†Phase:2―― 騎士魔堂院
第14話 【月王寺アリルのレポート――6/15/06:54】
「――――――――うわぁぁぁ…………ぁああァァッ――――――――――!!」
自分が意識を取り戻せたって理解できたのは、咄嗟に泣き叫んでいたあたしの喉が枯れ果ててからだった。
喉が痛みを訴えたころには、恐怖心なのか悲しみなのかよくわからないその感情も消し飛んでいた。
どうしてこんな大声を上げてしまったのかもわからなくて、カラカラになった舌とべとつく目尻だけが既成事実を突きつけてくるこの意味不明な状況。
寝起きでちっとも思考がまとまらないけど、頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられてパンクしそうな気分だ。
自分が何を見たのかうまく思い出せないのに、感情だけが今も爆発しそうになっていて必死に胸を押さえこんでやる。
でもこの気持ちは、そもそも自分が味わったものではない気がして。
だから早々に頭の整理を投げだすことにすると、汗だくのシーツを蹴っ飛ばした感触にも増してヤバいものが視界に入って思考が硬直する。
起き抜けではどうしようもなかったにしても、自分があまりに迂闊すぎたって後悔した。
ここはおそらくは二式家邸内の一室だ。
古めかしい和式ベッドに横たえられていたあたしは検査着みたいな白装束一枚きりに着せ替えられていて。
で、愕然とするこちらを正座したまま睨みつけているのは、あのエンデバーとか呼ばれていた二式家のメルクリウスで。
「……びっくりしちゃったの、エンデバーのほうなのですが。
すげえおっきな声でした。よっぽど怖い夢を見ちゃったのですか?」
そいつから素っ頓狂なセリフが返ってきて二度ビックリしたし、あたしはあたしで悠長に気絶してる場合じゃなかった――なにせ、ある意味で
「ぶ……
おぼつかない脚でベッドから離脱しながら〈魔剣〉をブートしかけたところで、
「うおっ、脱げた」
何故か着ていた白装束がはだけて下着姿をさらしてしまうあたし。
犯人は、いつの間にかあたしの帯を握りしめていたエンデバーだ。
よくやったみたいに親指を立ててみせて、
「――ちんちくりんのガキのくせに、超いやらしいブラとショーツごちそうさまでした。
ですが、サービスシーンでは悲鳴のひとつくらいあげるのが定石ですよ。
そんな恥じらいもなく裸みせつけてくるのはエンデバー的にアウト、もう一回やりなおしてくれるとうれしいな、です」
などと、緊迫感のかけらもないふざけたセリフが返ってきた。
言われたからってわけじゃないけど白装束を羽織りなおすと、まだ警戒をとかずにあたしはこのふざけたメルクリウス少女を品定めしてやる。
この子はエッジワースにハックされた自由意志を取り戻しているようだ。
時間切れしたってことかな。
長い白髪とうまく調和した白黒のミニドレスっぽい衣服に着替えていた彼女と、窓から射しこむ外光の明るさ。
わざとやってんのか、パンチラがあざとい……。
この状況からして、あれから一夜明けて事態が丸く収まったとみていいのかな。
ただ、あたし自身はその範ちゅうにないことは明白で。
「……でさ、勝手に下着まで褒めてくれたのはありがとうだけど、あたしって拘束されちゃってるって展開でいいのかな?」
何やら手当てまでしてくれたみたいだし、一触即発の事態ではないのはわかる。
なら不法侵入者として治安維持局に引き渡し待ちなのか、それとも政治的な人質にでも落ち着いたのか。
あたしが二式家にとってどういう立場に収まったにしろ、一晩中眠りこけていた時点で主導権があちら側に移ったのは明らかだろう。
でもなんで意識を失ってしまったのかな、あたし。
「この状況をどう捉えるかは自分次第ですね、ヒトの娘さん。
騎士家の邸内は政府も口出しできない治外法権エリア――つまりこのエンデバーさんの裁量ひとつで人権すら自由自在にできてしまうわけですからね、無駄な抵抗はやめておいたほうがよいです」
狂気――ただの面倒見のいいお姉さんというにはあまりに冷徹な笑みを浮かべたエンデバーが、警戒するあたしなんて気にせずに慣れた手つきで帯を締めなおしてくれた。
どのみちサシでメルクリウスっていう怪物に太刀打ちできるはずもなかったけれど、今は抵抗しないでおこう。
敵地といっても、二式家の敵になる気なんて最初からない。
自分自身の意志であたしはここに来たのだから。
「へえ、さすが騎士家付きのメルクリウス、かわいい顔してこわいこと言ってくれるじゃん」
「うん、そうなのです。エンデバーはかわいいんです。
くふふ……こわかわいい系?」
などと調子づいて喉を鳴らせて、愛玩動物みたいにやたらと媚びまくった笑顔を送りつけてきやがる。
何なんだこいつ、あたしを油断させる狙いがあったりするのか。
「………………意外と
っていうかさ、彼は――」
そう、彼――肝心の二式スカラだ。
ミッションのターゲットである彼が危うくエンデバーに絞め殺されかける場面で、あたしの記憶が途切れていたわけで。
「エンデバーのマスターはいま、ご自身の寝室で爆睡中です。
昨夜の心労がたたったのかもしれません。
普段から生きること頑張れないヒッキーなマスターですから、あれでいつもの百万倍は無茶やってたですもの」
彼が大した怪我もしていないような言い振りに、ひとまず安堵させられるあたし。
でもこのメルクリウス、きのう主人と話していたときとちょいキャラが違う気が?
「じゃあさ、二式家の窓口役であるあんたに新しい仕事をあげる。
二式スカラと話をさせなさい。
〈魔剣〉所持者であるあたしには、彼と対話する権利があるっしょ?」
「――エラー、騎士魔堂院の騎士目録に〝月王寺アリル〟の登録名が見つかりませんでした。
そして現在のあなたには、テロ首謀者エッジワースの共犯者としての嫌疑がかけられています。
マスターが命じれば、エンデバーはここであなたの心臓を停止させ自然死扱いのまま埋葬処理することも可能です」
途端、口調を機械的な冷淡さに豹変させたエンデバーが一呼吸で告げた。
「あんたさ、やっぱ昨夜の記憶はあんの? ……自分の主人を、自分の手で殺しかけたアレ」
事実を事実で反論してやったつもりだったが、そう言葉にしてみてから残酷な質問だったことを自覚してしまう。
機械人形のように見られがちな彼女らメルクリウスは、正確にはロータスが創造した人間の上位互換生命体だ。
過酷な宇宙環境により適応した身体を生まれ持った彼女/彼らはロボットなんかじゃない、感情や良心だってある。
エッジワースにできたのは、メルクリウスを行動管理する外部サーバーへのハッキング攻撃だけで、彼女の肉体に宿る心まで奪えたわけじゃない。
「それについてはマスターご本人から聞くといいです。
月王寺アリルの処遇もマスターのお考え次第ということです」
臆面もなく言って微笑んだエンデバーが、アイコンタクトひとつでドアセキュリティを解除する。
容疑者のあたしにもそれくらいの自由は与えてくれると言っているのだろう。
ただ、寝て覚めてから大きく心変わりしたことがひとつあって。
こいつは本当に大きな、それこそ革命的な心変わりだ。
ついこの前までガチ恋だとかのたまっちゃってたあたしの胸を満たしていたそれは、今すぐにも爆発してしまいそうな気持ち。
あたしはもう止まらない、誰にも止められるもんか。
彼に絶対そうしてあげようって心に決めていていたことをやり遂げるため、あたしはたまらずに部屋を飛びだしていた。
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