第18話 【二式スカラのレポート――6/15/10:00】
騎士魔堂院の議場に集まった顔ぶれに気圧されて、早くもおれは吐きそうになっていた。
議場内は、五角形を描くように配置された議席が、さらに五大騎士家になぞらえられた五区画に分割されているという露骨さだ。
まるで五大勢力のいがみ合いを前提にしたかのようなつくりで、議席背後に階段状に並ぶ傍聴席まで線引きされているという徹底ぶりで。
フライングで顔合わせしてしまった夕神さん率いる夕神家の席は、わかりやすいくらいの熱気に包まれている。
議席側につくのは夕神さんと夕神家仕えの老執事型メルクリウス、そして夕神さんのパートナーである長髪の騎士――たしかライカという名の女性だ。
おれはあのひととほとんど面識がないんだけど、何やら楽しげな顔をして夕神さんと談笑を続けている。
一方で夕神家の傍聴席側を埋め尽くす準騎士たちの元気さ、賑やかさといったら。
頭数も軽く三十名は超えていて、夕神さんが準騎士の子どもたちから慕われているのが一目瞭然だった。
かたや水剱キザナ側も熱気だけなら負けていない。
水剱家の議席で横柄にあぐらをかくキザナは、おれが引きこもる前に見たあいつから寸分も成長していない十四歳のクソガキだ。
だらしなく着崩した騎士正装が様になるくらいに、ヘラヘラと見下した顔つきで生まれ持った美少年顔をブチ壊しにしている。
あんなやつにでもカリスマ性が宿るのが騎士業界の恐ろしさだ。
水剱家の傍聴席をせめぎ合う少女たち全員が〈魔剣〉を宿す資格持ちの正規騎士であり、誰もが水剱キザナのペアリング相手になれる事実を知れば、水剱家特有の薄気味悪い英雄戦略を垣間見ることができる。
敵対勢力から浴びせられる視線だけでも軽く死ねそうだ。
何せ二式家の議席はおれとエンデバーの二人きりで、おれを師事してくれる準騎士なんてひとりもいない都合、風通しが抜群の傍聴席となっているから。
まあここに来た時点で晒しもの確定だったというわけ。
今回もやはり空席になっているグラムニール家を跨いだ向こう側――ちょうど二式家の対岸を占めるのが、五大騎士家でもっとも騎士家らしいと言える騎士家、
当代騎士の伊斗ネオスは〝十二基の〈魔剣〉を手に入れて〈ロータス〉を破壊する〟という殉教船団の使命に忠実であるがために、孤高にして融通の利かない男として騎士魔堂院に君臨してきた。
他家となれ合う気など微塵にもなさそうな仏頂面を、配下の準騎士らも同じくして周囲に送りつけている。
程なくしてアリルが議席中央の演壇まで案内されてきた。
拘束はすでに解かれている。
彼女に付き添ってきたのが、騎士魔堂院の実質的代表者にして騎士の中立性を担う役のメルクリウス――スプートニカだ。
「――議場までご足労いただきました五つに連なる騎士家に、心より感謝の言葉を。
騎士魔堂院の裁定者として、このメルクリウス・スプートニカが本査問委員会の進行を補佐させていただきますわ」
エンデバー同様に白髪のスプートニカは、同じ少女型でもずいぶんと雰囲気が違った。
背丈はそれほど変わらない小ささなのに大人びた体型をしていて、なのにそれを意識させない儚げな微笑をたたえた顔だちはどこまでも神秘的で。
「――という今朝の報道発表をもって、治安維持局側でも昨夜テロの捜査本部が設置されました。
大罪人エッジワースの行方は現在も追跡中とのこと。
そのほかの詳細データにつきましては、皆様の議席側スクリーンを参照くださいまし」
査問委員会の進行について、静々とアナウンスするスプートニカ。
「なお、本査問委員会の趣旨は、エッジワースによる二式家襲撃事件に正体不明の騎士および未知の〈魔剣〉が関わっている状況について、騎士魔堂院の責務としてつまびらかにする点にございます。
本委員会にて把握されたあらゆる情報は治安維持局側に提出されますので、騎士家当代の皆々様方、くれぐれもご発言には留意されますよう――」
昨夜のエッジワース襲撃事件の状況がごく簡潔に伝えられたあと、重要参考人への査問が円滑に進められるように、五大騎士家の当代騎士が順番に尋問する形式をとることがスプートニカから告げられる。
最初に尋問権を与えられたのは、伊斗家だ。
「――かのテロリストが五大騎士家に宣戦布告したという事実については、我ら伊斗家も承知している。
ゆえに昨夜の緊急召集にて、伊斗家みずからエッジワース撃滅を請け負うと宣言しておいたはずだ。
それをどの騎士家も身勝手に否決しおって。
事態を無用にややこしくした責任を問い質すつもりで、わざわざ騎士魔堂院に顔を出してやれば――」
さも苛立たしそうに声を荒らげたものの、伊斗ネオスから意外な事実が告げられる。
昨夜の緊急召集において、エッジワースは襲撃相手を選べとおれたち五家に要求してきた。
でもネオスはおれに賛成票を入れなかったのか。
夕神さんも同じ。
二式家が賛成票過半数なんて言われ方をしてたけれど、実際におれを陥れたのは水剱家とグラムニール家の二家だけだったわけか。
「――一連の騒動に無関係の騎士が関わっていたとは、どういう意味だ。
そして、そこに立たせた小娘は何ものだ。
ろくな情報も開示せずに、呼び立てた我らにいったいここで何を尋問せよという、メルクリウスよ」
伊斗ネオスは本当に何も知らされていなかったらしく、苛立ちがまだ収まらない口調で吐き捨てた。
それも、問題のアリルではなく、中立顔のまま傍らに立つスプートニカに対して。
スプートニカは語らずに、演壇のアリルに発言を促した。
「あたしは月王寺アリル。
下層居住区生まれの孤児――っていうか、単に騎士に憧れてる、なんでもない一般市民です。
そしてあなたがたの知らない十三番目の〈魔剣〉――ID13の所有者」
途端、一呼吸の沈黙のあと、遅れてやって来たどよめきに議場が飲まれることになった。
おれ自身、関わり合いになりたくなかったから何も聞かなかったせいで、あの子が孤児だって境遇もいまになって知った。
船団社会はすみずみまで完璧に管理されてきたわけではないから、アリルのような子がそんな人生を送ることがあって不思議じゃないけれど。
議席上の投影スクリーンに流れていく月王寺アリルのプロファイル――
〝船員番号および騎士目録への登録なし・
――そういう、まとまりに欠けたテキスト。
船員番号も持たなければ、遺伝子固有型コードも記録されていない子ども。
殉教船団にいないはずの人間――まあ、孤児にはよくあるパターンだ。
違法労働力として、データベースで追跡不可能な子どもたちを
でもここにいる連中にとって衝撃だったのはむしろ一番最後のやつだろう。
月王寺アリルの圧倒的イリーガルさをいま知らされたばかりなのだから。
「ID13、だと? 斯様な場に立って狂言をのたまうのか小娘よ。
……いや、なるほど、そういうことか。
その小娘がくだんの反殉教勢力どもの尖兵――そのための此度の査問委員会ということか」
さも納得したかのように独白したネオスに動じることなく、アリルは続ける。
「…………あなたがたはまだ何も知らない。
これまでに起こされてきたテロなんて、ぜんぶエッジワースが仕組んだフェイクです。
あの男の思惑に乗らないように、あなたがたは一致団結しなければならない」
フェイク――つまりエッジワースの起こしたテロは、別の目的を達成する隠れ蓑。
何らかの偽装工作だったとアリルは言いたいのか?
「ふん、フェイクとやらが何を指しているのかは知らんが。
この査問委員会は貴様のような反教者が我ら騎士家のありように指図する場などではない。
テロ首謀者および構成員の潜伏場所だけ話せ。
ID13などという貴様の〝フェイク〟についての釈明もだ」
アリルがあくまでエッジワース同様の反騎士勢力で、ID13もただの虚言だと切り捨てたネオスは、これ以上の対話など不要とばかりに着座した。
演壇側カメラが捉えたアリルの様子は、一見して気が強そうなイメージを真に受けると肩すかしを食らうほど理性的に見えた。
傲岸不遜なネオスへの反発心などおくびにも出さずに、壇上で明かすべき事柄を淡々と言葉にしていく。
「…………エッジワースの潜伏先なんて、あたしにもわかりません。
でも、あたしが把握してる限りじゃ、あの男は元エンジニアだけあって情報操作に長けています。
足取りをたどるなら、データではないリアルな痕跡を追わなけりゃダメ」
そこで返答を一区切りしたアリルに、スプートニカによって尋問権が移された夕神さんが質問を投げかけた。
「では、伊斗卿の疑問点を夕神家が引きつがせていただきます。
月王寺さん、あなたのID13とやらの真贋についてここで議論する必要はないというのがわたしたちのスタンスです。
その〈魔剣〉があくまで本物だと仮定して――どこでそんなものをあなたのような子どもが入手できたのですか」
即座にぶつけられた、本質的な問いかけ。
もっとも必要な解に誘導しようという夕神家の試み。
関わり合いになりたくなかったおれだって、そのあたりの事情を聞きたい気持ちはあった。
アリルはここにきてはじめて言葉を選ぶような仕草を見せた。
壇上を睨みつける夕神さんに応じたのは、ため息のように大きな一呼吸を経てから。
「――聞いて皆さん、どうか驚かないであたしの言葉に耳を貸して。
これは告発です。
エッジワースの正体なんて、今は正直どうだっていいの。
あたし――月王寺アリルは、皆さんみたいな本来の騎士じゃない。
でも、あたしはロータス本人から〈魔剣〉ID13を託された。
あたしは〈ロータスの騎士〉なんです」
夕神さんの問いかけに何故その名前を答えたのか――おれも首を傾げた直後に、彼女は議席側に見せつけるように自らの右手を掲げた。
ゆっくりと手袋を外していく彼女。
ズームで追随する議場内のカメラ。
スクリーンが彼女の右薬指に刻まれた騎士紋を映し出した途端、収まっていたはずのどよめきが再び議場内を席巻した。
問い詰めた当の夕神さんだって同様だった。
驚愕に息をのむ音がマイク越しに聞こえてきて。
「そんな……ロータスって…………悪ふざけにも度が過ぎています!
だいたい、あなたここの生徒ではないのでしょう?
あなたの遺伝子固有型コードは騎士目録の誰とも照合できなかった。
なのにあなた、どうやってその騎士紋を手に入れたのですか」
あたりまえの事実として、騎士紋を持たない人間が〈魔剣〉を行使することは不可能だ。
そもそも〈魔剣〉を収める〝鞘〟が騎士紋の役割なのだから。
そして騎士紋を身体にインプラントする儀式は、この騎士魔堂院でしか受けられないのが船団の絶対的ルールであって。
ロータスの異端技術に由来する〈魔剣〉だから、誰もが簡単に手に入れられるシロモノじゃないってみんな知っている。
おれたちが真っ先に疑うのは――要するに騎士紋の偽造だけど、おれはあの子が確かに本物の〈魔剣〉ID13を行使してみせた現実を目のあたりにしている。
突きつけられた矛盾点にも動じずに、月王寺アリルは明らかにすべき事実を告げる。
「ID13はずっと、このあたしの中にありました」
これほどの観衆にも臆することなく、ただ言葉にするのを惜しむように自らの騎士紋を撫でてみせながら――
「ずっとあった――って……もっと正確にお願いします、月王寺さん」
「――あたしのID13も騎士紋も、ロータスから授けられたもの。
そんなものを生まれもってしまったあたしだから、それなら最大限に利用してやろうって、〈ロータスの騎士〉なんて名乗ることに決めたの。
そりゃあ革命家気どりかもしんないけど、ここでそう名乗ることに意味があるって思ったから」
あえて〈ロータス〉なんて冠した意味も騎士魔堂院においては政治的なんだと言いたげに、声色にやや棘をのぞかせて。
「……そうだとしても、あなたが話してくれた言葉をわたしたちに信じろというのですか?
――その、ロータス自身が直接、人間に騎士紋を与えたなんて……〈魔剣〉を集めてもいない騎士がロータスと接触できたなんて……
そんなの、とても信じられそうにない……だって、あのロータスに会えた人間なんて、これまで一人もいないはずなんですよ!?」
夕神さんにとって、アリルの告発は受け入れられるものではなかった。
それも当然だろう。
ロータスは現在においても人間社会から隔離された遠い存在だ。
ロータスのテクノロジーの恩恵を受けてきた人間たちは、実際にロータスの正体が何かを知らない。
「信じられないなら、あたし自身をもって証明してみせます。
あたしは硬直したこの世界を変える〝本当の英雄〟を導くために、今日、騎士魔堂院のこの場所に立ったんですから」
それはもはや告発でもなんでもなく、既成概念に囚われたおれたちへの、一種の反証めいた宣言で。
拡声され議場へと知れ渡った月王寺アリルの正体に、五月蠅いくらいの鼓動がおれの内側でがなり立てはじめた。
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