†――Interlude:1

第13話

 この光景がタチの悪い夢か何かなんだって気付けたのは、これを見ているのがあたしじゃなくて二式スカラなのがわかってからようやくだった。


 自分の心臓を貫いた〈魔剣〉――ID13の片割れの片手剣型レイピア。そしてこちらに身を預けてきた女がなぜかあたし自身で。

 この夢は視点が真逆なだけの、彼との契約の再演だ。

 そしてあたしが彼の耳元でこう囁く――あとは任せて、あたしがキミをその呪いから解き放つ鍵になるよ。

 スワスティカ? ぜんぜん耳に覚えのない響き。

 この時は彼の〝呪い〟ってやつがどんな意味なのか全然わからなくて、でも他人の人生のことなんだし、そんなのあたしにとってはどうだってよかったはずだった。

 彼の視点で、あのときの体験をなぞっていく。彼の肩に頬を預けていたあたしが、急によりどころをなくして崩れ落ちて。

 ただ、ここで夢が突然意味不明になる。抱きとめてくれていた彼が突然いなくなって、暗闇のさなかで地面に膝をついたあたしが、小さいころのあたしになっていたからだ。


 これは夢がつくりだした、つぎはぎの空想かなにかなのだろうか。

 だってこの小さなあたしは、下層居住区の孤児院で、誰とも打ち解けずに孤独で自分を守ろうとしていたあのあたしだ。そんなあたしが、今の彼と同じ場所に立っているはずがない。

 肩で切り揃えられた黒い髪。碧い瞳。何の感情も浮かべていない顔だちの小さなあたし。

 そうか、もしかしたらあたしによく似た誰かなのかもしれない。だって服装なんていつかのあたしのよりもうんと小綺麗なものだし。それに子どもの自分がどんな素顔だったのか、今さら思い出す自信までなくなってきた。

 彼がどんな表情を向けてくれていたのか、背の低いあたしにはわからなかったけれど、この小さな女の子と目線を合わせると微笑んで、大きな身体で包みこんでくれた。

 するとあたしに似たこの女の子は涙をおさえきれなくなって、遂にはたとえようのない感情を溢れ出させてしまう。


 溢れ出る涙のように、あり得ない夢が膨大な情報量となって、あたしの処理能力を超えて駆けめぐっていって。


 急に逆行する時間。ここからの夢は断片的で、すべてが早回しだった。

 他の騎士たち――かつての水剱キザナや夕神ユウヒたちと過ごした日々の光景。

 まだ二式スカラが〈魔剣〉ID2ひとつきりしか持っていなくて、今みたいに他人に怯えていなかった彼が、ひたむきに外の世界へと立ち向かおうとしていた過去の断片。

 決闘試合で敗北し〈魔剣〉をすべて失った夕神ユウヒに、彼は自分の保有するID3を差し出すことにした。彼はきっと誰よりも優しい騎士だったんだと思う。そして夕神ユウヒが、彼に特別な執着を抱くきっかけとなった事件でもある。少し妬ける自分に気づいた。

 時は巡って。

 公式試合の一騎打ちに勝利した彼が、ついに四つめの〈魔剣〉を手にしたメディア映像。ああ、これならあたしも見た覚えがある。まわりにはまだ二式家を慕う門下の準騎士たちがたくさんいて、彼は順調に二式家当代のレールを歩みはじめていた。

 あたしは画面越しにずっと彼を応援してきて、推しに推して、遂にはガチ恋して――でもお互い立つステージが違いすぎたから、彼に知られることはない、大勢のファンのひとりで居続けた。

 でも、どうして彼の夢なんかをあたしがのぞき見しているのだろう。

 そんな疑問を解き明かす猶予もなく、夢はさらにぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、現実とのさかいめが急速にいい加減なものになっていった。


 次に意識が定まった途端に足もとの感覚が消し飛んで、全身が暗闇へと落ちていく。

 夜空に思えたここは重力も空気もない宇宙空間だ。藻掻いても身体を支えるものが何ひとつなくて、宇宙の果てまで投げ出され続ける彼は、声にならない声で叫んでいる。

 それでも何かを掴もうと伸ばした手は剥きだしの生身で、すぐ真っ白に凍りついていって。

 最後にはこなごなに砕けて、あとに残った指輪状の騎士紋だけが無重力を漂っていく。

 途方もない星くずを背景に、その銀色の光をまだ目で追い続けている。

 もはや自分が生きているはずもないのに、漂う指輪越しに、恒星光を受けて輝く巨大な居住区コロニー船が何隻も映って。

 あれはあたしたちの殉教船団だろうか。


 ああ、やはりこれはタチの悪い夢だ。あまりに非現実的で荒唐無稽な夢。だけど彼が死と絶望と孤独に打ちひしがれていることだけは、堪えがたいほどリアルだった。

 目前で閃光に飲みこまれた殉教船団が砕け散る最期の一瞬を、もはや涙を流すことすらできなくなった彼はただ見届け続けている。


 全てが暗闇に沈んだその先の永遠とも思える時間を、重力のない暗闇に漂い、彼方へと投げ出されていく彼は、ただ見届け続けるしかない。

 永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、

 ――気が狂って、心が消失してもまだ終わらないくらい、永遠に――――――

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