第18話 とある少年の話
「親が自分の子をなんて、そんな、ドナーなら海外に飛べばすぐ移植出来るんじゃないのか。社長なんだから、金はあるだろ」
「残念だけど、もう一つ最悪な事実があるんだよ。そのドナーってのはね、母親が常に綺麗でいたいが為の本来必要の無いドナーなんだ。何の異常もないのに、年老いた体が嫌ってだけで、内蔵を若返らせる為だけの無駄な犠牲なんだよ。そんなわがままの為に臓器提供なんて誰もしないし出来ない。だから、自分たちで作ったんだ。親子なら適合しやすいしね。後は本人の倫理観だけど、まぁ、そんな思考のオバサンには、子供が愛しいなんて感情は芽生えなかったみたいだ。元からその為に生かしていたから、戸籍なんか必要ないってな」
勝手すぎる話だ。何をどう言えば良いのか分からなくなる程、今私は理不尽で道理から外れ過ぎた行いに憤怒している。
これは人の犯す罪じゃない。少しでも人の心があるのならば、絶対にこんな真似は出来ないのだ。
自己愛と権力に溺れた成れ果てが、こうも醜く腐り果てるとは。
成功の末路がこの未来なら、人は即刻滅びるべきだ。
未来よりも今に投資するなど、惰弱な思想が世に蔓延っているのだとすれば、もう人を育てる土壌は十分に毒されている事だろう。
畑の野菜と同じなのだ。人も植物も、いくら上等な苗だとしても、土地が死んでいては芽は出ない。
毒の撒かれた土は根刮ぎ変えるしか方法は無い。
何をしてもその土が回復し、毒を浄化しうる手段など存在しないのだ。
「そいつ等は、今はどうしてるんだ?」
「五十鈴は始めに言っただろ、無かった事にされたって。事件が無ければ犯罪者もいない。被害者がいなければ加害者もいない。証拠が無く、証言する人間もいないのなら、何も起こっていないのと同義だよ。要はもみ消しだ」
「監禁してその理由が自己満足の為なんて、どう言い訳しても罪が重い。それに、君たちは事件を知っているじゃないか。君たちが発言すれば公に晒されるはずだ」
途端にため息と舌打ちが聞こえてきた。何故だか分からない。私は何か間違った事を言ったのだろうか。
「地位のある教師は言う事が違うな。今までもお前の話はみんな聞いた事だろうよ」
テツがぶっきら棒に言った。
「社会的地位の高い上場企業の社長と現職の政治家が、自分の娘を美容目的の為に飼育していましたなんて、誰が信じる? 事件を告発するのは俺たちだ。帰る家も無い、人生の落伍者の発言に力があると思うか?」
「それでも、調べれば分かる筈だろ。あった事実を無くす事は出来ない」
「良いかい先生。犯罪の、無かった事と知らなかった事は同じ扱いだ。この世の全員が知らないなら、あった事は無くなるんだよ」
私は憤りを感じていた。そして、立派な犯罪を目にしたにも関わらず、表沙汰にしない彼らにも不満を募らせていた。
「理不尽だって皆分かっちゃいるんだよ。けど、黙認するしか方法が無かった。それがカイトの決めた事だったから」
テツの横でカウンターを向きながら、静かに煙草を吸っていたヨウヘイが、話を繋ぐように語り始めた。
「あの子がドナーにされる日を、カイトはどこからか聞きつけたんだ。だから俺たちはその前日に準備をしてあの子をさらう計画を立てた。屋敷の壁なんか現場の重機で一気に壊して、ダミーの車やトラップやら、結構な人数が集まってあの子を助け出したんだ。警報なんか鳴りまくって、警備の人間なんかも蟻みたいにワラワラ出てきて、仕舞いにはヘリまで飛んでまるで映画の撮影みたいになってた。やれるだけの事はやったし、これ以上ない程綿密に計画した。でも駄目だった。結局あの子は連れ去られて、ハラワタをもぎ取られたんだよ」
現実は常に不条理だ。どれだけ望んでも思う結果にたどり着くとは限らない。つまりそれは、正義が名前だけのハリボテである事を示している。
物語であるのなら、彼らは少女を助け出し、悪者は懲らしめられた事だろう。だが、現実で願いを叶えるのは想いでは無く資本である。
それが無い彼らでは、到底適う相手では無かったのだった。
ヨウヘイの話に私は一つ不可解な点を見つけた。
「ちょっと待て。その子がドナーにされたんなら、今生きているのはおかしいじゃないか」
私がそう聞く事を予知していたかの様に、アンナは直ぐにその答えを持ってきた。
「ドナーのドナーだよ。内蔵ひん剥かれて空っぽになった体に、別の内蔵を放り込んだんだ。それでもう分かるだろ。あの子が渡世カイトを名乗ってる理由が」
「それじゃあ、渡世はもう……」
「カイトの目的はあの子の幸せだった。それを叶えるにはそれしか方法が無かったんだ。あいつは決断したんだよ。自分が犠牲になる事で。あの子はな、カイトの全部を奪ったんだ。命も戸籍も何もかも。皮肉だよな? あの子をカイトにする為に、役所やらに手回ししたのはあの議員だ。カイトが生きていれば、この事件で死んだ人間はいない。カイトだった肉塊は墓も無いままどっかに捨てられたよ」
本物の渡世は、もうこの世にはいなかった。
人の為に、本当の意味で犠牲になって死んでいた。
彼は一体どんな人間だったのだろう。とてつも無く頭の悪い、けれど、誰よりも大きな器を持っていたのだろう。
自分を犠牲にする何て、現代人ではまず考えつかない。
彼と話をしてみたくなった。だが、それは既に叶わない夢なのだ。
「ここまでが終わった話だ。でも今は別の問題で皆困ってる」
「これ以上に何があるんだ」
アンナは一拍置き、呼吸を整えて言った。
「名前も無かったあの子を人にしたのはカイトだけど、残された私たちはまだ受け入れられないんだよ。あの子は直接じゃ無いにしろ、カイトが死ぬ原因になった。それに対してのここに居る奴の意見は皆バラバラで、この先どうするのか一向に進展が無い。そこでだよ先生。外部の人間の意見が聞きたい。その為にアンタをここまで連れてきたんだからさ、落とし所って奴を見つけてくれよ。私たちはどうすれば良いのか、結論を出して欲しい」
私は彼らの意見を一人ずつ聞く事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます