第16話 【二式スカラのレポート――6/15/09:42】

 我らが殉教船団を構成する十一隻の星雲間航行船には、それぞれに役割が与えられている。

 居住区政府と五大騎士家によって分割統治される二隻の大コロニー船を筆頭に、食料資源や工業製品の生産拠点となるプラント船が三隻、障害調査や資源採掘などの任務にあたる探査船が四隻ある。

 そして恒星のごとく船団の中心に鎮座するのが、およそ二〇キロメートルの全長を誇る旗艦ヘリオ=タングラムだ。

 あそこには殉教船団の心臓部にして人類が淘汰すべき異端のシステム――すわなち〈ロータス〉が内蔵されている。

 そしておれたち一行が向かった先は、ヘリオ=タングラムという巨大城塞に守られた、船団内ではごく小さなコロニー船だ。

 古来より〈魔剣〉をめぐって抗争を続けてきた騎士家間の緩衝地帯とも呼べるこの船には、おれたち騎士の総本山である騎士魔堂院がある。

 騎士魔堂院は単に騎士と〈魔剣〉の管理機関というだけでなく、騎士の育成機関としての性質をあわせ持っている。

 おれも含めた五大騎士家の当代騎士は、ここで各々に門下の準騎士たちを引き受けて、次代の後継者として育てる教師役まで担うわけだ。

 まあこのあたりの事情は、そもそも船団において過大な権力を与えられた騎士家の矜持的なアレに関わってくるややこしい問題なのだけれど、そんなものはさておいて。

 騎士魔堂院は組織の性質上、特定の騎士家に加担できない。

 〈魔剣〉で世界を救う英雄にいたる道が邪道となれば、全知全能たるロータスにあっさり見透かされてしまうからだ。

 つまりこの組織がこれまで中立的な立場をとり続けてくれたから、たとえば二式家だって無用な抗争に巻きこまれることがなかったわけ。

 コロニー船同士の橋渡し役となる連絡船ゴンドラから宇宙港に降り立ったおれたちは、ターミナルで入港手続きを済ませると、専用モノレールで騎士魔堂院本棟へと向かった。

 ここまでのあらゆる手続きは簡潔で、すべてが網膜下端末を使って済まされた。

 接触した人間もいない。

 モノレールだって要人専用経路のもので、寮から騎士魔堂院に〝通学〟する準騎士たちに目撃される可能性は排除されている。

 〝学校〟から半年以上も姿を消していた二式スカラが、今さら外界に現れた事実を悟ったものはまだいないから安心だ。


「ぅおぇれげれれれ――」


 やっぱぜんぜん安心じゃなかった。

 乗り物に酔ったというより、耐えられないリアルに酔って朝食をリバースしてしまっていた。


「うわっ、スカラなんで吐いちゃった!?」


 車内の床にうずくまったおれに、割と深刻な顔をして慌てだす月王寺アリルだったが、彼女は形式上とはいえ結束バンド付きの移送になったため背をさすってくれる程度しかできない。

 外出時は必ず同行してくれるエンデバーが代わりに飲料水を用意してくれて、諸々の後片づけまで文句の一つも言わずにこなしてくれた。


「誤主人様の抱える問題がエンデバーの想定以上に深刻だったようです。

 こんなことになるなら戦闘だけでなく外出と対人接触の訓練もカリキュラムに組みこんでおくべきでした、と反省した次第です。

 誤主人様を外出禁止にしてきたのもこうなる可能性を排除できなかったからで、ある意味エンデバーの圧倒的正しさがマジ証明されたわけですが」


 ちっとも反省する気がなさそうに言い放ってくれたけれど、エンデバーはそれ以上はお説教してこなかった。

 アリルが心配げに身を寄せてきて、こんなの不快だろうに、なるだけおれの不快を取りのぞこうとしてくれた。


「だ…………だいじょう、ぶ……だから。よくある、こういうこと」


「それ、ダメなやつじゃん! よくあるなら、なおさらキミをサポートしなきゃでしょ」


 なんて、そんな騎士の風上にもおけないちゃらんぽらんな見てくれなのに、大真面目な顔してこの子は迫るんだ。

 今朝の一件から、月王寺アリルと急接近するはめになった。

 テロリスト・エッジワースと二式スカラの対決を目撃した重要参考人であり、そのテロの標的となったおれを救ってくれた恩人でもあって――

 ――そして月王寺アリルは、未知の〈魔剣〉ID13を持つ未知の騎士だ。

 騎士魔堂院が把握していない騎士なんているはずないし、十三基目の〈魔剣〉の出現自体が船団にとっての一大事。

 それもわざわざ〈ロータスの騎士〉を名乗ったのってどういう意味だったんだろう。

 なにはどうあれ、彼女みたいな異端を認めるはずがないのが騎士魔堂院だ。

 だからこそ彼女が船団にとって危険人物じゃないって、なんとか騎士魔堂院を説得しないと……。


「やっぱスカラはおうち帰ろ?

 延期の連絡いれられないん? 騎士魔堂院なんて、あたしとエンデバーで出張れば済むハナシじゃん」


 そしてこの子は昨夜はじめて出会ったばかりのおれなんかに献身的に寄り添って無茶苦茶甘やかしてくれるという、何の必然性があってこうなったのかわからないポジションに収まってしまっていた――まあ現時点では、という注釈つきではあるのだけれど。


「誤主人様にもご同行いただかないと、月王寺アリルを弁護する人間が不在になるためあなた自身が不利になりますし、誤主人様までややこしいお立場になりかねませんので」


「だったらリモート出席で済むハナシだって言ったじゃん朝食んとき。

 彼とあたしの前でキャラの使い分けするわりに、そういうとこあんがい融通きかないんだね、あんたも」


「ネットワーク越しでは、言葉はかわせても戦闘までは行えませんので。

 あなたは騎士魔堂院で騎士たちの決闘に陥れられる可能性までは想定できていません。

 あなたがどれほどの騎士かは存じませんが、特別だというご自身の〈魔剣〉を単騎で守りきれるおつもりで?」


 エンデバーの正論に、騎士魔堂院という組織の事情に疎いらしいアリルは口ごもってしまう。

 でも当然想定されるべき事態だった。

 騎士魔堂院が月王寺アリルにいかなる裁定を下すかはわからない。

 が、関心を集めるのは間違いなく彼女自身ではなくID13のほうだ。

 未知の〈魔剣〉ID13を、保有者である彼女から奪い取ろうと企む騎士たちがきっと現れる。

 この子からID13だけむしり取られて捨てられる展開が目に見えていたから、こんなでもおれが同行するしかなかったわけ。


「それに、誤主人様を屋敷でひとりにするのはもっとも回避すべき選択肢かと。

 立場がどうあれ、あなたと誤主人様はペアで行動すべきです。

 昨夜の一件をお忘れですか」


「あー……うん、そっか。そうだったね。

 あたしにゃ返す言葉もないや」


 みるみるトーンダウンしてしまうアリル。

 エッジワース襲撃事件の当事者だけに、孤立した騎士の脆弱性を思い知っているだろうから。

 しばらくして停車したモノレールから駅に降り立つ三人。

 要人用なので無人状態の駅構内はひっそりと静まりかえっていて、おれたちを認識した構内AIが案内映像と音声とを網膜下端末上に送りつけてきた。

 視界上にナビゲーションされた経路に従い、アリルの肩を借りて出口へと向かう。

 そして騎士魔堂院にたどり着く前に問題が起こった。

 おれたちしかいないはずの連絡通路の前方に、見覚えのある顔が佇んでいたからだ。

 女性の騎士だ。

 その真っ直ぐな性格と同様、肩で切り揃えられた髪。

 繊細な榛色ヘーゼルに色づいたその房を揺らしながら靴音を響かせて、そしてこちらに立ちはだかる。


「――――おはようございません。

 これがどういう状況なのか説明してほしいです、二式君」


 おれたちの前に現れた騎士とは、今まで見たこともない険しい表情をたたえた夕神ユウヒだった。


「ゆ、夕神…………さん……!?」


 どうしてこんな場所で待ちかまえていたのかはわからない。

 警戒したアリルがおれを背に庇ってくれたものの、結束バンド付きのこの子が出てきたから火に油を注ぐような状況になって。


「で、誰なんですかその娘。

 昨晩わたしが到着する前に二式君がエッジワースを返り討ちにしたとか、戦闘でお屋敷がハチャメチャになったとか、どこの馬の骨ともわからない女が二式君に加勢したとか。

 ――そいういう経過報告のためひさしぶりに学校まで顔を出してくれるだなんて突然連絡を受けたものですから――

 ――ああもうっ、とにかくわたしってば、いま情報の整理にくっそ手間取っていましてっ!」


 夕神さんが突然キレた。

 目が怖い。

 決闘中の騎士の視線というか、なんと例えればいいんだろう……。


「……ふうん、あんたが夕神家の例の魔女。

 に友好的な騎士だって噂だったからどんなひとかなって思ってたけど、彼の気持ちとか全然わかってないっぽいんだね」


 待って、そんなでっかい声で炎上あおるのやめてもらえませんか。


「この駅は一般生徒立ち入り禁止ですよ。

 それに口の利き方をとやかく言う主義ではありませんが、さすがに〝魔女〟呼ばわりされるのは好きではありませんので、わたし」


「彼のこと怖がらせないで、ってあたし言ってんだけど」


「あなた、二式君の付き添いのかたではありませんよね?

 現在の二式家には門下の準騎士がいないはずです。

 それに拘束されているその手、とても彼の親しい人物には見えません。

 そんな立場のくせに、自己紹介もなしにその訳知り顔――こちらとしては非礼だと受けとめますが?」


「――ああ、ゴメンだよスカラ。

 キミの前で口論するなんてヤだよね、もうやめとくから安心しな?

 よしよし……」


 なんて感じで、夕神さんの剣幕そっちのけでじゃれついてくるアリルだけど、逆効果かも。


「――ああ、あなたが縛られている意味がようやく理解できました。

 移送されてくる例のテロ容疑者というのは、あなたのことだったのですね。

 学校に復帰早々、新しい準騎士がついたなんてすごいな二式君さすが最強の二式君。

 でも手首を縛った女の子を連れまわすだなんてなんの修行プレイなのかなあ、なんて思わずキテレツな妄想をふくらませてしまっていたのですが、完全にぶち壊しですね。

 今のわたしにはちょっと許せそうにない……

 ……昨日だって二式君ちに急行しようとして結局宇宙港で二時間も足止め食らってしまった挙げ句追い返されてしまったわたし、人生何もかも空回りしてて可哀想すぎませんか?」


 なんてめっちゃ早口で頭を抱える夕神さん、たまになるネガティブモードで触るな危険状態なのは明らか。


「…………だいじょうぶだよスカラ、あたしが守ったげるから。

 もう行こっか。ふたりで一緒なら、現実なんてちっともつらくないよ。

 ほらほら行こう――」


 結束バンドで自由を奪われているのに、そんなのお構いなしに、おれを元気づけようと手を握りしめられてしまう。

 確かに大丈夫な気分にはなれるけど、夕神さんのほうが完全に大丈夫じゃない……。


「これから我ら騎士の裁きを受ける立場で己が分際すらわきまえられないとは、そんな見てくれどおりの非文明人だとよく理解できました」


「あの……や、やめま……しょうよ、こんな場所で…………」


 こんなときでさえ、うまく喋れないおれ。

 脚までガクガクしてくるみっともなさ。


「ふうん、初対面のあたしにウエメセ&偏見。

 ボンボンの上級サマらしいクソザコメンタル笑えちゃうじゃん。

 戦闘でいっちゃん最初に犬死にするポジションだってあたしにゃわかんよ。

 だからあんた、前の決闘でボロクソに負けた挙げ句、優しくて寛大なからID3を恵んでもらったんだよね」


 夕神さんの目つきが変わった。

 さっきまで苛立っていた彼女の目が、途端に感情が失せたかのようにフラットになる。

 夕神さんはそんな真顔のまま、ためらいなく〈魔剣〉ID3を起動させた。


「ええっ…………ちょっ、だ、だ、だからあの……おちついて…………」


 アリルを引き下がらせるとおれが矢面に立つ構図になるし、この子の肩を揺さぶっただけで、なんだか夕神さんが柔らかい笑顔になっていく。

 天使めいた美貌をたたえた鬼神みたいに。

 でも昨夜のことを詳しく知らされていない夕神さんの気持ちになれば、正義の執行者たる騎士が疑惑の悪人といちゃついてるみたいに見えたのかも。

 とはいえ夕神さんは夕神さんで、〈魔剣〉を口論の場に持ちだしてくるほど自制できない騎士じゃなかったはずなんだけど。

 でもでも、冷静に考えてみればおれが一番間が抜けていたらしくて。

 そもそも今の夕神さんはひとりだ。

 彼女にだって夕神家仕えのメルクリウスが随伴しているのが普通だし、公務の場ならパートナーの騎士と二人一組で行動しているのが常だ。

 そもそも夕神さんが単独で決闘をはじめるわけがなかったんだ。

 だから、結局これは夕神さんなりのちょっとした観測気球のつもりだったのだろう。


「まあ、よいでしょう。小娘ひとりにかかずらっている夕神家ではありませんので。

 釈明があるなら議場にて存分に聞かせていただきましょう。

 そのための騎士魔堂院。

 そのための査問委員会ですから――」


 夕神さんは十五秒を待たずにID3を騎士紋に戻した。

 瞬間、夕神さんの全身像がわずかにノイズを帯びて揺らいで、今の彼女が実体のない投影映像だったことをようやく実感する。

 元々おれたちの網膜は生まれながら互いに電子的なネットワークでつながりあっている。

 特に夕神さんはこの手のバーチャル情報を戦闘に織りまぜて相手を眩惑するタイプの騎士で、〝電影の魔女〟の二つ名も伊達じゃない。

 そもそもここまで足を運ぶ必要なんてなかったわけ。

 その点はアリルも気付いていたらしくて、幻影相手にID13を抜くような真似はしなかった。


「…………あの、それとですね。

 二式君が無事でいてくれてよかったです。わたし、とても安心できました。

 あのあと二式君ちに向かったの、ほんとに本当ですからね?」


 表情を優しく崩した夕神さんがそう伝えてくれて、


「それに、辛いのに学校までよく来てくれました。

 直接お話しできるの、わたし、楽しみに待っていますね」


 薄膜のようにまとわりついていた緊迫感が、少なくともおれの前だけは切り取られたかのような気分になった。

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