第19話 【二式スカラのレポート――6/15/10:11】
月王寺アリルの宣言に動揺しない騎士など、この議場の傍聴席にはいなかった。
議席側に並ぶ騎士家の面々だって大差ない。
あり得ない〈ロータスの騎士〉の出現にキャパを超えてしまったらしい夕神さんは、茫然と立ちつくしたままだ。
「――ロータスから〈魔剣〉を与えられた、だと?
世迷い言を。〈魔剣〉とは呪われしロータスに至る鍵そのもの。
それを、英雄にならずしてロータスに至る人間などあってたまるものか!」
そんな夕神さんを差し置いて、伊斗ネオスが席を立つとアリルに糾弾めいた言葉をぶつける。
「メルクリウス、即刻その反教者を引き下げよ。
斯様な危険思想、未熟な準騎士らの前でこれ以上ほざかせてなるものか――」
「ご静粛に伊斗当代。
現在の尋問権はまだ夕神当代にございます、どうかその矛先をおさめご着席くださいまし」
「黙れ、ロータスの傀儡ふぜいが。
貴様はその娘の騎士紋が偽造かどうかも確かめずに、神聖なる議場へと招き入れたのか。
人類に奉仕できぬ道具が騎士魔堂院に何の中立性を謳えるか!」
珍しく声を荒らげてみせたネオスは、元より人類至上主義者だったことを思い出す。
ロータスの被造物でしかないスプートニカに取り仕切られること自体、気に食わないという態度だ。
「ならば夕神家、五大騎士家を代表してその娘の欺まんを曝いてみせよ――
――騎士魔堂院を企みに利用し、騎士たちを混乱に陥れようとした貴様の真意は何か、とな」
露骨に夕神さんの発言を誘導する態度を見せて、ネオスがようやく席に着く。
かたや夕神さんの方はまだ頭の整理がついていないみたいな顔をしたままで、
「…………あの、あなたの言い分はとうていわたしたちに理解できませんが。
あなたは一連のテロ事件に関わった疑いが持たれているのは理解していますよね?
戦闘の混乱に乗じて、二式家に踏み入ったのがあなただった。
非公開情報だったはずの二式家襲撃を、何故か事前に把握していたのもあなただった。
二式スカラがエッジワースを退けるのに一役買ったのも、一般人であるはずのあなただった。
偶然にしては出来過ぎでしょう。
この場でした発言すべてあなた自身に跳ね返ってくるのをわかっていて、それでもあなたは自分が〝ロータスの騎士〟であるなどと主張しますか、月王寺さん」
一気にまくし立てると、疲れ果てたように席に腰を落としてしまう。
「船団にロータスと接触できたひとがいるのかいないのかなんて、あたしは知りません。
でもね、エッジワースが五大騎士家への宣戦布告を装って、二式スカラを
確かに、エッジワースの真意はわからなかったけれど、おれを殺すことが目的とは思えなかった。
やつもおれを利用しようとしていた? アリルは夕神さんだけでなく、議場内の全員へとそうほのめかしてみせたのだろう。
と、アリルが急に演壇から離れて歩き出した。
何のつもりなのか、おれの議席側へと。
なのに見張り役のスプートニカが制止してくれなくて、アリルは我が物顔でこっちに迫り来る。
「――だから、あたしは〝彼〟の元に来たの。
キミをエッジワースなんかにゃくれてやんない。
あたしがキミをロータスの元に連れてくから」
おれの前に立ち止まるアリル。
そして理解不能なこの子の笑顔に耐えきれなくなる前に、周囲で爆発した不快な声――それで議場内が瞬く間に埋め尽されていく。
二式だ。
二式スカラ。
英雄の名を貶めた裏切り者。
今さら姿を見せやがって。
何のつもりでそこに座っていられるんだ。
――あのままテロリストにやられちまえば船団に貢献できたのに。
そんな陰口の奔流にもひるむことなく、アリルは向き直ってこう訴えるのだ。
「――あのさ、みんな聞きなよ。
二式スカラが再び立ち上がることができれば、エッジワースに社会が引っかきまわされることなんてありえんでしょが!」
そして、浴びせられる声に負けじの強がりで言い切ってのける。
「だからね、あたし――月王寺アリルは、二式スカラのパートナーとしてエッジワースに立ち向かってやるって、ここに宣言するから!」
そんなドデカい声を議場の果てまで轟かせて、この子の無茶のとばっちりなおれのほうは、頭の中どころか髪の毛まで真っ白になりそうな勢いで。
――最悪だ! 自分の潔白を証明すべき場所で、なんて真似してくれたんだよこの子は!!
もしかしたら、月王寺アリルは最初からこの宣言をするつもりで演壇に立ったのかもしれない。
今さら頭を抱えても手遅れだけれど。
非難、罵声、動揺と熱狂に染まった準騎士たちの本音が飛び交っている。
歯止めをなくした傍聴席側によって無茶苦茶になった査問委員会。
もうテロ事件の追及なんてそっちのけで、二式スカラという戦犯の公開処刑めいた場面に入れ替わってしまっていた。
こんな空気を一転させたのは、水剱キザナだった。
「皆様がた、ご静粛に――――――」
ごん――という鈍い金属音が鳴り響いた途端、議場がいっきに静けさを取り戻した。
スプートニカが起動させた錫杖型のデバイスを床に叩きつけた音だった。
そのスプートニカによって夕神さんから尋問権を移行された水剱キザナが、気まずい沈黙のさなか、うんざりとした顔で席を立つ。
「――あー、他家の連中があらかた片づけてくれたんで、僕としてはもう聞きたいことなんてないんだけどさ。
そのロータスの騎士? ――とかいうのとか、ID13なんていう嘘くさい〈魔剣〉が本当の本当にホンモノなのか。
ここにいるみんな――ぜったいに興味あるっしょ?」
さも乗り気でないみたいな顔が、次第にキザナ流の企みに染まっていくのがわかって。
「とりあえずさ、そこまで大口たたいてみせたんなら、みんなの前でそいつを証明してみせなよ。
突然現れたあんたが。あの腰抜けな二式スカラのパートナーやっちゃうってお笑い展開がどんだけマジなのかを、さ?」
キザナの吐いたこの台詞だけで、準騎士たちの熱狂が途端に性質を変えることになった。
「ああ、でもこんなとこで〈魔剣〉なんて起動しちゃダメだよ?
そこの怖い怖~いメルクリウスのおねーさんに、一瞬で半殺しにされちゃうからね。
やるならさ、しかるべきステージでどうぞ」
それまで彫像か何かみたいに微動だにしなかったスプートニカが、揶揄されたことに反応して冷ややかにキザナを見すえる。
でも、これがキザナの仕掛けた挑発なのは明らかだった。
アリルを――いや、むしろ議場にいる準騎士たち全員を焚きつけて、ID13を起動せざるを得ない状況に仕向けたのだ。
しかも、アリルをダシにおれをステージまで引きずり出すのがやつの真の狙いだろう。
決闘。
騎士同士の決闘試合だ。
おまえが本物の騎士であることを証明してみせろ、月王寺アリル。
ロータスを騙る詐欺師をステージに引きずり出せ。
議場のどよめきから、準騎士たちのそんな声が聞き取れる。
「――――ならば真実を証明するための決闘、夕神家当代としてこのわたしが応じましょう」
ここで想定外の名乗りを上げたのが夕神ユウヒだったことに、おれはわずかばかりの安堵と、
「えっ…………なんで夕神さん……?? え? ええっ?! …………まじ、で…………?」
それをはるかに上回る恐怖心と重圧とに押し潰されたおれは、この時点で席を立つ気力もなくなっていたのだった。
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