†――Interlude:2

第22話

 ああ、またこのヘンテコな夢なんだ。

 といっても、あたしが見ているのはたぶん〝彼〟の見た夢。


〝――ハァッ……ハァッ……な、なんとか間に合いましたっ!

 わたし、このチャンスをずっと待ってたんですよ、二式サマッ!〟


 ずいぶんと間の抜けた女の声が飛びこんできて、彼の視界を遮るそいつが十三くらいのころのあたしだったのがわかった途端、顔から火が出そうになった。

 夢の中でまでそんな気持ちになるなんてサイアクだ。

 あれは騎士魔堂院の中央闘技場に至る、控室への連絡路での一幕だった。

 この当時の二式スカラはまだ注目されていなかったころで、弱小の騎士家当代なんて警備がガラ空きで。

 お付きのメルクリウスが離れた隙に勇気を出して飛びこんでみれば、あんがい楽勝でリアル二式サマと接触できちゃったって場面だった。


〝…………あ、あの…………二式サマっ!

 こ……コレを………………〟


 キョドり気味で差し出したそれって、あまりにも見覚えのあるペンダントだ。

 真新しいチェーンでお直しリフォームされてるけど、二式家の家紋を象ったかなり年季もののやつ。


〝……コレもらってくださいっ!

 試合で頑張れるためのお守りみたいなのっていうか……わ、わたし、あなたのこと、これからもずっとずっと、ガチで推してますんで!!〟


 恥ずい。

 なんで彼相手にそんなおずおずしちゃってんの、あたしってば。

 カッコ悪いし、そう言えばオタ丸出しの黒髪地味子だったあたしダッサって今さら笑えてきちゃう。

 でも、なんで夢の中でまでこんな黒歴史見せられちゃってんのさ、あたしってば――

 ――いや、彼があの時のあたしをちゃんと覚えていてくれたってことなの、マジで?

 と、唖然としていたらしい彼が、ようやくこう言ってくれたんだ。


 ――なんだかよくわかんないんだけど、ありがとうかな?

 お守りってことは、装備してるとパワーアップする系のアイテムだね。

 そいつはすごく心強いな。

 この試合も勝てそうだ。


 あたしが差し出したペンダントに、彼は微笑みながらそっと手を伸ばしてくれた。

 そうして彼が差し伸べてくれた手があたしまで届く前に、夢が霧散して――……


 まばたきした途端、彼がその手でつかみ取ったはずのペンダントが地面にこぼれ落ちてしまった。

 バラバラに散らばったチェーンからペンダントヘッドが外れて、白銀の輝きを放ちながら転がっていって。


 彼の意識が定まったこの光景は、船団居住区のどこかだった。

 都市環境システムに照らされた昼間の街に、あちこちから鳴り響く唐突なサイレン。

 それらが奏でる気が狂いそうな無限音階シェパードトーンのさなかで、彼はどうしてなのか絶望に膝をついている。

 異常なことに、居住区なのに誰ひとりいなかった。

 こんなのあり得ない。

 ただ電源がとおっているだけの都市に、彼がたったひとりなんて。

 合成映像みたいに漂白された景観は、物体錬成プリンターから吐き出されたばかりの無塗装のものばかりで、空の大気ですら都市環境システムの脚色なしの白一色という徹底ぶりで。

 そんな異様な光景に取り残された彼が、ここではじめて人間らしい感情を揺り動かせる。


〝――――……カラ……――――〟


 声だ。


〝――――……ラ……――――……二式スカラ………………――〟


 彼に友好的とはとうてい思えない薄気味悪い声が、頭の中にガンガン響いてきて。

 その声に揺り動かされて、彼が顔を少しだけ上げた先――散らばっていったあのペンダントヘッドがたどり着いたのは、地べたに横たわる人影だった。

 赤黒い血で塗りたくられた肢体。

 漂白された都市で唯一の色彩をぶちまける彼以外の存在。

 死体かなにかに思えたそれは、あの夕神ユウヒだった。


〝――……こんな絶望もじきに終わりをむかえるから心配しないで。

 あなたも間もなくわたしと同じ運命をたどるの……――〟


 声はたしかに夕神ユウヒのものだ。

 なのに、まるで別人みたいなトーンで、彼に向けて理解不能な事実を淡々とアナウンスする。

 夕神ユウヒは、たしかに事切れていた。

 頬や剥きだしの肩にこびりついた血糊と肉片と。

 負った裂傷でさらけ出された内臓の、てらてらと生々しい赤。

 下半身は白い瓦礫に押し潰されて、生還などあり得ないことを物語っている。

 あたしは夕神ユウヒをよく知らない。

 けれども、自分にあれほど好意を抱いているだろう相手の凄惨な姿に、どうして自分/彼はこんなにも無情でいられるのだろう。

 もう何も悲しむこともできないほどの絶望の淵に今いるのだろうか。

 あたしが? それとも彼自身が? 漠然とそう理解して。


〝――……あなたは今回も失敗した。

 あなたは絶望を乗り越えることができなかった。

 あなたは数多の殉教者にすぎなかった。

 ――あんなに大好きだったのに、わたしひとりすら救ってくれなかった〟


 生気の抜け落ちた瞳はガラス玉みたいで、だけど唇と喉だけは別の生き物みたく蠢いて。

 夕神ユウヒだった抜け殻は、もはや呪詛を吐き続けるだけの機械そのものだった。


〝――……二式スカラは〈スワスティカ〉を食い止められなかった。

 あなたは英雄にはなれなかったの……――〟


 二式スカラが英雄になれなかった?

 もう死んでる女から突きつけられた、彼の未来の否定的な結末。

 例えばこの夢が運命の予言だったのだとしたら、あたしに彼をどう救えるのだろう。


〝――……すべてを得て――すべて奪われる――……それがロータスを得た文明の本質システム……――〟


 それが奇跡や呪いに思えてしまうのも、人間の自分勝手な解釈にすぎないのでしょうね。

 そう言い残した夕神ユウヒの抜け殻が役割を終え、吐き続けた声も途絶えて。

 同時に、この漂白された景観を唐突にぶち壊しにする新しい色が視界に入った。

 建造物のあちこちから雨だれみたいに染みだしてきたそれは黒――それも塗装の結果としての黒というより、そこだけカタチも光源もなにもないみたいにフラットな黒だ。

 まるでデータが欠損して、本来のカタチを保てなくなっていくみたいな光景で。

 染み渡っていく黒は、遂には夕神ユウヒの亡骸もろともに、地面まで塗りつぶしていった。

 なのに彼はここから逃げ出しもせず、自分の両手のひらを茫然と開いて眺めはじめる。

 それも当然だった。

 彼自身の手のひらまで街同様の黒に冒されはじめていて、それを止める術なんて今さら持ちあわせていなかったからだ。


 そうして彼はどうなったのだろう。

 次の場面では途端に足もとの感覚が消し飛んで、全身が暗闇へと落ちていく。

 あとは同じだ。

 またあのときと同じ結末。

 途方もなく永遠に続く宇宙の果てに落ちていく。

 そして砕け散る世界のすべてを目に焼きつけながら、それでも彼の魂は泣きながらずっと暗闇のさなかに生き続ける――――

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