造の平屋。間違いない、どう見てもこの家だ。ただ、庭の雑草は背丈ほどは伸びてはいないようにも見える。どれくらい前に撮影したのだろうか。メガネの男は相変わらず松葉づえで腕には包帯を巻いていた。痛々しさに加え男の顔色は悪く頬がこけているようにも見える。喋りながらずっとおかしな咳をしているし、なにか病気なのだろうか。また通りに誰もいないのを映してから男は門を開けた。俺はベッドから足を下ろして座るとスマホのボリュームを大きくした。

『ことの発端は十年前。この家の庭にあった開かずの蔵を開けてしまった住人が蔵の中で死んでいたそうです。それからは蔵を開けた人が次々と死んでいく、まさに呪われた蔵』

 男は草を掻き分けながら進んでいった。すると家の裏手に頑丈そうな大きな木の扉が映し出された。扉の左右の取手には鎖が巻き付けられている。

『蔵の中にはいったい何があるのか。本当に呪われてしまうのか。この体を使って検証します』

 男はそう言いながら取手の鎖を外した。さっきよりも咳が激しくなっている。大丈夫なのだろうか。俺にも緊張感が伝わってくる。包帯の巻かれた手が震えながら取手を掴んで引いた。

『わっ』

 男はスマホを落としたのだろう。蔵の中が映る前に画面は大きく揺れ、鈍い音とともに真っ暗になった。と思うと動画はぷっつりと切れて終わってしまった。

 蔵の中がどうなっているのかさっぱりわからなかった。メガネの男はどうしたのだろうか。俺は確かめるべくスマホを片手に外へ出た。

 動画を再生しながら、男と同じように草を掻き分け家の裏手に進んだ。スマホのライトだけが頼りだ。家の横を通りすぎると確かに大きな扉が見えた。取手に鎖はかかっていない。あの男が外したままなのだろう。と思っていると異臭を感じた。酸っぱいような、鼻につく強烈なにおいだ。それは徐々に焦げ臭い匂いへと変わっていった。何なんだこの匂いは。俺は大きく息を吐いてから片手で取手を持ち、ゆっくりと扉を引いた。スマホの小さなライトが床を照らし、一歩中に進んだ瞬間だった。再生していた動画が終わり、動画が投稿された日付けが目に飛び込んできた。一ヶ月ほど前か。どうりで動画が三つしかないわけだ。このメガネの男は今、恐怖にひきつらせた顔のまま俺のすぐ足もとに倒れているのだから。そして俺は男の足や腕の包帯を見てやっと気づいたのだ。男は体をはって検証すると言っていた。おそらく最初のトンネルで女の霊に取り憑かれ事故でも起こしたのだろう。そしてあのホテルに行き火事にあった者たちの霊に取り憑かれ肺に異常をきたした。そしてとうとうこの呪われた蔵にきて命をおとしてしまったのだ。なんてバカなことをしたのだろうか。動画を撮ってフォロワーや視聴回数を増やすためだったのだろうか。いや、バカなのは俺も一緒か。こうやって興味本位で心霊スポットなどに足を踏み入れてはならないとわかっていたのに、わざわざ確かめに行くなんて。冷たい汗が額から吹き出していた。これから何が起こるのだろうか。もう助からないということはわかっていた。なぜなら、スマホのライトが消え蔵の扉が勢いよく閉まったからだ。闇の中に閉じ込められた俺は恐怖で震えながら、ただ、次に何かが起こるのを待つしかなかった。



           完






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