第24話 【二式スカラのレポート――6/16/09:15】

 倒れたアリルが収容されていたのは、おれたちがいた治癒施設の三号室だった。

 しかもドアの前にエンデバーがつまみ出されていたので、容体が急変したのかと焦らされた。

 どうやら面会者がいるらしく、それがあの水剱キザナだとわかった途端に拒絶反応が出て。

 でもアリルだって同じ気持ちだったとしたら、どうだろう。

 半ばやけくそになって、部屋に飛びこむしかなかったわけ。


「――へえ、あんたのほうは起きてたんだ。

 ひさしぶりに顔を出した騎士魔堂院の〝最強〟殿がいきなりサボりやがったんで、僕の可愛い準騎士たちからも大ブーイングだったけど……そのへんの話は聞いとく?」


 開口一番、そんな皮肉を浴びせてきた水剱キザナ。

 未成熟な肉体にそぐわないクソ生意気さで、何の引け目もなくおれを見上げてくる。

 純粋そうな目をしているのが余計にムカつく。

 不思議なことにキザナはお気に入りの少女騎士も水剱家の専属メルクリウスすらも連れておらず、単身で行動しているようだった。

 それもそのはずで、病室内にはこいつの他に、あのメルクリウス・スプートニカが気配もなく佇んでいたからだ。

 アリルの監視役ということか。

 たとえ五大騎士家相手であってもおかしな真似をしないよう、ひっそりと目を光らせている。

 キザナを視界から押しやってアリルの姿を探せば、あの子はベッドに背をあずけ目蓋を閉じていた。

 正常値を刻んでいるバイタルモニター。

 呼吸に合わせて胸元がかすかに上下している。

 エンデバーがやってくれたのか、あの翼みたいに結われた髪型が解かれていて、熱帯魚色の髪の毛がベッドから滝のように溢れ出ていた。

 この子のおだやかな寝顔に安堵させられるとともに、それをキザナに眺め続けられていたことがたまらなく許しがたい気分になってきた。


「……なに企んでる、水剱キザナ。

 お前がこの子の身を案じる理由なんてないだろ」


 けんか腰になっていたけど構うものか。

 ていうかそれくらいムカついてるテンションじゃなきゃ、一瞬で心が折れてしまいそうだから。

 それに、ただでさえ少女騎士の収集癖がある水剱キザナだ。

 そんなやつがアリルに関心を持ったこと自体、一触即発みたいな状況じゃないか。


「身を案じるもなにも、あるわけないねえっしょ普通。

 見ず知らずの女子に昨日の今日で肩入れしちゃってるあんたが異常だっての。

 チョロすぎかよ」


「――水剱君、言葉も人格ももう少し慎みなさい。

 あなたの場合はお口がチョロすぎなんじゃないですか」


 加勢してくれたのは夕神さんだった。

 いつの間にか付いてきていたらしくて、ドンとおれを押しのけてキザナと対峙する。

 ちょっと痛かった……さすがは当代騎士。


「えー、お子さまのうちは許されんだよ。

 ほら、僕ってあんたらと違ってまだ〝青少年〟じゃん?

 五大騎士家当代にして最年少だもん、特権は積極的に振りかざしとかなきゃね」


 夕神さんの剣幕にも相変わらずのヘラヘラとしたにやけ顔でやり返してきてから、急に真顔になったキザナがわけのわからない理屈を言い出す。


「でも、そっかぁ。

 ID13のあの妙ちくりんな摂理侵犯って、騎士を使類の術かと思っちゃってたけど、なんかそうじゃないっぽいね」


 揶揄するように、眠るアリルを見下ろしてみせる。


「…………何が言いたい、水剱キザナ」


 おれがアリルに使役される奴隷だなんて、お門違いもはなはだしかった。

 あれはむしろ、あの子が心の中で想い描く〝理想の二式スカラ〟を教えてもらっているような感覚だった。

 だからなのか、戦っているときなんて五大騎士家の誰にも負ける気がしなくて。


「だってさ、使役されたあんたのほうはピンピンしてるみたいじゃん?

 摂理侵犯に何かしらの代償ペナルティがあるとすりゃさ、やっぱID13を使った側なのが定番かなあ――

 ――たとえばさ、この子、このまま一生目覚めない、とかね?」


 瞬時にわき起こった憤りは、痛いくらいに握りしめたこぶしの中で霧散させる。

 何の目的でそんな悪意を声に出したのか、キザナを問い詰めるのが先だ。


「月王寺アリルさん、昨夜にエッジワースから二式君を守るために、例の摂理侵犯を発動させて、やはり同じ症状になっていたそうです。

 そして翌朝に問題なく復帰して、ここに来てくれました。

 だから水剱君の仮説は誤りです」


 おれが何か言うまでもなく、極めてロジカルに反論してくれる夕神さん。


「あーあ、夕神のお嬢センパイもつまんない正論いうよね。

 要するにさ、ID13の摂理侵犯――いったん使っちゃったら隙だらけじゃん、そんなんでどう敵とやり合おうって言ってんのよ僕は」


「隙、って……眠ってしまうことを言っているのですか?」


「きのうの試合が終わった直後からふたりとも意識なかったでしょ?

 そこを伊斗家の連中があの手この手でちょっかいかけようとしてたのを、僕たち水剱家で食い止めてあげてたって、お嬢センパイも知らなかったっしょ?」


 息を吸う感覚でこなした、みたいな純真顔で言ってくれる。

 こいつがドヤ顔じゃないのが余計にムカつくけれど、おれが眠っている間に騎士家同士の政治抗争が起こっていたなんて。

 それに伊斗家の動向は聞き過ごせない話だ。


「あれあれ、そんな驚いた顔するほどのことじゃないでしょ。

 ねえ、このひとらにも話してあげなよスプートニカ。

 騎士魔堂院としての結論、ってやつ」


 キザナがそう促すと、それまで不介入を徹していたメルクリウス・スプートニカが口を開く。


「――騎士魔堂院としての結論は現時刻時点では出ておりませんので、誤解なきよう」


 エンデバーの姉世代にあたる白い少女は、キザナ相手にも余裕をたたえた口調で釘を刺した。


「さて、スプートニカ個人であれば、月王寺アリルの主張を受け入れましょう。

 ですがスプートニカもID13の出現には疑念を抱いてますわ。

 そして昨夜に、伊斗家から提案を受けておりますの――月王寺アリルを身体検査し、ID13は騎士魔堂院が適切に管理せよ、と」


「つまり、アリルからID13を取り上げろ……っていってるのか、伊斗ネオスは」


 こくり、と頷くスプートニカ。

 予測できていたとは言え、案の定、こういう行動に出る騎士家が現れた。


「僕はやめときなって伊斗ネオスに言っといたんだよ? だってさ、さあ〈魔剣〉を調べさせろっつったって、もしID13が本物の〈魔剣〉ならロータスのオーバーテクノロジーなんだしさ、そんな簡単に分解して原理がわかるシロモノじゃねえっしょ。

 だからID13についてもっと知りたいんなら、二式スカラとペア組ませて泳がせといたほうがうんと早いじゃん、って僕は言ってやったってわけ」


 詳しい経緯はわからない。

 けど、キザナのやつが伊斗ネオス側に何らかの圧力をかけて、それに騎士魔堂院の中立性を貫くスプートニカが応じて釘を刺したと見るべきか。


「……だとしても、月王寺アリルに接点のないお前がわざわざ面会しに来た理由にはならない。

 いったい何の利益を狙ってる。

 水剱キザナがメリットなしに動くとは誰も思ってない」


「あんたが何を警戒してんのかわかんないんだけど、僕はその子をどうこうする気なんてないかんね?

 僕んちにはもっと有能で頭もよくて可愛い女の子たちが何人もいるし、今さらスカウトなんて……

 ……うん、さすがにねえわ……僕の美意識に反する」


 無防備なアリルの寝顔を品定めするように眺めてから、無礼な態度で否定してみせるキザナ。

 正直、おれがこの少年を説き伏せることは不可能だ。

 ついている嘘を曝くことも。

 ひとたび〈魔剣〉を斬り結べば未熟なこいつに負ける気はしないけれど、そういうおれの奢りを利用して足もとをすくおうとするのが水剱家の戦術だから。


「たださ、興味があるんだよ、すごく。

 ――〈魔剣〉を賭けて競い合う僕らが、ルールにない十三基目のID13をゲットしたら、ってね?」


 唐突に、思いもよらない仮説を口にするキザナ。

 ただの皮肉と言うより、こいつが切り出したかった本題のような言い振りで。


「ねえ、どうなると思うよ、英雄候補の二式スカラならさ。

 十二基の〈魔剣〉を集めた英雄がルールにない十三基目を装備しようとしたら――

 ――やっぱフツーなら〝装備が一杯です〟ってシステムから怒られちゃいそうなイメージだよね。

 そうならなかったとしたら、想定外のことでロータス自体がバグっちゃうのかな?」


 キザナに言われるのは癪だったけど、考えもしなかった発想ってわけじゃなかった。

 そもそも〝十二基の〈魔剣〉を手に入れて〈ロータス〉を破壊する〟っていう殉教船団の悲願自体、ロータス自身が人類に提示したルールにすぎないからだ。


「たしかに……水剱君の言うとおり、わたしにも何が起こるのか想像つきません。

 でもでも、わたしたち実際に月王寺さんと戦った感じ、ID13もロータスの創造物なのは間違いないと思います。

 なので、もしかしたらロータス自身にゲームのルールを変えるつもりがある、という可能性も考えられませんか?」


 このふたりはおれたちの〈魔剣〉争奪戦をゲームになぞらえている。

 おれもゲーマーだからってわけじゃないけど、感覚的にはこっちだ。

 一方で伊斗ネオスだけは別格で、あの男は〈魔剣〉争奪戦を〝はるか遠き地球圏をロータスから守る誇らしき殉教行為〟だと真顔で考えている。

 そんなおれたち騎士の前に新アイテムID13を登場させて、おれにはロータスが何をどうしたいのかまるで見当がつかなかった。

 おれが黙りこくっていると――本音を言えばキザナにはやくここから出て行ってほしいだけなんだけど――何やら諦めた顔をして盛大な溜息をつかれてしまった。


「まあさ、ここであんたにその子をどうしたいのか意見を聞いてもしょうがねっか」


 そう言っておれたちを押しのけてドアに向かいながら、何やら網膜下端末を操作するジェスチャーをして「ヤボ用すんだし今からそっち戻るから。みんなの午後の予定教えて」などと連絡しはじめた。

 こいつですら門下の準騎士たちを指導しているのだから、現実ってやつは実に数奇な世界だ。


「――――あー、そうそう、あんたに伝えとくの忘れてたよ、二式スカラ」


 退室するかに見えたキザナが急に立ち止まって振り返る。


「ま、まだ何かあるの……」


 毒気の抜けた声で言われて虚を突かれてしまったが、おれに向けたのがいつもの邪悪な笑顔だったので背筋に緊張が走る。


「……〈魔剣〉を集めてロータスをぶっ壊すことなんかよりもさ、この世界のヒミツを解き明かすほうが絶対に面白そうだと思わない?

 くだんねえ〈魔剣〉集めにウンザリしてきてんならさ、いっそ僕に協力しなよ、船団の〝英雄〟さん」


 おれの顔を品定めするみたいにニヤニヤと見つめてきてから、こちらへの説明も返事も待たずに「考えときなよ。

 じゃあね」と部屋から立ち去ってしまった。

 そうして取り残された三人は、茫然とさせられるしかない。

 最初に反応したのは、意外やさっきまで我関せずを徹していたスプートニカで、


「水剱キザナという騎士は、地球圏があなたがた人類に託した悲願にはとんと無関心なようで。

 〝イマドキの若者〟といった兆候が見受けられます。

 本当、不思議でたのしい生き物ですわね、人間って」


 キザナを批判しているのかよくわからない理屈を言うと、ちょうど入れ替わりでドア越しに待機していたエンデバーと視線で挨拶してから退室した。


「……なんですかその顔。

 エンデバーという最愛のメイ奴隷がいながら、四股の修羅場ですか。

 見境のない下半身にも限度というものがあるでしょう誤主人様」


 律儀にも室内の状況をモニターしていなかったらしいエンデバーが、キョトンとした顔をおれに送りつけてきて、


「あのね夕神さんの顔チラ見しながらいま咄嗟に思いつきましたみたいな毒舌キャラ自然に流すのやめてくれませんか」


 ――そう言い返したのと同じタイミングで、女性のあげた悲鳴がおれたちの耳をつんざいた。

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