第20話 【二式スカラのレポート――6/15/11:01】
決闘のステージに選ばれたのは、院内に六つある闘技場のなかでもっとも大きな中央闘技場だった。
ここは騎士魔堂院の公式試合の会場でもあり、十二の〈魔剣〉を巡って競い合う騎士たちのメインステージだ。
隣接する控室で着替え終える前に、アリルが飛びこんできた。
「――おわっ、急に入ってこないでよ! っていうかセキュリティどうやったの……」
入室していいか確認もせずに、セキュリティ付きスライドドアを難なく開け放ってくれたアリル。
たくさんの荷物を抱えた彼女がそれ越しに、
「おっとと、マジごめんだよスカラ。
手が離せなかったからさ、外にいたエンデバーに開けてもらったんだけど……………………にへらっ」
などと困り顔を荷物で隠す素振りをしたくせに、半裸のおれをもう一度のぞき見してきたそれは疑いようのないにやけ顔だ。
「まったく…………エンデバーのやつ、また勝手なことする……」
エンデバーは今朝から、おれにアリルをけしかけて楽しんでいるふしがあった。
主人の命をあずかる立場から、月王寺アリルに危険性はないと判断したともいえる。
そこは信頼するにしても、昨夜から厄介事に巻きこまれてばっかなのはおれなんだけど。
「…………さっきは大演説お疲れさま。どっちが扇動者なのかな?」
無意識にそんな皮肉を口にしてしまっていた。
「へへん、話術っしょ、話術。
立場めちゃんこ弱っちい重要参考人なりにさ、かしこく優位に立たないと、ね」
「優位に立てたどころか、問題が悪化しただろ。
きみに落ち度がないのなら、エッジワースに関する事実だけ話しとけば船団政府が保護してくれたのに!
なのに、なんでわざわざ〝ロータスの騎士だ〟なんて名乗って、騎士魔堂院を引っかき回すような真似してくれた。
なんでおれまで巻きこんだの……引きこもり騎士のパートナーだなんて……なんでだよ、本当に……」
ちょっとずつイヤな口調になっていく自分に気付いて、トーンダウンするしかなくて。
「きみが本当にあの〈ロータス〉に会えたって言うんなら、おれにも証拠を見せてくれよ……
……それで、もうこんな辛くて面倒くさい人生から解放してって、神さまみたいなそいつにお願いしてくれよ……」
後ろ向きな言葉ばかり自然と浮かんでくる。
アリルに腹が立っているのは嘘じゃなかった。
でも、この子の身勝手さに腹が立ったのか、それとも今日まで逃げ続けてきた自分自身に対してなのかはよくわからない。
この子に手を引いてもらわなければここに来ることすらできなかったからか?
ただ形がはっきりしない不穏な感覚が、腹の奥底に渦巻いているような。
なのに、この子はまるで何もかも受け入れてくれているみたいに、おれの気持ちのずっと先を行くんだ。
「……ふふ。口数、やっと増えてきたじゃん。
他人が怖いって言ってたけど、あたしをそうやって叱ってくれて嬉しいかも」
こんなにも屈託なく微笑み返されてしまえば、これ以上なにか言えることもなくなってしまった。
「だから、おれはそんな話をしたかったわけじゃなくてさ……。
きみみたいな部外者が、騎士魔堂院のしょーもない権力闘争に自分から首を突っこむなんて無謀だって、そう言いたいの!」
それよりも、この子といるとなんだか調子が狂わされる。
そう、他人にこんなムキになった接し方するなんて、いつものおれじゃないみたいだ。
エンデバーと話しているときみたいな。
「――だって、あそこに立ってるだけで二式スカラの悪口ばっか聞こえてきたもん。
言われっぱなしなんてゆるせないじゃん。
あたしがキミを守らなきゃ嘘だっての」
おれのために怒ってくれるひとなんて、これまでにいたのだろうか。
夕神さんならそうしてくれたのかもしれない。
でも、臆面なくそう言ってのけたアリルは、冗談みたいに飾り立てた顔なのに目がシリアスだ。
でも、おれはこの子の真剣さに耐えきれずに、
「ていうかさ、なんでこっち見てるの。ジロジロとやめなさい」
「スカラさ、結構いいカラダしてんじゃん。
あたしのために戦ってくれるひとのカラダだ」
そんな恥ずかしい言い回しまでしてくれて。
「誰が。引きこもっていたかったおれを戦うように仕向けたのはきみだろ。
……いや、まあ、今回の決闘は水剱キザナが一番の黒幕なんだろうけれど……」
いや、年下相手に今さら恥じてもしょうがない。
剥きだしだった上半身を、防護用の黒いスキンスーツでいっきに覆う。
これだけだと体のラインが出てしまうのが難点だけど、〈魔剣〉は起動と同時に各IDナンバーに固有の戦闘装束を展開してくれるから、なるべく軽装がいい。
「……だいたいさ、おれはもう騎士魔堂院では戦うつもりなんてなかったんだ。
対戦相手がキザナかネオスだったら、きっと言い訳を考えて逃げてた」
これ自体が言い訳だってわかっている。
なのにこの子は気にもとめず、困ってしまうほどの前向きさをお裾分けしてくれて。
「へっ、どうして? 前回の公式試合なんてさ、あのままいけばキミが優勝だったじゃん。
夕神ユウヒ相手なら、二式スカラに不利なとこなんて――」
そう無邪気に褒めそやしてくれたアリルは、事情も何もわからずメディア越しにあの試合を見ていただけなのだろう。
でも――――
「――いいから、きみこそはやく着替えてきなさい。
更衣室は反対側。手に持ってるそれ、女子に借りてきたスーツでしょ」
アリルが持ちこんできた円筒型ケースは、圧縮された女子用スキンスーツだろう。
準騎士向けは体型調整機能がない民生品だから、何種類かのサイズをかき集めてきたのかも。
と、アリルは今日はじめておれを睨むような意地悪い目線を送ってきて、
「……いいもん。あたしもここで着替えるし」
こっちが仰天している隙にトップスからスカートまで潔く脱ぎ捨ててしまった。
一瞬だけ視界に入ったアリルは、エンデバーの白さとは違って少し焼けた肌に、なにやら黒っぽい下着を着けていたように見えた。
「ナニそのわざとらしー態度。いいからこっち見ろし」
背中に飛びついてきて、自分を見ろと両手でがっちり顔まで掴まれてしまう。
年上の異性に躊躇がなさすぎるこの子、一体どんな教育を受けてきたのか――いや、おれみたいな立場で教育がどうとか考えるの自体が間違いなんだけど。
なんだか抵抗するのも馬鹿らしくなってきたおれは、フンと鼻を鳴らし、アリルの裸体に据わった目で応じてやった。
「……へへ、よしよし。キミは話がわかるイイ子だ。
ちゃんとあたしの育ち具合を見ときな」
などと胸をはって自慢げに見せつけてくる。
性的興奮とは違った意味で顔が熱くなってきた。
でも、向き合ってみれば異性のあられもない姿がどうとかすっ飛んでしまって。
これだけ着飾って大人ぶってもやはり年齢相応だった少女への罪悪感が勝って、なのにそんな姿でも屈託のない微笑みを送りつけてくるこの子にどうしてなのか腹が立ってきた。
だから床に転がっていた円筒型ケースを拾ってスキンスーツを展開すると、下着姿のままだったアリルに被せてやった。
「もがっ――――ちょ、ちょっと! せっかくの髪型おかしくなっちゃうじゃん!」
不平が返ってくるが構わず、スーツのタートルネックから長い髪の毛を引っ張りだそうとするアリルに背を向けると、おれは自分の支度を進めた。
自分でも不思議なほど落ち着いていることに気付いた。
こんな風にアリルと接していると、長い間おれを蝕んできた対人恐怖症が、今この瞬間だけでも忘れることができた。
ずっと他人との決闘を避け続けてきたけれど、この決闘からはもう逃げ出すことができない。
でも漠然とだけれど、この子がいれば何とかなる気がしていて。
「…………ここで夕神さんに見放されてしまったら、おれにはもう味方がひとりもいなくなる」
「えっ、急になんなの……――ああ、さっきの逃げる逃げないっていうハナシの続きか。
だから今回は夕神ユウヒの挑戦に応じる気になったって?」
スキンスーツに袖をとおしたアリルが、今回はあたしがいるじゃんとばかりに全身で訴えてくる。
「おれはあえて追及しないようにしていたけれど。
アリル、きみはどうしてあの夜、あんな最悪のタイミングでうちの屋敷に現れたの。
冗談じゃなくて本当に、きみはロータスから秘密の情報を得ていたってことなの?」
彼女になんて答えてほしいのかわからない問いかけになってしまった。
でもおれにはそれ以上、適切な言葉を見つけられなくて。
「…………ああ、その話か」
「おれがいま聞くような話じゃないのはわかってる。
でも、きみのこと何も知らないまま背中をあずけることはできない」
「……そっか。そのとおりだね、うん」
やけにあっけらかんとした態度で、アリルは自分のことを話してくれた。
「そだね……簡単に言っちゃうとさ、あたしには小さいころの記憶がないんだ。
あれは七つかそこらだったかな。
最初に覚えてるのが真っ暗な部屋で、そこは星空みたいにたくさんの機械が光ってて。
そこからあたしを連れ出してくれたのがロータスだったんだ」
アリルが伝えてくれた言葉の意味はなんとなくわかったけれど、そのシーンの情景がまったく浮かばないというか、とにかく曖昧なイメージだった。
「……ロータスがきみを連れ出した?
一体どこから? きみを連れ出せるってことは、ロータスって手足が生えてて、歩きまわったりできるものなの??」
想像するだけでこわいぞ。
だってロータスって、神さまみたいな人智を越えた技術の結晶だけど、どんな姿形をしているのかも不明だし。
ロータスはそもそもAIや機械に近い概念だ。
おれたちのご先祖はロータスから得られる恩恵よりも得体の知れない超高度知性に対する恐怖心に耐えきれなくなって、地球から遠ざける選択をした。
そうして地球人類が手放したロータスは、殉教船団が編成された当時から旗艦ヘリオ=タングラム中枢に封印されたままだ。
そんなヤバそうなのが動きだして七歳のアリルを連れ回すとか……やっぱこわい。
「ははっ、そんなホラーみたいな展開じゃないよ。
ロータスって言っても、あたしの網膜下端末にだけ顔を見せてくれる――そうだな、真っ黒い猫みたいなやつなの。
月王寺アリルは例外だ、殉教船団をひっくり返す切り札だって。
あいつさ、あたしを都合のいいゲームアイテムのつもりで育てたんだよ」
「猫……よくわからないけれど、ロータスの端末……使者? ――みたいななにものかが、自分からロータスだって名乗ってアリルに接触してきたってことなのかな。
っていうか今もその黒い猫がきみには見えているの?
アリルの気のいい相棒みたいな関係だったりとか?」
「ん? それがさ、見たくても見えないんだよ!
ふざけてんの、あいつ。
勝手なことばっか言ってあたしを惑わせてくるくせに、こっちが呼んでもちっとも出てきてくれないし。
自分が必要だってタイミングにしか出現しやがらねえんだもん」
あっけらかんと答えるアリル。
肩透かしな情報だったけれど、彼女の口調から、その〝自称ロータス〟とやらとはくだけた関係であることくらいは読み取れる。
「だからこその、あの夜なの。
あたしをあの夜に導いてくれたのがロータスだった。
スカラとあたしを出会わせてくれた。
あたしとID13で、キミをもう一度輝かせられるってリアルを証明できただけで、あのクソ猫が正真正銘のロータスがどうかなんてあたし、どうでもよくなっちゃったわけ」
うれしいような困り果てたような、複雑そうな笑顔で返されてしまう。
ていうかクソ猫ってなんだよ。
演壇であれだけ思わせ振りなことを言い放ったこの子、実はロータスについてこっちが期待してしまったほど多くの情報を握っているわけではないみたい。
と、ここで網膜下端末にエンデバーからのメッセージが通知された。
早く支度を終えないと決闘に遅刻しますよと書いてある。
〝女の子とふたりきり、密室でナニも起きないはずないですよね誤主人様〟みたいないつもの卑猥な言い回し付きで。
迫りくる開幕の合図に、毎度の呪いめいた感情が押しよせてきていた。
「――おれとしては不本意だけど、行くしかないのか…………ああ、くそっ」
そうして屈みこんで頭を抱えるしかないが、そんなおれにも今なら立ち上がる希望が残されている。
「だいじょぶだって。あたしがキミを勝たせたげる。
もうこれ以上つらい目になんてあわせない。
だからお願い、あたしのこと信じて――」
背にのしかかるやわらかい重みと体温とを感じて、そうしたらおれの逃げ道なんてもうこの子が突き進む先にしか残されていないって、いい加減認めるしかなかったのだ。
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