第26話 【二式スカラのレポート――6/19/19:10】

 おれとアリルは、騎士魔堂院の寄宿舎にしばらく滞在することになった。

 騎士魔堂院の管轄ブロック内にある寄宿舎は、院内に滞在する騎士や準騎士たちの一時的な生活圏となるべき場所だ。

 アリルとともに夕神さんたちと戦ったあの試合から一夜明けても、騎士魔堂院は今後の明確な方針を示すことができなかった。

 それほどにID13を宿して生まれた〈ロータスの騎士〉という存在がイリーガルだったのだ。

 アリルもおれもあのあとすぐに回復したけれど、あの子には行き場がない現実は変わりようがなかった。

 かと言って、二式家があの子の身柄を引き受けることすらも認めない騎士魔堂院はどうかと思った。

 得体の知れない月王寺アリルを調べつくすまでは、五大騎士家のバランスを揺るがさない場所に隔離しておきたい――そういう騎士魔堂院の本音が透けて見えていた。


 アリルに割り当てられたブロックは、体のいい言い回しをすれば絢爛豪華な貴賓室だった。

 準騎士向けの寄宿舎からは完全に隔離されているから、いかに設備や調度品が上等であっても、アリルが幽閉されている事実に違いはなかったけれど。

 アリルはここに隔離されている間、いくつか検査を受けていた。

 大げさに言えば人体実験や解剖でもされやしないか心配だったけれど、そこまでの非人道は娯楽コンテンツの中でしか通用しないのも何となくわかっていたし。

 そしてエッジワースの襲撃で荒らされた二式家を修復させている間は、おれとエンデバーも付き添いで滞在することになった。

 アリルの立場的な身辺警護の意味もあったし。

 そうして三人で寄宿舎に滞在しはじめて、三日目の夜のことだ。

 夕方に夕神さんたちが訪ねてきてくれて、いっきに賑やかさを増した晩さんのあと。

 ベランダに出てひとり星空を眺めていると、夕神さんがそばにやって来た。


「息苦しかったかな?

 なんかごめんね、おおぜいで押しかけてしまって……」


 開口一番に詫びられてしまう。

 食卓でのことを言っているのだと思う。

 ここのベランダは半天球型をしたいわゆる覗き窓キューポラ構造になっていて、多層構造の分厚い天窓越しに、船外に広がる星くずの世界を送り届けてくれていた。

 天窓下はちょうど庭園風に整備されているから、照明のムードも相まって孤独に浸りたいときにはうってつけだ。

 要するにこのシチュエーションを〝ロマンチック〟などと形容できるほど情緒で生きてきたわけじゃないおれだから、ベンチでぐったりしていた隣に腰かけられても、悪い意味でドキリとさせられてしまうわけで。


「……は、はい、息苦しくはなかったデス……

 ……っておれが言ってもバレバレっすよね……」


「もお、どうしてそんな口調?

 まあ、ライカにお酒を控えさせておくべきだったのはすごく反省しています。

 本当にごめんね……」


 あれは本当に酷い目にあった。

 見てくれはあんな柔和そうなライカさんに、ワインに酔った勢いでボロクソにウザ絡みされた挙げ句に、吐瀉物まで浴びせられてしまった。

 シャワーでさっぱり洗い流してからほとぼりを冷ましているのが、今おれの置かれている現状なので。


「ま、まあ……状況が状況だったとはいえ、うちのエンデバーも大変なご迷惑を……」


 主人への狼藉と捉えたらしいエンデバーが、珍しく大暴れしてしまったのだ。

 酩酊状態のライカさんを全裸に剥いてロフトから吊そうとしたところ、夕神家の老執事型メルクリウス・ディスカバリー氏と大立ち回りをやらかして、寄宿舎ここのダイニングルームを半壊させたのも頭痛の種だったりする。


「やっぱり騎士家同士で和気あいあいとお食事するのも、なかなか難しいものだよね。

 わたしと二式君とだけならさ、喧嘩とか絶対にないのにね……ふぅ…………困っちゃったなぁ……」


 そいつはどういう意味でしょうか夕神さん。

 男と二人きりになりたいアピールとな?

 まあこの人が花園の聖母様(=勘違い男製造マシーン)として騎士魔堂院に君臨してきたのは、もはや周知の事実なのです。

 ご自宅でじっくり磨いてきたスルースキルを遺憾なく発揮すべきタイミングが今です。


「…………………………」


「…………………………」


「…………………………。

 はぁ……二式君が返事してくれないので、お話が止まってしまいました。

 でも気にしなくていいんだよ、こういうのも贅沢な時間の過ごし方なので。

 ほら、お星様だって素敵な眺め。

 そう、わたしたちは今、すごい贅沢をしているのです!」


 目一杯のしたり顔を浮かべた夕神さんを思わず凝視してしまったら、そこで目が合った。


「あの、はい……なんだか大変もうしわけないことになってます……デス」


 ――いっそ死しかない。

 さっきまで溜息をついていたから落ちこんでいたのかと思えば、意外やのニヤケ顔で見つめられれば、おれとしては身の危険のほうが勝るわけで。


「つ、月王寺さんとはどういうご関係なのですかっ!」


 直球で来た。

 普段なら駄目だけど今日ばかりは勢いあまっちゃったノリでベンチで身を乗りだしてきて、こう――

 ――こっちの股ぐらに手を置いてまで、ぐいぐいと攻められているおれってどういう扱いなの。


「どどど、どういう関係……って?!」


「わたし誤解を招く発言が多いそうです。

 なのではっきりさせておくけど、これってコイバナです。

 わたし、今すっごくコイバナがしたいテンションなのでっ!」


 夕神さん、お酒は飲んでいないはずだ。

 でも夕神さんが敬語に戻ってるときって、大抵はよくない兆候で――――


「わかりますか二式君、コイバナ。

 恋の話でコイバナです。騎士のプライベートな恋愛事情です。

 一度してみたかったんだよわたしっ!

 なんだか当代騎士がコイバナをしちゃダメな雰囲気ばかりで、わたしずっと息苦しかったので今こそっ!!」


「やっ――――――――!?」


 ――やっ……ばかった!

 本当にマジでやばかった。

 誤解を招く発言、本当にそういうとこですよ夕神さん。

 おれもほだされかけていたから、わずかにでも好意を向けられているって期待してしまっていたし。


「ど、どういう関係って…………アリルとは、別に何も…………」


 無償で甘えさせてくれる年下の女の子。

 駄目なおれの全てを受け入れてくれる、この世で唯一の人間。

 おれに頑張れとも望まないし、きちんとしろと叱りもしない。

 ただただすぐそばでおれを見ていてくれるだけの存在。

 手を引いてほしいときだけ手を引いてくれる、頼もしい女の子。

 会ってまだ間もないはずなのに、ずっと昔からそうだったみたいにいてくれる理解者。

 ああ駄目だ、こんなの他人になんて説明すればいいんだ。

 死しかない。

 こうやって脳内であいまいな言語化しただけでも、瞬時に自己嫌悪に陥ってしまうほどの破壊力なのに。


「もういっしょに暮らしはじめたようなものですよね?

 あんな雰囲気だと、ふたりに何もないはずがないですっ。

 それに彼女、派手めだけどすごくゴージャスな感じで素敵な子じゃないですか。

 やはり年下派なのですか? そこんところどうなんですかっ?

 んん~?」


 むちゃくちゃに食いつきのいい夕神さん、この手の話題に飢えていたのはマジらしい。

 騎士魔堂院随一と言っていい美顔なのに、こっちが貞操の危機を覚えるほど爛々と目を輝かせている。


「――――そんくらいにしといたげなよ。

 あたしとスカラにゃ恋バナもなんもねって」


 ここで話題の当人の声が割って入ってきたものだから、口から心臓が飛びでるかと思った。

 いつの間にベランダまで上がってきてのか、くだんのアリルにも話を聞かれてしまったらしい。

 でもちっとも気まずそうな顔をせずに、堂々と夕神さんの隣に腰かけてのける。


「そ、その割にはふたりとも親密すぎる距離感に見えるよ?

 さあさあ、月王寺さんは二式君をどうしたいのか説明してくれたほうがみんなのためかなっ!

 特にわたしがっ!」


 本人登場にも夕神ユウヒは怯まなかった。

 一方でアリルはというと――予想外なことにこっちも夕神さんの異常なテンションにもまったく気圧されていないみたいな真顔のままで。


「あんたね、前にも言ってやったじゃん。

 あたしらのは恋愛感情とかそーいうのとちがくて。

 ふたつで一コに噛み合った歯車ギア――みたいな?」


 前にもふたりしてそんな話してたんですか。

 さも当然みたいにあっけらかんとした言いぶりが、余計に気恥ずかしくないですか。


「だからね、あんたはうちらにしょーもない気づかいとかすんなし」


 ぞんざいな物言いをして夕神さんの頭をぺちりと叩くと、何やらナイショの耳打ちをしてから、彼女の頭をぎゅっと押しやって腰を上げるアリル。

 すごいなアリル、当代騎士にあのデカい態度。

 あの夕神さんの方がキョトンとしてしまったくらいで。


「…………あの、おふたりとも……??」


 いつの間にそこまで砕けた間柄になっていたのかもこっちとしては衝撃事実だったけれど、あの試合のあとの和解と、一時とはいえ生活をともにした経験あってのものだろうか。

 ただ、夕神さんのほうも夕神さんでキョトンとした顔のまま置き去りにされているから、単にアリルが礼儀知らずなだけの線も否定できなかった。

 アリルは自分が言いたいことだけ言い残すと、こっちの後始末も抜きに退散していく。

 このときになって、ようやくおれたちも気付いた。

 ベランダと寄宿舎をつなぐドアが開いたままになっていた。

 室内側からもれる明かりを背にして、複数のシルエットがこちらに長い影を落としている。


「――――誰ですか。

 寄宿舎内で武装デバイスを携帯するのは校則違反です」


 真っ先に声を上げる夕神さん。

 完全に普段の騎士モードに切り替えた声色で、緊張に火が入る。

 アリルを幽閉するこの寄宿舎に、この人数がいるはずなかったからだ。


「――……騎士魔堂院を学校にたとえるのはあなたさまの悪い癖ですわ、夕神当代。

 守られるべき最上位のルールが何であるか、我々の誰もが理解しておられましょう」


 逆光の向こう側で待ち受けていたのは、錫杖型デバイスを携えた白髪の少女――メルクリウス・スプートニカだ。

 彼女の背後に見えたシルエット。

 スプートニカ同様に、騎士魔堂院の独立性を維持してきたメルクリウス兵たちが八名。

 その全員が銃器型デバイスで武装している。


「スプートニカ、そんなものを突きつけるよりも状況説明が先なのがわかりませんか。

 我が家のディスカバリーは何と言ってここに通したのですか。

 わたしたちは五大騎士家の当代騎士。

 騎士魔堂院の越権行為と見なされれば、他家だって黙ってはいません」


 驚くほど毅然と夕神さんが反論してみせた。

 即座にスイッチを切り替えた彼女が、騎士家としての立場で狼藉のスプートニカに応じている。


「これはあなたがたに向けた対応ではありませんの。

 ご両家とも、ここは静観していただくことが五大騎士家当代のお立場として相応しい態度かと」


 いつものつかみ所のない言い回しをするスプートニカが片手で合図する。

 そっくりの少女顔をしたメルクリウス兵たちがそれに従って前進する。

 彼女らが八つの銃口を向けた先――それはおれたちのどちらでもなく、月王寺アリルただひとりだった。


「…………で、あたしのカラダをさんざっぱら調べやがった結果がコレ?」


 負けじと悪態で返すアリルに、スプートニカは表情ひとつ変えず配下たちに包囲させる。

 咄嗟に動きかけたおれを制止したのもアリルだ。

 ここで〈魔剣〉を起動させるつもりもないらしく、おとなしく彼女らに応じる気だとわかって。


「夕神当代に要求に従い、このスプートニカが騎士魔堂院としての方針を情報開示しましょう。

 月王寺アリルを〈魔剣〉偽造の疑いで拘束することが、我らメルクリウス全意志一致により決定されましたの」


 おれには想定しえなかった口上が、スプートニカから飛びだしてきて。

 それがただの脅しや誤解なのかもわからないまま、アリルは不敵な笑みは崩さずにただ両手をあげて応じたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る