第25話 【月王寺アリルのレポート――6/16/09:22】
怖い。
死にたくない。
いやだ。
気持ちが悪い。
助けて。
痛いのはいやだ。
もういなくならないで。
――嫌いな感情ぜんぶが、勝手に体の外側へと溢れ出ていく感覚。
自分がそんなものに飲みこまれていることもよくわからないまま、突き動かされてあたしは泣き叫んでいたのだと思う。
あの悪い夢がもう終わったのだとわかっても、自分ではどうにもならなくて。
体の震えが止まらない。
そういえば涙もか。
汗ばんで、凍えてしまっている。
すがるものが何もない場所で目が覚めて――ああ、この薬臭さって病室か何かなのかな。
自分の肩を抱きしめて気持ちを落ち着かせようとしたのに、まるでどうにもならなくて声が抑えきれない。
あたしのじゃないみたいな呻き声が、まだ覚めてくれないあれが悪夢だったことを教えてくれる。
「――――あ、だめ。
二式君、あっち向いてなさい」
「ええっ、な、なんで急に……――――?!」
「わたしがいいよって言うまで向いててね。
ここは女性の部屋ですので――」
いさめる声がして、見上げたあたしの視界に見覚えのある姿――夕神ユウヒの奇妙な笑顔が待ちかまえていた。
あたしは寝台に上体を起こした状態でいた。
ユウヒが何故かにこやかなまま近づいてきて、あたしのはだけた胸元をなおしてくれる。
「ふう、間一髪です、不可抗力でも女の子の肌を見られてしまうところでしたから。
ふふ、あの二式君だってあれでも男子なので。
……でも困ったものですね、ここのお医者様は下着も着せてくれなかったのかな」
なに言っているのだろう、この女。
状況把握がまったく追いつかない。
「すごく上手にしてるのに、メイク、ちょっと崩れちゃってますね。
ほら、これで拭いてください」
そう言って手渡されたのが、暖かい雑巾だった。
――違う、濡らしたタオルだ。
そこまで治安の悪い顔してるのか、今のあたし。
「だいじょうぶですか?
あの、わたし月王寺さんに噛みついたりしませんので……
……ずっと二式君の味方でいたいですし」
――えっ、突然ナニ言ってんだこの女。
頭の中で奇妙な拒絶反応が出てしまうのに、夕神ユウヒは困った顔をしてから突然あたしを抱きしめてきた。
騎士魔堂院の制服の、仕立ての堅苦しい感触とにおいとが鼻をつく。
それに布越しに伝わってくるこいつのびっくりするほどの肉付きのよさに、六つ年上という越えがたいリアルを思い知らされた気がして。
ただ、こうして夕神ユウヒのくそデカいおっぱいに優しく包みこまれていると、チャラいあたしはあっという間にほだされてしまう。
「怖い夢でも見ちゃったんですね。
わたしにもよくあります。
でも、今はみんないますからもう安心じゃないかな」
そう促されてから室内にスカラとエンデバーがいるのに気がついて、ようやく自分が置かれた状況を理解した。
ああ、そうだったんだ。
前回とおんなじの、副作用による意識喪失――つまりあたしは摂理侵犯発動のペナルティを負った。
そうしてヘンな夢を見て、あんなのただの夢でしかないって思い出せた。
「…………なんで……あんた、いき………………てんの……」
だってあんたさ、あたしの目の前で惨めに死んじゃってたじゃん。
その相手の胸元で吐いた第一声がこんなふざけた台詞で、だからあたしがガタガタ震え続けていた自覚がなかったのも当然だった。
涙も全然止まってくれていなかった。
マジで、小っちゃいガキみたいに。
「……ん。ちゃんと生きてますよ。
わたし元気です。
月王寺さんも早く元気になってください」
だからより強く、ぎゅっと抱きすくめられた。
腕にこめられる力加減に、夕神ユウヒの気持ちを見てしまった気がした。
「それでね、落ちついたら三人でいっしょにごはんを食べましょう。
おなかが空くのは、かなしいことですから」
でも、どうしてあたしを抱きしめてくれるのがこのひとなのだろう。
いや、スカラやエンデバーにこうされるのも、あたしにゃよっぽど想像つかないけれど。
でも、そんなことは今どうだってよくなってた。
爆発しそうだった心臓がこのひとの鼓動にゆっくりと歩調を合わせていって、だからなおのこと鮮明に思い出せる。
あんな光景を前にも無情でいられたスカラの視点から解放されれば、やはりあの夢は正真正銘の悪夢で、惨劇で、そして悲劇でしかなかったって実感する。
夕神ユウヒとは何の縁もない他人だ。
こいつがひどい目に遭わされようが、他人だからあたしの知ったこっちゃない。
でも今あたしをこうして支えてくれているこの知らないひとのことを想えば、どんなやつだってこうならなきゃ嘘だ。
「あ……――――――――」
――生きていてくれてよかった。
あれがただの夢でよかった。
世界にあんなどうにもできない終わりが来なくてよかった。
このひとが、こうしてちゃんとあたしの味方でいてくれて本当によかった。
そうか、これでよかった――って心の底から思えてるんだ、あたしは。
あたしは赤んぼうみたいに大きな声で泣きじゃくることでしか、今はこの気持ちを表現できなかった。
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