第27話 【二式スカラのレポート――6/19/21:43】

「――ID13が偽造された〈魔剣〉だという我々が出した結論は、あなたがた人間には理解しがたいロジックによるものでしょう」


 スプートニカがいったん言葉を句切ると、鉄格子の向こう側から魂の通わないまなざしでおれを見すえた。

 そう、鉄格子なんていう旧態依然としたものにおれの人権を奪われていた。

 おれが閉じこめられているここは、騎士魔堂院の地下ブロックにある営倉だ。

 問題行動を起こした騎士を閉じこめるための、一種の懲罰房のことだ。

 騎士魔堂院によって月王寺アリルが拘束されたと同時に、共犯者の疑義をかけられたおれまで投獄される羽目になったわけ。


「月王寺さんのID13は、たしかにロータスの技術に基づいて製造されたデバイスには違いありません。

 その点だけは事実でしょう。

 よってあなたがたからすれば本物の〈魔剣〉であると解釈するしかなかった。

 その点であなたがたを責め立てるつもりはありませんわ」


 横たわって脚を伸ばすことすらままならないほど狭苦しい空間で、当然ながら寝床なんてものはない。

 懲罰対象者を精神的に追いこむことが目的なのだとしても、星間航海が実現されてどれだけ経ったんだというくらいの時代錯誤さだ。


「……だめだ、そんなんじゃ納得できないよスプートニカ。

 いかに〈魔剣〉の偽造が騎士魔堂院にとってタブーなんだとしても、アリルが意図的にルール違反をした証拠がない。

 あの子、本気でID13を自分の〈魔剣〉のつもりで戦ってた。

 そう受けとめたからおれも同じステージに立ったんだもの」


 そうさ、納得なんていくものか。

 夕神さんたちとのあの試合はなかったことにされたんだ。

 スプートニカを筆頭とした騎士魔堂院のメルクリウスたちは、月王寺アリルを身体検査した結果、ID13が正規の〈魔剣〉ではないと突然決めつけた。

 つまりは、こういうことだ。

 〈魔剣〉を模した偽物が騎士魔堂院に持ちこまれた。

 このままでは十二基の〈魔剣〉をめぐる騎士たちの舞台が、根底から覆される事態だ。

 ――そういうシナリオがメルクリウスたちの中でできあがっているから、シナリオ本来の均衡を取り戻すべく、こうして弾圧に動き出したということらしい。


「では、我々が偽造を証明できれば二式スカラの納得が得られますの?」


「…………それでも納得できない。

 でも、アリルと話し合うことくらいはできるかもだけど」


 おれは認めなかった。

 何の根拠もなく、全力でアリルを庇った。

 だからいったん頭を冷やせと、こんなとこにブチ込まれる結果になったわけなんだけど。

 スプートニカたちが疑っているとおり、万が一あの子に何らかの企みがあって、嘘をついておれまで利用していたのなら。

 ――まあ、確かに一言くらいは言ってやりたい気持ちになるかも。

 でもそんなのいま考えることじゃない。


「――偽造のロジックは簡潔です。

 〈魔剣〉とは本来、十二基でひとつのシステム。

 言いかえれば、ひとつのシステムが分かたれて十二基になったもの。

 すべてはロータスが人類の未来のために決めたルールですわ。

 その十二基をあなたがた人間が集めて一丸となる未来こそを、我がロータスは望んでいるのでしょうから」


 まるで神話みたいな言い振りだけど、この話は騎士なら誰でも知ってる共通認識だ。

 ロータスは人類自ら苦難に打ち勝つ可能性を信じて、〈魔剣〉というあたらしいシステムを託した。

 自分が歴史から消え去っても人類はもう大丈夫だ――そうなる未来を願って。


「知らない十三番目が存在したことと、十三番目が偽物であることの証明とは別問題だよ」


「〈魔剣〉はロータスの作品のひとつにすぎませんわ。

 十三番目がもし存在したとして、それもロータスの作品であれば我々は偽造と表現しなかったでしょう。

 それでは、ID13がロータスの作品である証明は、いかに?」


 腰を落として壁に背を預けていたおれを、小首をかしげたスプートニカが見下ろして言う。

 それだけとると愛らしい仕草だったけれど、船団最強のメルクリウスであるスプートニカは、純粋な戦闘力だけで計れば五大騎士家全員でかかっても太刀打ちできない――文字どおりの怪物だ。


「きみ自身がロータスに直接聞いてみればいいんじゃないの。

 ID13って〈魔剣〉を拾っちゃったんですけど、もしかしてこれ、造っちゃいましたか? ――って」


 悪ふざけでもなんでもなく、本心からそう問いかけた。

 おれたち人間からの対話にロータスはいっさい応じない。

 十二基の〈魔剣〉だけ置き去りにして、あとは勝手にしろとばかりにヘリオ=タングラム中枢に引きこもってしまった――いや、そう言う意味ではまるでおれみたいなやつなんだけど。


「我がロータスはヒトではありませんので、対話によって真理を得られることはあり得ません。

 だからこそ騎士魔堂院が存在し、我々はID13と月王寺アリルを調査した」


「――調査結果はシロだったって言ってたじゃないか。

 ID13はロータスの技術に基づく作品だったし、月王寺アリルもただの人間の女の子だった。

 誰もが疑う理由はなくなったはずだ」


「おっしゃるとおりです。

 ――ただ、あまりに完ぺきに潔白すぎて、あまりに何もなさすぎた」


 強調するように言葉を句切って、じっとおれを見すえてくる。

 虹彩色のルビーに映りこんだ二式スカラの顔。

 おれが何かを見落としているのだとでも言いたげな、沈黙のインターバル。


「……おわかりになりませんの?

 ルールにない騎士と〈魔剣〉が、何の筋道もとおらずに突然現れたのは何故でしょう。

 世界の命運を変えるほどの異変イレギュラーが起きるには、何かしらの予兆とそれなりの筋道があって当然。

 ならば殉教船団の秩序が覆されるほどの方針転換をロータスが行ったか、あるいはロータスを欺くほどの陰謀を何ものかがやり遂げたか。

 それが我々の言う証拠です」


 一気に言い放ってくれた彼女の弁は、咄嗟に言われても飲みこめない内容だった。


「いずれにせよ我々騎士魔堂院という免疫反応が起きなければ、殉教船団という箱庭などとても成立し得ませんの。

 そういうシステムだと、ここは大人しく受け入れてくださいまし、二式家当代――」


 でもスプートニカは背を向けて、いくつかの鉄格子が並ぶ向こう側――通路の先にある営倉の出口へと向かう。

 これ以上おれからの訴えは聞き入れられないらしかった。


「それが証拠って、どういう意味なのスプートニカ!

 その話をみんなにもしたの?

 誰かを納得させられなきゃ、人間との共存なんてできっこない!

 騎士たちをまとめ上げるのがきみの仕事なんだ!」


 声を張り上げて訴える。

 でもスプートニカは振り返ることなく、隔壁扉の向こうに消えてしまう。

 代わりに届けられた彼女からのメッセージが、おれの網膜下端末に表示された。


〝この世界を書き換えようとしているものがいます。

 ルールに矛盾するID13の出現は、その悪しき兆候だと捉えられます。

 偽造とはそういう意味です〟


 どういう意味だろう、世界を書き換えるだなんて。

 ロータスを欺くほどの陰謀を何ものかがやり遂げた?

 途方に暮れたおれは、いつの間にか立ち上がっていた自分の腰を再び落とすことしかできなかった。

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