第31話 【二式スカラのレポート――6/20/00:46】
到着した大コロニー船の宇宙港を離れてすぐに、おれたちは居住区の異変に気付いていた。
エッジワースたちを追ってきた時点で、予測されていた異変だ。
あのときみたいにネットワーク網が断絶された影響で混乱状態となった宇宙港を出て、移送車でエンデバーと都市部に向かった。
夜の帳が落ちた遠景を瞬く閃光。
けたたましく続く爆発音に耳をふさぐ。
無数の爆煙がもうもうと立ちのぼっている。
明らかに人為的なものだという確信しかなかった。
エッジワースによる連鎖的テロが、あちこちで実行されているんだ。
居住区にはまだいくらでもその種が仕組まれていたって、誰も気付けなかった末路だ。
見慣れていたはずの都市部の光景は、凄惨なものへと変貌していた。
道路に散らばる瓦礫を回避しながら車を進めるエンデバー。
おれはいつ勃発するかもしれない戦闘を前に、全感覚器を研ぎ澄ませている。
もう戦うしか方法がないのかと、ある種の諦めみたいな気持ちに心を沈めたまま。
だから車線上に人影が飛びこんできたとき、それが救いを求める民衆ではなく暴徒に見えて躊躇いが生まれた。
咄嗟に〈魔剣〉を起動しかけて、ヘッドライトに照らし出された人影があの擬人兵――エッジワースに組み上げられた義体兵士と、そいつに護身用デバイスで殴りかかる若い民間人だとわかって心臓が止まりそうになる。
判断を見誤ったのはおれだ。
擬人兵を殴り倒して、歓喜の声を上げた他の若者たちが近くまで集まってきた。
そして直後の銃声に対応できなかった彼らは、精密に脳を撃ち抜かれて次々に血溜まりへと倒れこんでいく。
たとえ〈魔剣〉全てがこの手に揃っていたとしても、全てを救うことはできなかった。
戦うべき場面を選ばなければ、死ぬのはこっちだ。
騎士は、本当は彼らの英雄なんかにはなれないんだってわかりきっていたはずなのに。
もう現実に目を背けることは許されず、車にも浴びせられる銃弾の雨。
鉄クズと化していく車からエンデバーが引きずり出してくれて、身体能力を生かして跳躍、敵勢力の射線上を逃れると、上階層に渡された空中歩道へと着地する。
そしておれは後悔を押しやって、最初にID9を起動した。
おれにとって唯一の銃器型であるID9で、周辺のビル群に潜んでいた擬人兵たちを撃ち抜いていく。
でも十五秒などあっという間だ。
騎士紋へと戻っていくID9を見届けて、残る五基の〈魔剣〉を使い潰した先の未来に、希望を見失ってしまう。
治安維持局の動きもわからない。
エッジワースはネットワーク通信を断つ手段を持っている。
船団でそうなってはあらゆる人間が孤立するから、自力で生きのびるしか活路がなくなる。
ここで把握できたのは、居住区の民衆が武装してテロ攻撃に応戦しているという、酷い現実だけ。
――でも、おれひとりでやりきるしか今は方法がない。
時間は人の命を奪う。
まだたくさんの誰かがここに生きてるんだ。
この感覚、ずっと忘れていた気がした。
応援の手を待っている間にも、時間は勝手に流れていく。
「
ID6を起動。
時間に追い抜かれないようにおれができる全てをしなくてはいけないんだ。
撃破した敵の改造銃を回収したエンデバー。
彼女に援護を任せたおれは、ID6を手に地上へと降り立つと、互いに網膜下端末で敵座標を共有しあい、各個撃破していく。
計七三体を無効化した段階でID6がタイムアウトした。
映りこむ動体反応には際限がないかに見えた。
――いや、あいつらに言わせれば、これ自体がバーチャルゲームなのか?
ああ、くそっ、戯れ言に惑わされるな二式スカラ!
雑念を振り払おうと路面に拳を叩きつけると、歯を食い縛って立ち上がる。
三基目はID12を起動。
これで保有する〈魔剣〉の半数を使い切るはめになる。
無駄にできない十五秒間で可能な限り多くの脅威を排除しないと、またあらたな犠牲者が出るばかりだ。
そうしてエンデバーと合わせて一〇〇体あまりを撃破したころになって、ようやくやつが姿を見せた。
住民が避難し終えてもぬけの空となった商業ビル――窓ガラスが割れた二階側の一室から飛び降りてきた三人組は、エッジワースたちだ。
ボストークに抱きかかえられたまま降りてきたエッジワースは、相殺しきれなかった着地ダメージに彼女の腕から転げ落ちていった。
無様に呻き声をあげて歩道にうずくまっている。
おれは何と戦っているのかもわからなくなっていた。
だからもう何もかもがうんざりになって、こいつらがまた戯れ言をのたまうよりもはやく宣告する。
「――こんなものがお前のやりたかったことなのかっ!
人が死んで、たくさん死んで。
それで何が得られた。
何も変わってないじゃないか! こんなこと今すぐやめさせろ――!!」
いっきにまくし立てると、おれはID6を手に、エッジワースを庇って立ちふさがった水剱キザナ目がけて駆けた。
「
キザナが自身の〈魔剣〉ID1を起動させて、奇妙な余裕の笑みをたたえたままおれを待ち構えている。
曲がりなりにも〈魔剣〉を宿すこいつが、エッジワースのMODででっち上げたNPCだなんて。
今のおれにどう理解しろって言うんだ。
残り四秒。
西洋剣型のID1は小柄なキザナに不相応すぎる巨剣で、なのに物理法則に従うことを放棄して軽々と横薙ぎに構えてみせる。
臆さず間合いに飛びこむと、電光石火で鉢合わせられる互いの刃。
ID6越しに伝わってくる感触が途方もなく重たい。
「へっ――――やっぱあんたも脳筋な野蛮人だね。
こんな決闘になんか意味あんの?
騎士って世界平和を守っちゃう系じゃないっしょ。
いつまでもヌルいゲーム世界に閉じこもってんじゃねえよ!」
そううそぶくキザナ=エッジワースのID1を横弾きに押し切る。
バーチャルゲーム説を真に受ける気はないけど、ID1は重力を操る〈魔剣〉だ。
重力操作に生じたラグにより、刃本来の自重が行使者自身にかかる。
わずかに体勢を崩したキザナ。
復帰までの一瞬の隙を突く。
「ばーか、僕を殺したってさあ、ロータスはゲームクリアなんかにゃさせてくれないよっ――」
〇秒――チェインブート、ID2。
「――放て我が摂理侵犯――……〈
一線集中の居合い斬りで破断する刃面――直後に粒子レベルまで砕け散るID1。
柄ごと勢いよく吹き飛ばされ、路面を転がっていくキザナ。
そんな主人を、慌ててボストークが駆け寄って抱きとめる。
「殺すとか殺さないとかじゃない。
お前ではおれに勝てない。
ただ人がおおぜい死んだという現実が残るだけだ。
お前たちのはじめたゲームなんてのは、最初からクリアできなかった」
エッジワースとおれの間には、埋めがたい差がある。
水剱キザナがパートナー――水剱家の少女騎士たちを連れていないことに、今のおれなら納得できてしまいそうになる。
彼女たちすらエッジワースの創造物かもしれないし、今にして思えば、パートナー同士じゃないと〈魔剣〉の十五秒制限をリセットできないなんてルールも、まんまゲームっぽくて都合がよすぎるんじゃないか。
どちらにしろ騎士同士の一対一であれば、〈魔剣〉が多くて経験値の高いやつが勝つ。
キザナを無効化したところで、いつの間にか遠鳴りの銃声が止んでいたことに気付いた。
すぐにエンデバーが戻ってきた。
主人を逃すべくボストークが向かってくるなら、こちらも同質であるエンデバーの出番だ。
「さあ、お前のよるべとなる騎士は倒れたぞ、エッジワース。
次はどう出るつもりなんだ。
お前のプログラムした兵隊がどれだけかかってきたところで、おれを止められないぞ」
力をこめて言いきった。
驕りからのものでなく、威圧のためだ。
これでエッジワースが諦めてくれないとしても、諦めさせるための手段がおれにはもうなかったから。
なのに――――――
「いやはや、こいつは見当違いな展開になっちゃったねえ。
あんなに臆病だった二式くんが、ずいぶんと立派に戦い抜いてくれてる!
ほんとぼくが見てても
やっぱりこのバーチャルゲームのプレイヤーキャラは二式スカラだって、ぼくの立てた仮説はおおむね当たっていたみたいだね」
まだこの戯言を続けるつもりなのだ、この男は。
例のゲームコントローラーを取り出してきたが、今度はそれをポイと放り投げてしまった。
銃声がビルの狭間を残響した。
一射だけ、マズルフラッシュの瞬きとともに。
砕け散ったコントローラーの破片が、こちらまで転がってくる。
「………………そんな真似までして、もう止められないとでも言うつもりか」
何のつもりなのか、まだ残っていたらしい擬人兵に破壊させたんだ。
「ぶっぶー、二式くんは状況を大きく大きく読み違えちゃってるねえ。
ぼくがこの日のために用意した兵隊は、トータルで一二〇七四体だ。
居住区人口とほぼ同数な理由はね、いつ何時でも市民を五体満足でいさせられるためのスペアボディという趣旨だからなんだね。
二式スカラが全〈魔剣〉を使いきったとしても倒しきれない戦力を投入してる――つまり、最初からぼくの勝ちが確定しているんだ」
さも何でもないことのように、大げさなジェスチャーを交えながらまた近づいてくるエッジワース。
「その全戦力を街中に展開してあるんだ。
あの時ぼくがお願いしたように、もし今ここに月王寺くんを連れてきてさえいれば、二式くんは思うがままに無双し放題だったのにね!」
おれはこの男にいい加減、理屈ばかりで狂気すら感じはじめていた。
狂信者と受けとめたっていい。
正しく間違っている。
「――――……お前はおれをどうにかしたいんじゃないのか。
このままだと、ただおおぜいの人が死ぬだけだ。
バーチャルゲームをバグらせろ? こんなので、どうやってさっ――!」
憤りのあまりおれが殴りかかるよりも先んじて、エンデバーがエッジワースに飛びかかってねじ伏せてしまった。
蹴倒したエッジワースの脚を無情にもへし折ってしまう。
骨折するいやな音とエッジワースの上げた醜い悲鳴が同時で。
あのエンデバーがここまですると想定できなかったおれは、ようやく我に返らされる。
「ひ…………ひど……すぎない……
…………こいつは、あんま英雄っぽくなかったよ……ね」
エッジワースを踏みつけていたエンデバーの肩を叩いて、脚をどかさせる。
どうせもう逃げられやしない。
キザナたちはこの男のコントロールを失ったのか、店のショーウィンドウに背をあずけたまま他人顔だ。
と、地べたに這いつくばったエッジワースがあごを上げてこちらを睨みつけてきた。
「へへへ…………実はこれはねえ―――
―――ジェノサイドの再演なのだよ」
「……ジェノサイド、だって……?!」
何を言い出したのかと思った。
ジェノサイド、だって? 言葉の意味は、ぼんやりとしたものとしてしか知らない。
でも到底まともじゃないことを、この男がやろうとしているのだけは伝わってきて。
「そう、ジェノサイド――つまり大量虐殺さ。
ホロコースト、ナンキン、クメール・ルージュ、ルワンダ。
人類は計画的に多くの罪のない人間たちを殺してきたんだ。
それが歴史上何度も何度も繰り返されてきたのに、この殉教船団では何故なのかジェノサイドは起きえなかった!」
熱弁される狂気。
唇に血の泡を滲ませて、どうしてここまでこの男は――――
「――ええっ、何故なのかって?
ロータスがそういうシステムになっているからさ。
この世界はロータスの箱庭――つまり仮想現実空間だからね、ロータスがお気に召さない事態になると
そして
さあどうだ、なんとこの世界は見事リセットされてしまうのだよっ!
……ああ失敬、きみらみたいな世間知らずの若者には、ちょっとばかり難しい話だったかもしれないね?」
息を上げながらまくし立てるエッジワースが、そこでようやく言葉を切って、それから呻き声を上げながら仰向けになる。
と同時に、ずんと鈍い音がおれたちの鼓膜を打った。
立っている道路が小刻みに震えていると感じたときには、すでに耐えきれないほどの地鳴りに変わっていて。
「きたっ――――遂に来ちゃったっ!
ほらほら、世界のリセットがはじまっちゃったぞ~!!」
エッジワースの狂言を断ち切るほどの、爆発音みたいな異音はまだ途切れるそうになくて、思わず耳をふさいでいた。
ビル群からこぼれ落ちてくる瓦礫片。
もう立っていられなくなって、エンデバーに支えられながら周囲を見渡す。
「…………マスター、最悪の報せです。
いまネットワーク網が復旧しましたが、同時に大コロニー船一号艦からの救難信号と壊滅を確認。
この衝撃は、コントロールをロストした一号艦がヘリオ=タングラムに衝突して起きた衝撃波によるものと思われます」
「え…………船が、壊滅って、そ…………んな――――」
頭が真っ白になった。
何が起きた。
おれってどこにいるんだ。
何ができた。
「――一号艦って……あれは夕神さんの船だ……嘘だ……こんな、馬鹿げた、ことって……」
夕神家の屋敷は一号艦にあった。
伊斗家もだ。
夕神さんはどうなった? あれから連絡を取っていない。
船が壊滅した? どれだけの人間が巻き添えになった。
一体何がどうなって船もろともヘリオ=タングラムに衝突しただなんて、そんなの信じられるものか。
でも、この異変はとどまることがなかった。
夜を演出していたはずの都市環境システムが、突然真っ白な初期状態に戻ったのだ。
突然に夜が終わった。
訪れたこれは、青空も何も映し出さない、まばゆいばかりの純白の世界だ。
暗闇から急激に変貌を遂げた都市に、体内感覚がのきなみ変調をきたして膝をついてしまう。
方々で立ちのぼり夜空を染めていたオレンジの炎が、白い世界の到来とともに燻って消えていく。
それどころか都市そのものが少しずつ色褪せていくかのようにも見えた。
都市が色彩を失いはじめた理由――それが目の前でも起きていた。
おれたちがいるこの区画。
移送車両のための舗装路、歩道。
せめぎ合う積層ビル群。
色鮮やかにデコレートされた商店街のファサード。
そのどれもが、表層上の色合いを剥ぎ取られて、無垢な白に挿げ変わっていく様をただ見届けるしかなくて。
「マスター。これは都市環境システムの暴走です。
都市中の――いえ、この船内の全構造物が、素材レベルで再構築を開始したようです」
白い空の下で、どんどん色をなくしていく街並み。
これはロータスの恩恵下にある都市そのものが、エッジワースの言うジェノサイドに呼応してリセットをはじめたのだとしたら。
まるでこの凄惨な現実に耐えきれなくなったかのように。
「ははっ――――ざまあないね二式スカラ!
ほらほら、はやく世界を救ってみせなよ英雄!」
こうなって、まだあざ笑うエッジワースの声が、キザナの喉を通じて届く。
かたやエッジワースは真っ白な空を仰いだまま、大の字になってカッと目を見開いたまま。
もう意識が途絶えているのかもしれない。
「さあさあ、やっと帰れるぞリアルワールド!
さよならだ、こんなくそったれなバーチャルワールド!」
キザナの声で、わめき続けるエッジワース。
どうすればいい、どうしたらいい。
おれは誰を守って、何と戦えばいい。
思考が堂々巡りする中で、失ったものばかりが脳裏をよぎる。
みんなどうなった。
夕神さんは。
アリルは。
スプートニカや、騎士魔堂院の準騎士たちは。
「行か……なきゃ……。
まだ生きてる、時間が流れてる。
なら、ひとりでも多く助けないと。
水剱キザナだって……エッジワースだって、助けないと…………」
でも、おれはもう立ち上がれなくなっていた。
立ち上がるだけ無駄だと、よくわからない本能が警告してきた気がして。
いつの間にか白化し終えていた都市に、おれたち以外の新しい色彩が生まれていた。
「おや、何かな…………あの黒いのは…………」
ひしゃげた眼鏡をかけ直したエッジワースが、茫然とある一点に釘付けになっている。
この区画で一番目立つ高層ビルから、しみ出すように滲み出てきた黒。
流体のようなそれが、外壁のテクスチャーを一色に塗りつぶしていく。
それだけではない。
周辺の建物、路面、割れた窓ガラス、瓦礫の山からも黒が――まるで再生をはじめた都市を邪魔しようとするように溢れ出てきていた。
「ひぃっ――――――?!」
いまのはエッジワースが上げた悲鳴だ。
突然立ち上がった彼が瓦礫にけつまずいて転がる。
それが負傷した脚のせいではなく、瓦礫に見えた塊が黒く隆起して、彼自身の下半身ごと飲みこんでいたからだった。
エッジワースの喉は悲鳴を上げそこねたまま、彼自身の肉体が順繰りに黒い塊と化して、バラバラに路面へと散らばった。
そして、おれがなけなしの平常心を保てたのもここまでだ。
理屈なんてない。
ただこうなるのをずっと恐れて逃げ続けてきた。
何度やっても、どうにもならない、あの呪いの果てを。
おれは失敗した。
おれは――今回も結局、英雄なんてなれなかったんだ。
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