†Phase:3―― この世界の秘密
第23話 【二式スカラのレポート――6/16/09:02】
この目覚めのよさが格別で、いったい何のことかというと、アリルの〈Epic interpretation of the world〉を食らったあとの話だ。
いっさいの悩み事から解き放たれた最高のテンションのまま戦い抜いて、戦闘終了直後に魔法が解けたみたいに気絶してしまう。
それから一晩明けてまだまだ最高のテンションのまま目覚めるんだけど、これまではどれだけ睡眠の質が悪かったのやらと悲しくなってしまい、いつもどおりの二式スカラに戻るわけ。
最悪だ。
この流れはこれで二度目だけど、こういう摂理侵犯のシステムだと受け入れるしかない。
妙な熱を手のひらに感じて、アリルのやつめ鬱陶しいなと目を見開けば、至近距離からおれの顔に鼻息を浴びせていたやつの正体が――。
「――――うわっ、なんで夕神さんっ?!」
しまった、あまりの状況に驚いてしまったせいで唾を飛ばしてしまったかも?
身をよじった勢いで、握りしめられていた夕神さんの手が離れる。
ところが逃さないとばかりにひっしと両手で掴まえられてしまう。
すごく汗ばんでいるし、夕神さんの目が必死で怖い。
「あっ………………あ、あのっ、にしくん――――――!!」
台詞を噛んだせいで顔を真っ赤にした夕神さんだったけど、背後にライカさんがいたことに気付いたおれの思考もバグった。
ライカさんから向けられるまるでゴミを見るような視線からして痛いし、ベッドに寝かされていたおれが半裸状態なのも居心地の最悪さを後押しする。
「ほぉら、ハタチにもなって思春期のお子さまみたいな微笑ましいマネおやめなさいよ、お嬢。
夕神家当代なのに男を勘違いさせるような態度してどうするのぉ」
「だ、だって…………二式君のこと本当に心配してしまったので、わたし。
それを勘違いだなんて冗談でもひどいよライカ。
彼の前で〝お嬢〟なんて呼び方もいや……」
「んじゃぁ、ユウヒちゃん様。
ほらほら、はやく男から離れなさいよユウヒちゃん様」
こっちを睨みつけたライカさんが、割って入って夕神さんの手を引きはがしてしまった。
「もぉ、ライカはいつも意地悪。
おかしなこというから二式君も困ってしまうじゃない」
「あらあら、わたくしとしてはもっと心理的に最悪な感じに困ってほしいんですけどねぇ――うちのお嬢をこうも弱らせてしまう〝悪い虫〟には」
よくわからないけど、夕神家はふたりしてじゃれ合いはじめたぞ。
この時点でむず痒くなってきたので、シーツを顔まで被ってやり過ごすしかなくて。
ていうか最後、小声でおれのこと〝虫〟とか言いました?
「二式君、あの……。バイタルが正常値に戻ってるみたいでわたし安心したよ。
昨夜なんて仮死状態に見えたもの。
わたし、てっきりあのまま二式君が……」
シーツ越しに聞こえてくる夕神さんの声はすごくこそばゆくて、心の底からおれの身を案じてくれているみたいだった。
それはとても救いのある現実なんだけれど、ある意味で天使な夕神さんが隙だらけだからできる態度なのを、おれもいい加減学習済みなわけで。
そこで網膜下端末がテキストメッセージを受信した。
〝――あのまま死んでくれてよかったのに。
害虫男はすぐ下心丸出しで私の可愛いユウヒに近づいてくる。
どうせおまえも顔なんだろ? それともカラダ目当てか?
ああキモ。
害虫男は宇宙投棄の対象に加えるべき〟
ライカさんからだ。
外見からしてニコニコふわふわした優しい系おねーさんに見えたのに、文面だとキャラが黒すぎて怖い。
返信でとりあえず謝っておこうとしたらすでにブロックされていて、怖すぎてシーツから出られなくなってしまった。
おれ、どうやらライカさんの中で大炎上しているらしい。
やっぱリアルってやつはあまりにも救いがない世界だった。
そうだ、玖堂ライカはここにいないことにしよう。
「……し、心配して……ありがと。
あの、夕神さん……アリル、は……だいじょうぶなの?」
ここでようやく吐き出せた声も、たったそれだけ。
シーツの中は、心臓が暴れまわる音がやけに大きく響く。
こんなんじゃ面と向かって話せやしない。
「――――は? 他人の心配してる場合ですか?
あの部外者が無茶してくれたおかげで二式君が死にかけたんですよ?
ちゃんと現実に起こったことを見つめなおしてください!」
話を逸らしそこねたどころか、夕神さんが敬語に戻ってしまう。
そういえば月王寺アリルを保護したことに否定的だったのを忘れていた。
でも、そこでこっちが折れちゃいけない気がして。
「でも、さ……誰になんて言われようと、あの子はちゃんと証明してみせたんだ」
「わたしが負けたのは、二式君がちゃんと本来の力を出せたからです。
二式君は戦えるって、みんなの前でちゃんと証明してみせた。
でも――」
「――でも月王寺アリルが果たして何ものだったのか、あの試合を見て騎士たちみんなが理解できたとはとても思えないわねぇ?」
夕神さんの疑念を引きついだライカさんがそう言い切った。
「そうでしょう……ね、ライカの言うとおりです。
ああ、彼女は無事です。
月王寺さん、別室で安静にしているので」
どういう意味だろう。
おずおずと――といったテンポでシーツから目だけ覗かせるおれ。
ぷいとそっぽを向いたままのライカさん。
おれに気付いた夕神さんが、慌てて取り繕った笑顔をしてから困り果てた顔に戻ってしまった。
手まで振られちゃうし、罪悪感がすごい。
「落ちついて聞いてね、二式君。
あの試合の戦いぶりからね、月王寺さんに対する措置を騎士魔堂院は決めかねているようなの。
このまま彼女が無罪放免になって解放されることは、正直難しいかも」
「そ、そんな……あの子があそこまでやったのに、どうしてなの……」
「これは騎士魔堂院の総意なので、夕神家の一存ではどうにも。
それにね、騎士魔堂院の決定に伊斗家や水剱家も賛同しているみたいで、月王寺さんに対する院内の雰囲気は正直よくないの。
少なくともね、月王寺さんとID13の処遇は切り離して考えているのは確実でしょう」
あいつら、やっぱりID13に興味を示したんじゃないのか。
あれをアリルから奪い取ることで、自分たちが五大騎士家の勢力図を塗り替えられるかもしれないって魂胆で。
「本音、言うとね――わたしも二式君には静かに状況を見守ってあげてほしいと思ってるの」
「見守るって…………アリルのこと?」
夕神さんはどういう意味で言ったのだろう。
こくりと頷いてくれたけれど、手を引けってニュアンスにしか聞こえなくて。
それって、つまりは頼る相手をなくしたあの子を見捨てろってことだよね。
「二式君の戦い方、なんだかいつもの二式君じゃないにおいがしたの。
わたしには危なっかしく見えた。
二式君があんな無茶してまで月王寺さんを庇う必要ないよ。
あとはスプートニカたちが彼女の身柄を保護してくれるはずだからね、とにかく今はゆっくり休んでほしいの」
彼女の口調はこの上ない優しさで満たされたものだった。
たとえおれが対人恐怖症でなくとも視線を合わせがたい愛らしさで、だから瞬殺でほだされそうになる。
まったく、ライカさんが不愉快がるのを否定できなくなるじゃないか。
でも、
おれは本音で返す気になって、ベッドから上体だけ起こす。
「こんなこと言うと夕神さんに叱られちゃうかもだけど、おれがアリルを庇ってやれないと嘘な気がするんだ。
あの子やID13が船団に害なんて与えないって証明できるまで、なるべく不利にならないようにはしてあげたい。
それにさ、あの子って人間としては無茶苦茶だけど、なりたての準騎士みたいなものだし……
……それに、うちの家にはいま準騎士がひとりもいないからさ、ちょうどおれも言い訳できちゃうし……」
そう、まるで言い訳だらけなんだ。
急に口数まで増えているし、言ったそばから恥ずかしくて、もう一度シーツに引きこもりたくなって。
そんなおれはわかりやすい人間だから、そんなことくらい見透かしてますみたいな夕神さんのジト目にみるみる萎縮させられてしまう。
「――それで。二式君が、勝つために月王寺さんを利用したいからなの?
それともギャル好きだったんですか?
意外でした、二式君……」
「いやいやいやいや、ギャル好きじゃないってば!」
必死すぎる反論しちゃったけれど――おれは、アリルを利用したいのか? 勝つために。
勝つって、いったい何に勝つためだろう。
英雄になり損ないのおれは、たどり着けたことすらないあの〈ロータス〉に勝ちたいのだろうか。
ライカさんはそっぽを向いたままパートナーの好きにさせている。
あくまで主人を守る護衛に徹している。
そう、仮にも二式家当代であるおれは、夕神家にとって味方であり敵にもなれる立場なんだ。
空調の音がこれ以上沈黙するなとかき立ててくる。
「……なんかごめん、夕神さん。
アリルを利用したいなんて気持ち、正直ないよ。
あの子のすごい勢いに便乗してはしゃいじゃってたけど、ほんとはさ、勝ち負けすらどうだっていいんだ」
情けない言い草だった。
でも嘘じゃない。
「でもさ、今のアリルにはおれしかいないみたいに見えて、だったら今できることを、せめてやらなきゃって……
……そうする権利すら誰かに否定されるんなら――」
いま目の前にある問題を、せめて何とか片づけたい。
今のおれにはこれ以上ない言葉で。
「――――おれは〝勝たなきゃいけない〟んだ。
騎士である前に、おれとして」
はじめて夕神さんの視線を真っ向から受けとめられた気がした。
「…………うん、わかったよ。
あなたの言ったその〝二式君を否定する誰か〟になんて、わたし、絶対のぜったいになりたくないもん」
そんな駄々をこねるみたいな夕神さんの態度がおかしくて。
気が緩んだ拍子に噴きだしたせいでめちゃくちゃポカポカされてしまい、最後にはライカさんにマジギレされた。
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