第11話 【二式スカラのレポート――6/14/21:27】

「はいはいはい、ここでようやくチェックメイトってやつだね

 ――くぅ~ッ、一度くらい言ってみたかった、悪役然としたセリフじゃない!

 おっと失敬、話が逸れたね。

 かの二式スカラを最強たらしめた〈揚羽残鞘アゲハザンショウ〉を使い潰させてしまえれば、残りの〈魔剣〉なんて人類の叡智でどうとでもできてしまう。

 これがパートナーのいないぼっち騎士・二式スカラの脆弱性ってわけさ!」


 再びあの不愉快な拍手を浴びせられたおれは、怪物じみた腕力で掴み上げられていた――エンデバーの細腕たった一本に、だ。

 苦しくて呻き声すら吐き出せない。

 遠のいていく意識を揺り起こそうにも、足が地面に付かず自重によってさらに締め上げられていく。

 死にもの狂いで藻掻いてもビクともしない強靱さは、エンデバーがヒトではなくメルクリウスだから。

 喉頸に食い込んだ彼女の指先越しに、おれと同じ血が通っている熱と、おれ自身の鼓動とを感じ取る。


「やはり世間の噂に違わず、二式スカラは有り余るキャラ性能を使いこなせないタイプのハイスペック・ザコキャラだったようだね。

 きみが奇特にもエンデバーを庇って自滅する展開も、ぼくという一般市民にすら精神的優位に立てない弱さも、ぜんぶぼくのシナリオどおりなんだね。

 いかに高性能なマシンを手にしようと、使い手のメンタルが低性能ならチート状況は必ずしも実現されないという法則をぼくが実証してしまった!」


 至近距離からおれを見上げるエンデバーのまなざしは、生々しい感情に染まらない戦闘マシンのそれだ。

 首筋に食いこんだ小さな手で、さらにさらにギリギリと締め上げられる。

 血流と呼吸とを同時に阻害されたおれの意識が、急激なホワイトアウト状態へと追いやられていく。


「騎士の皆さんはおのおの素晴らしい能力をお持ちだが、残念ながらご自身が有識者や軍師でもなければ、政治に長けてもいないことを忘れがちなんだね。

 そうさ、現実のヒーローはムービーみたいに何でも完璧にこなせるわけじゃなかった。

 ああ、待て待て……彼が返事すらできなくなってしまうのでそのへんで止めておいてくれたまえエンデバーくん

 ――おおっとこいつはヒヤリハットだ、音声認識はまだ実装してないんだった!」


 薄れゆく視界の向こうから薄ら笑いを送り付けるスーツ男――エッジワースが、何やらゲームコントローラーらしきデバイスでエンデバーを操作するパフォーマンスを見せつけてくる。


「そうそう。弊社の部下たちも予備弾薬の備えは完璧にさせているのでね、もう一回銃弾の雨を生きのびてみる自身はあるかい?

 きみが無理なら、代わりにきみのエンデバー相手に実弾耐久テストしてみるのも興味深いデータが取れるかもしれないねえ!」


 やつがおどけている間に、命令を聞いたのか――エンデバーの熱を帯びた手がロボットアームのように下がって、ようやく足が地面に届く。

 わずかに確保された気道に、消し飛びかけた意識が踏み止まる。

 あんなコントローラーで、エンデバーの尊厳が汚されている。

 頭のイカレた殺人狂に……それでも、おれには、もう――。


「さてさて、あとまだきみに残ってるのは――どの〈魔剣〉だったっけ、ID7? それともID9だったかな?

 まあどれでもいいや、とにかくきみがおとなしく降参してくれないと、ぼくの仕事の成果に響く。

 きみの将来にも、ね」


 自陣営の優勢に調子に乗りはじめたエッジワースが、露骨にウンザリとした態度をして挑発を止めない。


「じゃあ、もう一度きみに聞くよ?

 二式スカラくん――ぼくはきみをこの牢獄から助けだすために来たんだ。

 きみの能力を最大限に生かせる職場環境をぼくなら提供できる。

 ぼくらとともにこの世界の不条理と戦おうじゃないか。

 だから無駄な抵抗は止めて、ぼくと一緒に来てくれないか?」


 〝二式スカラという騎士を正常に機能させる〟ことが目的だと宣ったエッジワース。

 市民を無差別虐殺してきたテロ首謀者が、騎士であるおれを利用しようと企んでいる。

 やつが何を狙っているのか理解できなくても、ろくな利用のされ方をしないことくらい容易に想像できる。

 でも、おれはエッジワースの策略に敗北したんだ。

 こうなったら立て直せっこない。

 こんな無様なおれが唯一決断できることといえば――


「――え……エンデバー……を、助けて……くれ…………そうすれば……協力……」


 騎士家の矜持なんて、今さらどうだっていい。

 エンデバーを解放して、もうこれ以上酷い目にあわせないことが確約されるのなら、おれはそれ以上なにも望まない――今はそう願いを請うことくらいしかできなかったんだ。

 急激な違和感がおれの鼻をついたのは、このときだ。

 あれほど切迫していた空気に混じってきたこれは、わかりやすいほどの異変、異常、異物。

 奇妙な――そう、強烈ににおい立つ香水みたいな臭気に、おぼろげだった意識が叩き起こされる。

 たまらない不快感に、それを放つ誰かの気配へと意識を奪われて。

 いつからそこにいたのか、視界に入ったのはまったく見覚えのない少女の横顔。

 エンデバーに掴み上げられたままのおれのかたわらで、グロテスクな髪色をした女の子が腕組みして前方を睨みつけている。

 というか、とんでもなくド派手なファッションをした娘で、ここまで目立つ子なら街か学校で話題になっていてもおかしくないのに。

 腰まで伸びすさんだ後ろ髪を、ピンクなのか青なのかよくわからないグラデーションで染めているのはどういう自己主張なんだ。

 頭に紫陽花でも生やしているのか。

 バチバチに仕上げた目元のマスカラとかメイクもキメキメだし、下層居住区ダウンタウンの不良少女っぽい服装が目のやり場に困るけど――エッジワースの仲間というにはちょっと場違いすぎて。

 ていうか香水くさい原因ってこの子じゃないか。

 だったら、この状況って何事なの。

 ここで先に口を開いたのは、入口側で傍観を続けていたエッジワースだ。


「……あ、あれあれ~。

 今ぼくたちはかな~り取りこみ中だって、どっから見てもわかるだろう。

 一体どこから迷いこんできたんだい、ゴシック&ロリータなお嬢ちゃん?」


 さすがに事態が飲みこめていない風で取り乱すエッジワース。

 いや、演技なのか? よくわからない。

 女の子のほうは向けられたままの銃口を何でもないものみたいにジロリと見渡してから、


「……ははん、真のヒロインってさ、サイコーにイイ場面でじゃじゃん! って登場しておいしいとこかっ攫ってくもんっしょ。

 あたしのこととっくに捕捉ずみだったくせに、まさかこんなガキに突破されるわきゃないって舐めくさってたよね――エッジワース」


 頭から生えた天使か悪魔の羽みたいなツーテールをふるふると揺らせてウンザリとした溜息だけで答える。

 彼女の黄金色の瞳が射止めているのは、おれではなくエッジワースのほうだ。


「――ってか、ゴスとか知ったかしてんじゃねーし。ブッ殺すぞおっさん」


「ちょ――――ちょ~っと待った!

 テキト~に話さえ合わせてくれれば、今回は見逃してあげるって紳士なオジサンぼくからの優しいメッセージだったんだぞ?

 なのに、わざわざこんなクライマックスシーンに飛びこんできて! 何がしたいんだっ、命を大切にしなさいよっ!」


「…………はん、こーゆーのありがちな展開っしょ。

 それともさ、わかりやすくそれっぽい理由でも付け足してやろっか?」


 面倒くさそうに尻を掻く女の子が、そこで声色を低く凄みの籠もったものに急変させた。


「あんたのテロが、あたしの友だちを犠牲にした。

 ――そしてあんたはあたしの目の前で、あたしが一番大切なひとを手にかけようとしてる」


 わきわきとさせていた両手を萎えさせるエッジワース。

 やつのほうがこんな女の子に翻弄されているみたいな構図。

 状況がまるで理解できないままなのに、彼女の登場で空気が一変していた。


「――……私怨とか敵討ちとか、さすがにちょ~っとベタすぎな展開じゃない?

 そもそも私刑なんて船団法で犯罪だよ、お嬢さん。

 それに、どう見ても治安維持局の人間って雰囲気じゃないよね。

 局側の人間なら識別タグを埋めこんでるから、ぼくの目は誤魔化せないぞ」


 でも、女の子のほうも堂々とおれの屋敷に押し入っているわけだから、エッジワースと同じ不法侵入者ってことに変わりないんじゃないか――って解釈が脳裏をよぎったところで、女の子がかたわらのおれをようやく見やる。


「そのメルクリウスの子さ、あのおっさんの思いどおりに操れてるわけじゃないっぽいからね。

 そんな人間離れしてんの暴走させたら大惨事ってことくらい、おっさんわかってやってんし」


 そこらへんの内部事情まで知っている顔をしたかと思ったら、突然エンデバーの背後に回りこんで脇の下をくすぐりはじめたではないか。


「ほいっとな、こちょこちょ――――………………」


 そんな馬鹿な。

 かすかな息吹を感じたかと思ったら、真顔のエンデバーが真顔で噴きだしかけているし。

 いや、そんな馬鹿な。

 ハッキング、こんなにもあっさりと解けちゃっていいのか。

 エンデバーの握力がわずかに緩んだ途端、床に投げ出されるおれ。

 できた隙は一時的なもので、エンデバーはそれ以上の命令をエッジワースから受けていないのか棒立ちのままだ。

 拘束からようやく解放されてぐらぐらした頭のままで、このド派手で正体不明な女の子を見上げる。

 伝説に聞くギャルってカルチャー、実際にいたらこんなビジュアルなんだろうか。


「――あたしさ………………あー、そう名前ね、月王寺アリルっての」


 などと名乗ると、リップグロスに濡れた唇をにいと吊り上げてみせてから、これ見よがしに右手の手袋を脱いで差し出してきた。


「ハハ、突然イミフな登場でゴメンだけど、そーゆーことなんでよろしく。

 キミの戦争にあたしも参戦させてもらうから――いちお、騎士の端くれとしてね」


 騎士として――と、彼女は確かにそう言ってのけたんだ。

 月王寺って家名の騎士なんてこれまで聞いたこともないのに、差し出された彼女の右薬指には、おれたちと同じ騎士紋がきらめいていて。


「ナニ、キミって女子との握手も恥ずかしがっちゃう系? ま、いきなりすぎたし、いっか」


 茫然としてしていたおれが勝手にシャイ認定されて、求められた握手も即座に引っこめられてしまう。


「んじゃ、積もる話は後回し!

 ちゃっちゃとやっちゃおっか…………起動boot――行使権有効化activation――――ID13――……!」


 月王寺アリルと名乗った少女が、儀式めいて宙に掲げた騎士紋を銀色の光が満たしていく。

 と――明らかに〈魔剣〉と思しきデバイスがその手に携えられた。

 〈魔剣〉起動と同時展開され、行使者を包む固有戦闘装束は、これまで見たこともない純白の保護衣プロテクター――それも、翼をモチーフにした造形は天上界から降り立った戦乙女を思わせ、一瞬で意識が持っていかれる。

 ――え……いま、なんて…………――?!

 少女がごく自然に口ずさんでみせた、現実的にあり得ないナンバリング。

 ロータスからもたらされた十二基の〈魔剣〉に、十三番目なんて存在するわけがないのに、どういう冗談なんだ。

 なのに、想定外が連鎖して疑念を疑念で上塗りしていく。

 彼女の手に携えられたのは、同時に二基の〈魔剣〉。

 真紅の二振りは、形は違えどどちらも刺突用の片手剣型で、そいつを十字にクロスさせおれたちの前へと躍り出る。


「この戦争。きっかり十五秒で終わらせちゃってもいいけど、こうして騎士がふたり肩を並べたんだし、ヤることヤっちゃわねーと嘘っしょ。

 …………――ねっ、スカラ?」


 などとケバ顔で愛嬌と香水臭とを振りまいてみせた彼女が、〈魔剣〉の片割れを握りしめたままの右拳をおれに突きつけてくる。

 生身の人間の手だ、もう何年ぶりかにこんな距離で向けられる。

 血の通ったリアルの人間という、途轍もない〝圧〟。

 他人が、怖い――すっかり忘れていた現実。

 そんなものを意識した途端にこの子を追求するための語彙がおれからすっ飛んでしまって、ただ尻をついたまま後ずさるしかなくなる。


「あ………………え?

 …………ぺ…………ペア、リング……?!」


 そうだ、この子が要求してきたのはペアリング――つまり〈魔剣〉行使者たる騎士同士の、騎士紋の同調のことだ。

 十五秒を使い果たした〈魔剣〉は通常スリープモードに移行してしまうから、再起動までに一時間あまりをロスする。

 でも複数の騎士が互いの騎士紋を触れさせる儀式をスイッチに、このスリープモードはリセットされる。

 今はスリープ中のID2だって、おれにペアリング相手さえいれば十五秒を取り戻せるわけなんだ。

 これは生きのびる最後のチャンスじゃないのか。

 対人恐怖症なんて泣き言は後にしろ。

 そう腹の底で叫んでも、今のおれにはこの子の手をとる力すら湧いてこなくて。

 すると、しゃがみこんできた彼女が、


「えー。ここさ、サイコーにタカまるシーンっしょ。

 あー、やっぱ二式スカラがヘタレちゃったのってマジネタだったのか……

 ……しゃーなしだね、んー」


 心底面倒くさそうに喉を鳴らしつつ、こっちの同意なしに拳骨合わせハンドシェイクをされてしまう。

 ビクンと怖気立つおれを他人事みたいに差し置いて、拳越しにかち合う互いの騎士紋。


「おー、あたしのペアリング初体験ってやつだあ……フムフム。

 こんであたしも思う存分暴れられるようになったわけね、サイコーにイカしてんじゃん」


 確かに自分の中で何かが切り替わったという感覚だけがある。

 無意識に鼓動が彼女のものと同調していくかのような違和感は最初だけ。

 その違和感も、指数関数的スピードで彼女自身の混じりけのないものに塗り替えられていく。

 たしか〝アリル〟って名乗った少女が、満面の笑顔でおれに答えて。

 素顔もよくわからない正体不明な子だけれど、一時共闘であってもおれのパートナーをやってくれるつもりらしくて。


「――だからぼくの話を聞きたまえ、そこのお嬢さん!

 きみという闖入者はぼくのシナリオにないんだから、早々にここから立ち去ってくれないと、せっかくの面白い筋書きが台なしになってしまうじゃないか!!

 どう責任とってくれるんだい? 全部ぶち壊しだ!」


 エッジワースがまだ意味不明な呼びかけをこちらに向け続けてくる。


「いいかい、このクライマックスシーンはね、きたるべき未来の英雄・二式スカラと、最悪のテロリスト・エッジワースの激突のちにシナリオが急展開に至る貴重なシーンなんだよっ!

 ここから二式くんとこのぼくとでトゥルー・ルートに分岐するからこそ、このクソッタレな世界が最高に盛りあがるんだよ!!

 それをヒロイン気取りだかなんだか知らないけど、そんな取って付けたようなチープなラブコメみたいに颯爽登場したってね、二式くんをこの世界から救えないってどうしてわからないかな!!」


「――は、って?

 をいいオモチャにして弄んでくれたあんたが、このひとのなにをどう救ったげれるって言ってんの」


 この子のゾッとさせられるほど低く凄みをきかせた声に――その強烈なまでの圧がおれじゃなく、対峙するあいつに向けられたものだってわかった瞬間に、思わずおれは目が覚めた心地にさせられて。

 このふたりの事情はわからないけれど、月王寺アリルの出現はエッジワースにとって想定外のシナリオだった。

 おれをどうにかしたかったエッジワースの目的が、彼女の介入によって覆ってしまった。


「ああ、ああ、せっかくの重要商談だったんだぞ、もう勝手にしてくれたまえ!

 次のスケジュールが押しているんでね、ぼくはこれにて帰社させてもらうよ。

 だから月王寺何某くん、きみにはここでぼくのプロジェクトを台なしにしてくれた責任を取ってもらうとしよう。

 次に再会する機会に、二式くんの隣にきみみたいなお邪魔虫が残っていないようにねっ――――」


 声を荒らげたエッジワースがコントローラーデバイスを掲げると、


「――やれるもんならやってみなよ。

 あたしは〈ロータスの騎士〉だ。

 二式スカラをホンモノの〝英雄〟にしてあげられるのはあんたじゃない、この世界であたしだけだ」


 月王寺アリルが睨み返しながら立ち上がる。

 わざわざ〈ロータスの騎士〉なんて名乗った意図は、彼女を何も知らないおれには読み取れない。

 でも信念に後押しされたかのような背中をおれに見せつけ、再びエッジワースに対峙する。

 その気持ちに関してはエッジワースの方も同様だったのだろう。

 何か反論しかけた言葉を飲みこんだあいつは、真っ赤に苛立たせた顔を眼鏡の奥の仕込めると、そのまま回れ右して訓練場から脱兎のごとく逃げ出していった。

 ただ、これで危機的状況が去ったわけじゃないのは明らかだ。

 依然とエッジワースの兵たちから向けられたままの銃口に警戒が緩むはずない。

 それに、あいつに操られ利用されたエンデバーだってまだ――。

 ――でも、この奇跡的な巡り合わせに、悲運なる二式スカラは救われる――おれに未来がないわけじゃなかった――そうおれは期待してしまったんだ。


「それと、キミにも悪いって思ってる……ゴメンだよ、二式スカラ」


 このままおれに代わってエッジワースたちに立ち向かってくれるかに見えたアリルが、どうしてなのかこっちに向き直って。


〝――放て我が摂理侵犯――……〈index of self-sacrifice〉〟


 何が起きたのかはわからない。

 そんな囁きが頭の中に響きわたると同時に、高く掲げた〈魔剣〉ID13の切っ先をおれに突きつけたかと思えば――

 ――刹那にID13のもう片割れの切っ先が、彼女自身の心臓を串刺しにするのを見たんだ。

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