第9話 【二式スカラのレポート――06/14/21:25】

 瞬時に火が入る神経系。

 網膜下端末が視覚を拡張して、戦闘ステージを鮮明に塗り替える。

 侵入者の人数は――照明外にいるのも含めて最低十人が捕捉できる。

 治安維持隊式のロープ降下術を用いての突入。

 装備は隊公式の暴動鎮圧銃だが、非公式にしか見えない連中なら改造を想定しないと命にかかわる。


「あー、ええと、イロイロお取りこみ中のところ大変申し訳ない。

 ぼくはエッジワースといってね。

 今や船団一の有名人になっちゃったもの、さすがに知っているよね? だから細かい自己紹介は割愛させてもらおうかな。

 ぶっちゃけると、ぼくはこの牢獄からきみを助けだすために来た救世主なんだ――我らが英雄候補・二式スカラくん」


 両手を大仰に広げてアピールしてくれたこのスーツ男は、一目見て三下悪役気取りであることが理解できて。

 わざとらしいくらいに脚色された時代錯誤――つまり瞬時でおれの信頼を損ねてみせた。


「いや、ね。最強の英雄候補者たる二式家当代殿があれから表舞台に姿を見せなくなった理由って、諸説あったじゃない?

 あれは去年だったかな。

 特ダネ狙いのジャーナリストが原因不明の失踪を遂げたあと、この屋敷からきみを連れ出そうとした水剱・夕神の両家に暴力で抵抗したの。

 そこに転がってるメルクリウスの仕業だったじゃない?」


 よくもベラベラと、知りもしない他人の内情を語りはじめるスーツ男、エッジワース。


「かの二式スカラが、壊れたメルクリウスに幽閉されてるってゴシップ。

 当たらずとも遠からず、かな?」


 テロリストごときに諭されるいわれはないが、そう世間から見なされているのは事実だ。

 おれは――かつて最強の騎士の座を掴みかけた二式スカラは、どう釈明しようと、いまや心が折れた対人恐怖症の引きこもりだ。

 と同時に、騎士家仕えのメルクリウス・エンデバーからこの屋敷に閉じこめられているのも事実だった。

 エンデバーは戦闘訓練で自分を越えるまで、おれに外出を禁じた。

 様々な思惑で訪問してくる連中を、全員追い返してくれた。

 引きこもりに動機付けしてくれた彼女が、おれにとって救いになったんだ。

 けれども、エンデバーは壊れてなんかいない。

 それだけは絶対に事実だ。

 他人が怖い現実から逃げたって構わない。

 でも最低限、こいつからエンデバーの名誉と尊厳を守るべきだ――胸の奥底から促してくる声。


「…………彼女を解放して……おとなしく……投降して、ください……罪、か、軽く……なる」


 なのに、こんな殺人犯相手でも、対人恐怖症を克服できるはずもなくて。

 いや、相手がまともじゃないから余計にか。

 なんでもない悪人なのに、早くも心臓が悲鳴を上げだしている。

 顔もよく見えない距離なのに目線すら合わせられないし、相手に突きつける言葉もまるで要領を得なくて。


「え、エンデバーを……解放……して……あげて、ください」


 こんなひ弱な声だったのに、それを聞いて満足げに口角を歪ませる男。


「やーっと口をきいてくれたと思ったら……残念、ぼくもこのまま大人しく帰ることはできないんだ。

 だってきみを助けに来たって言ったじゃない。

 ぼくの願いはね、〝二式スカラという最強の騎士を、正常に機能させる〟ことなんだ」


 おれを、正常に機能させる? おれの〈魔剣〉か、おれ自身のどちらかがターゲットなのか。


「いやあ、五大騎士家の皆さん、まさかこっちの作戦どおり、本当に満場一致で二式くんをご指名してくれるだなんてね。

 同志への思いやりがない連中だよね、ぼくとしては面倒が少なくて願ったり叶ったりだけどさ」


 こいつの目的が何なのかわからない。

 おれを殺すのが目的じゃなくて、交渉? これほどのコストを投じて二式家を制圧してみせたくせに、そんなやつの仕上げがこうも冗長過ぎるのは何だ。

 もしかしたらおれへの要求があって、エンデバーはその人質役のつもりなのか。


「まあまあ、そんな警戒しないで?

 ぼくはね、本質的には暴力を目的としたチームじゃないんだ、だから誰も傷つけたくない。

 おっと、わざわざ指摘してくれなくていいよ――ぼくがたくさん殺してきた事実は釈明の余地がないし、でもあれって全部、今日という日のためのお膳立てみたいなものだからさ。

 ところで今のこのシチュエーションって、刑法では二つの解釈ができるってわかるかい?」


 なんなんだこいつは。

 ここで法を語るのか、暴力そのものを突きつけながら。

 こっちが抵抗をためらっているのを知ってか、エッジワースが無遠慮に革靴を高鳴らせて歩み寄ってくる。

 こちらが一切対話に応じないことに痺れを切らすでもなく、エッジワースは淡々と演説めいた呼びかけを続ける。


「――騎士の横暴を止めるための暴力は、状況により容認される。

 あるいは、騎士による市民への暴力は、緊急時において容認される――――ま、どちらも正当防衛についての話さ」


「正当防衛を口にするな…………テロ、リストが…………」


 エッジワースと名乗る、船団史上初のテロリスト。

 一時間前の緊急召集で名指しされたばかりの脅威が、想像をあざ笑うスピードでおれの現実に襲いかかってきた。


「――テロリスト。

 そう、なぜなのかぼくはテロリストということになっているよね!」


 ところが、おれ相手にもぬけぬけと言い放ってみせたエッジワースの顔が、奇妙なほど取り繕った作り笑いに染まっていく様を見せつけられる。


「たった五人の騎士階級に支配されたぼくたち船団の社会は、じっさい民主的な体制が取られていない。

 だからそれに異を唱える人間が登場すれば、自動的にテロリストとみなされ社会から抹殺されてしまう!

 ファシズムそのものじゃないか!」


 さも理不尽な現実だと嘆いてみせたテロ首謀者が、理不尽な銃口を差し向けよと指揮者気取りで合図した。


「我らが〝神〟なる〈ロータス〉は、人類社会の政治には介入しない。

 〈ロータス〉はね、人類ぼくたちのことは人類ぼくたちにすべて決めさせてくれるんだ。

 さあ二式スカラくん――きみもさっさと決断したまえ」


 銃口が一斉に鎌首をもたげ、暴動鎮圧銃の作動音が斉唱を奏でる。

 それら銃口が狙いすました先は――地を這ったまま苦しみ続けているエンデバーだ。


「や………………やめろ――――――ッ」


 なんだ、この喪失感は。

 勝手に湧き出てきた悪い予感が意識を塗りたくり――瞬く間に理性が臨界点を越え、


起動boot――行使権有効化activation――――ID2――……」


 騎士紋のトリガーを引き、衝動的に〈魔剣〉ID2を起動させていた。

 十五秒。

 長さ六〇センチあまりのコンパクトな打刀型デバイスが、同化した二式スカラの体内から瞬時に物質化して、その手にずっしりと収まる。

 これは訓練じゃない。

 〈魔剣〉を騎士以外に行使する日が来るだなんて。

 両手で水平に構え、銃口の標的となったエンデバーの前へと躍り出る。

 十四秒。

 望まない戦闘衝動を呼び起こされたのは、それでも二式家の日常を日常のままでいさせてほしかったから。

 エンデバー自身が先刻この肉体に火を入れてくれていた名残が、逃げ出したい衝動を皮肉にも押し止めてくれていた。

 だが――――――


「やった! 一般市民相手に〈魔剣〉を起動させてくれたんで正当防衛の法的根拠が成立しちゃったね!

 さてさて、残りの〈魔剣〉四基で計六〇秒間――息をのむような一分を持ちこたえる備えが残念ながらぼくたちにはあるんだけど

 ――二式くんはこのまま続けてしまって構わないのかい?」


 想定内だったとはいえ、〈魔剣〉の欠点を対策済みで挑んできたつもりらしい。

 十二秒。

 周囲の敵影から可能性を逆算する。

 居住区の治安維持隊以上に統率された兵士たちは所属不明だが、エッジワースが単独犯だとするなら、エンデバーが教えてくれたとおり、こいつらも生身の人間じゃない。

 だからこそおれ相手にも的を外す間抜けはやらかさないだろう。

 そしてメルクリウスとはいえエンデバーは生身で、しかもエッジワースによって自由を封じられてしまっている。

 連中が持ちこんだのが禁制の致死性武器とは思えないが、肉体への損傷は免れないことを踏まえれば。


「……十秒間、待ちます。撤退しなさい。

 この〈魔剣〉ID2の摂理侵犯シンギュラリティ・バーストなら、……こいつが床に着くまでにひとり残さず倒せる」


 足もとに転がっていたエンデバーの訓練用デバイスを、ホール上空高くへと投げ放つ。


「六〇秒も待たない。手加減も、できない」


 十秒。

 回転しながら照明を受けギラつく訓練用デバイス――放物線を描きながら向かってくるそいつを他人事のように目で追うエッジワースが、配下たちに制止の合図を送ると、


「なるほどなるほど、摂理侵犯――〈魔剣〉によって放つ例の必殺技みたいなやつだね。

 現実の物理現象すら覆してしまうっていう、〈ロータス〉由来の異能テクノロジーの結晶!

 ゲームにしてもあまりにチートすぎて、正直イカしてる!!」


 〈魔剣〉行使による最大脅威への警戒をようやく見せた。


「それ以上しゃべらないで。

 撤退を行動で示さなければ斬る――――残り五秒だ」


 摂理侵犯とは、エッジワースの理解に相違なく、大ざっぱに解説すれば〈魔剣〉各々に設定された固有リミット技だ。

 摂理をねじ曲げるほどの現象を現実に及ぼす――故に摂理侵犯などと恐れられ、騎士が〈魔剣〉行使者としてこの世界に君臨してこられた本質そのものだ。

 ID2が宿す摂理侵犯〈揚羽残鞘アゲハザンショウ〉は、抜刀から鞘に収めるまでの時間軸フレームを自在に改ざんできる異能力だ。

 エッジワースがこのまま撤退行動に移らないなら、ID2の最後の一秒で全員を同時に斬り捨てる――それで大量虐殺犯エッジワースの人生は閉幕だ。

 三秒。

 睨み合い拮抗する二つの意志の境界線上を、平等にこぼれ落ちていく時間。

 その残酷さを前にしたエッジワースは、さすがに額に汗を浮かべつつも、何のつもりなのかその場を動こうとしなくて。

 ――こいつ、いったい何を考えてる。

 ただの自殺願望者なのか。

 ただ判断力に欠けてるのか。

 三下悪役気取りで登場した連中なのに、徐々に異質性が浮き彫りになってきた気がして。

 何故なのかこちらの要求を受け入れる素振りを見せないテロリストを前に、二式スカラの意識領域内で〈揚羽残鞘アゲハザンショウ〉の発動トリガーがジリジリと引き絞られていく。

 一秒――――カラン、と床を跳ねる訓練デバイスの宣告。

 その瞬間、強烈な衝撃を腹部に受けたおれ自身が、上空へと吹き飛ばされていた。

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