†Phase:4―― 極相

第30話 【月王寺アリルのレポート――6/20/01:08】

 ベッドから飛び起きたきっかけが悪夢の終わりによるものでなくて、落雷みたいな音に驚いただけだった自分に呆れてしまった。

 スリープモードだった室内照明があたしを認識して明度を復帰させるよりも早く、窓越しに瞬いた閃光に叩き起こされるはめになった。


「…………え…………街が……なんで燃えてんの…………?」


 そんな夢をさっきまで見ていたおかげで、すぐさま連想されてしまって。

 そう考えても不思議ではない光景が、今あたしのかじりついている窓ガラスの向こう側で実際に起こっている。

 大規模火災――というよりも、爆発だ。

 藍色の夜間モードに移り変わった都市環境システム下の居住区。

 建ち並ぶ建築群を黒いシルエットとして夜空に浮かばせているのは、視界の方々で閃光を放ち続ける爆発現象だ。

 寝ぼけた記憶がようやく戻ってきた。

 あのあとあたしは大コロニー船まで送還されていたんだった。

 そうだ、あたしは何がどうしてこうなったのか、二式邸まで戻ってきている。

 スプートニカに連れてこられたんだ。

 理由を知る必要はない、おとなしく従えって言われて、半ば強引に騎士魔堂院の公用船にぶち込まれて。

 ここ二式邸があるのは、居住区西部地区だったはず。

 この寝室は一階だ。

 思い出したら腹が立ったのもあったせいで窓を一発殴りつけてやると、ガラス投影されていた映像が消えて本来の和式庭園に戻る。

 転がっていた靴を拾い上げて、裸足のまま回れ右して部屋を出た。

 出てすぐの廊下でスプートニカと鉢合わせしてしまい、思わず変な声が出た。

 たしかスカラたちも着ていた和式の寝間着にこいつが袖をとおしていたのが違和感ありすぎて、なんでこいつ他人の家でこんだけリラックスしてるのかも意味不明すぎて。


「ななな、なんなのあんたっ!

 ってか外の街燃えちゃってんだけど!

 アレってもしかしなくても定点映像じゃないの!?」


 まさかああいう演出なのかとも思ったけれど、枕越しに響く地鳴りまで演出なわけないし。


「いえ、月王寺さんもめっちゃ冗談きついですわね。

 マジで燃えちゃってますんで、街」


「おまえ他人事みてえに言ってんじゃねっての馬鹿。

 あんだけ吹っ飛んでりゃ、何人か死んでておかしかないっしょーが!」


 何にいきり立ってるのかも自分じゃわからなくて、とにかくいても立ってもいられないことだけは確かだ。


「だいたいさ、拘束したあたしをなんであのひとんちに連れてきたん。

 意味わっかんねーし。

 まだぜんっぜん納得いってねーって、あたしのこと徹底的に調べるんじゃなかったんかよ!」


「それも秘匿事項だと説明済みでしたわ。

 このスプートニカは騎士魔堂院の核として機能することに特化したメルクリウス。

 スプートニカはあなたを監視し続けますの、夜通しで……ねっとり……しっぽりと……」


「あー、ハイハイ、そっかそっか。

 あんたら法の番人みたいな役回りじゃなかったよね、粘着ストーカーかよ。

 いいよ、ここあたしんちみたいなもんだし、勝手にそと出てくっから」


 靴をはき直してから、寝室に置いてきた上着を取りに戻る。

 その隙にドアロックのアラートが聞こえて。

 しまった、キレ気味であまりに迂闊だった。

 ただスプートニカはドア向こうかと思ったら、何のつもりなのか部屋の中にいる。


「居住区に出かけて、それからどうするおつもりですの?

 あなたが見たあの光景は、船団の治安問題ですのに」


 瞬時に起動させた錫杖型デバイスで、トンと畳床を突く。

 その寝間着姿には不似合いだったけれど、この不利な室内空間にして、こっちはID13たったひとつっきりだ。

 騎士魔堂院のスプートニカは、あたしが真正面からやりあって勝てる相手じゃない。


「都市警戒ネットワークからの通知では、実際に犠牲者数がカウントされはじめているようですわね。

 でも、あなたは治安維持局の職員でもなければ、騎士魔堂院の正規騎士でもない。

 あなたにできることは何もありませんわ」


「あたしにゃ行く理由があんの。

 …………その、正義感とか。

 そう。

 そうだよ。

 このままスルーすんのはあたしの正義に反するんだっての!」


「――〈ロータスの騎士〉月王寺アリルは、テロリストであるエッジワースの、共謀者の嫌疑がかけられていたはずではなくて?

 突然ジャスティスに目覚めたのですか、ジャスティスに」


 正直言って、誤魔化しかたをミスったっぽい気がした。

 メルクリウスがそのへんの機微を嗅ぎわけられるとしたら、あたしの目的を悟られずにこれ以上なんて言い訳すればいいのかわかんなくて。

 ていうか、やっぱ…………なんかヘンじゃね?


「――あんたさ、ホントにあのスプートニカだよね?

 なんかおかしなキャラに感化されてね? 騎士魔堂院にいたときと違ってずいぶんじゃん。

 メルクリウスってさ、みんなエンデバーといっしょなん?」


 そうだ、どっか引っかかると思っていたけど、ヘンテコな冗談を織りまぜてしゃべる癖がエンデバーとおんなじなんだ。

 こいつらメルクリウスは根がそういう面白キャラだから、あんま嫌いになれないってのはあるんだけど。


「まさか、いつから気付いていましたか。

 その……スプートニカの正体に」


「いや何のハナシだよ」


 と、異様に整った造形の顔が、一瞬だけ焦った表情になった。

 スプートニカはすぐに取り繕ったけど、たしかにあたしは見た。


「…………えっと。

 あんた今さ、うっかりゲロったっしょ」


 何についてなのかはわからないけれど、スプートニカが勝手にボロを出してくれたせいで尻尾を掴んでしまった。


「きのせいです。

 この愛らしくも儚げなエンデバ――この美しくも健気なスプートニカは、勇敢なる騎士たちに調和をもたらす唯一の裁定者わよです」


「あっ、こいつ言い直しやがった」


 偶然の偶然が重なって、不幸中の幸い、いろいろ噛み合ってしまった。


「………………で、あんたエンデバーなんだね。

 どうして黙ってたし」


 理屈はわからないけれど、エンデバーがスプートニカになりすましていたらしかった。

 いやいや、顔だちからしてふたりは似て非なるものだし、エンデバーよりうんとボリューム感がある彼女なのに。

 中のキャラがエンデバーだって気付けてなけりゃ、あたしってば隙をつくってぶち破った窓から脱走する気まんまんだったんだけど。


「どうしてもこうしても、これは我々メルクリウス種の特権ですので。

 スプートニカの魂は、実際ここにはありません」


 そう呟くと、豊かな胸元にそっと手を添えてアピールする。

 浮かべた儚げな表情にほだされそうになったけれど、何気に恐ろしくもある事実だ。


「……そっか、そだったね。

 メルクリウスは人格が別枠だったから、エッジワースのやつがそこのきじゃくせい? みたいなアレを突いたのは知ってたけどさ。

 まさかカラダとココロの入れ替わりまでできちゃうなんてあたしビックリだ」


 そう、〝なりすまし〟どころの騒ぎじゃない。

 今あたしの前にいるのは、スプートニカの肉体を借りたエンデバー本人だったのだ。


「じゃあさ、スカラに付いてったエンデバーって、まさかね」


「そのまさかで、誤主人様を警護しているあっちが正真正銘、本物のスプートニカねえさまなのでした。

 えへん」


 威張るものじゃないけれど、とにかく事態が思っていたより好都合だったと思いたかった。


「なんで入れ替わっちゃってたのかも聞いときたいけど、あたし今めちゃ急いでんの!」


 ただ、錫杖をしゃんと鳴らせて、スプートニカあらためエンデバーが立ちふさがったままだ。


「あたしはあそこに行かなくちゃならないんだ」


「それは、二式スカラがあの場所にいるからですか?

 誤主人様と合流して、あのかたをまんまと利用して――そして定められていた秘密の計画を実行段階に移すためですか?」


 エンデバーは何かを見透かしたような目で、あたしをまだここに押し止めようとしている。


「前にも言ったじゃん、あたしは誰かの駒じゃないし、誰かを利用するつもりもないっての。

 そうじゃなくって、あたしはあそこにスカラがいるから行ってあげなくちゃなんだ、絶対に」


 そう、二式スカラだ。

 彼はきっとあの燃え盛る街に飛びこんだ。

 英雄になるためなのかなんなのかは知らない。

 でも彼のそばにいるのがあたしじゃないと――あたしと彼の物語の、何もかもがみんな嘘になる気がして。


「それでは納得できませんと前にも伝えましたよね。

 それでも、何度でも問いかけるよです。

 あなたは何を知っていて、何のために、何をやり遂げるおつもりで?」


 毅然とした顔で立ち向かってるエンデバー。

 そうか、彼女はエッジワースの企みをもう知っていたのかもしれない。

 あいつが自分の野望達成のために、はなっから存在しない水剱家になりすましてきて。

 テロ攻撃だって〝ただの起爆スイッチに過ぎない〟んだってわかっていて。

 あたしがそんなものに加担しないことを証明させようとしているのかな。


「だって、あんたにゃ話せないんだよ。

 あんたにも、スカラにも――誰にも言っちゃいけないこの世界の秘密のヒミツ、あたしだけが知ってるから……」


 胸に携えたID13を通じて彼の心を覗きこんだとき、をあたしは知ってしまった。

 でもこの世界の秘密のヒミツを、あたしが誰かに話すことはできない。

 誰にでも聞こえるメッセージにした途端、あの夢みたいに、全部まぼろしとして消えてしまうかもしれないから。


「だから、さっさと行かせろし。

 こんなのあたしのエゴだよ。

 二式スカラが本当の英雄かどうかなんて誰も認めてくれなくていい。

 あたしの英雄になってもらうためだけに、あのひとのそばに立ちたいだけ!」


 だからもう理屈も何もかもめちゃくちゃだったけれど、この想いくらいはちゃんと届けって勢いでエンデバーにぶつかってやった。

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