第8話 【二式スカラのレポート――06/14/21:17】
お尻の谷間にある訓練不可能な部位を突かれたおれは、エンデバーからの容赦ない
いにしえの格闘ゲームなら、きっとケツからぷしゅーと煙が出ている負けグラフィックが用意されたことだろう。
死ぬほど痛くて、うずくまったまま呻き声すら出せない。
でも妙だな、さっきの判断ミスが命取りにならなくて、こんなタチの悪い冗談みたいな攻撃で済んだのは何故? 最初からおれを殺すのが目的じゃなかった? エンデバーが操り人形にされたなんて脅してきたのも冗談って意味だったらいいな。
「……つっ………………――?! な、なに……どうしたの、エンデバー――――」
ところが一向に反応がないエンデバーに、違和感から飛び起きてみれば。
具合が悪そうに膝をつくエンデバーに、気付けたのは今だ。
すぐさま駆け寄って、状態を知ろうと肩に触れる。
だが、彼女は自らを支える意志を失ったかのように、崩れ落ちて床に横たわってしまった。
「……もうし、わけ……んデバー、誤主人様……への、報告が遅れ……て……ました。
屋敷内……に不法侵入、者、十五……にん……」
途切れ途切れのメッセージ。
外敵の侵入を許したと、確かに言った。
彼女からの告白に、鼓動が跳ね上がり全身に緊張が走る。
「もうしゃべらないで、エンデバー……絶対に助けるから――」
苦しそうなエンデバー。
引きこもりのおれなんかに任せられないから、彼女が命がけで外敵を阻止しようとしてくれてる――そんなことくらい、おれだって理解できてるつもりなのに。
思考すべき順序がまとまらない。
理屈は後回しだ。
なのに、彼女を抱き起こそうとしたところで、思わぬ抵抗にあってしまった。
伸ばした手をつかみ取られた直後、踵で思い切り蹴り飛ばされてしまった。
咄嗟でガードしきれなくて、宙に浮き上がったおれはリング外へと弾き出される。
「い……て……そ、そこまで触られるの嫌がってる状況じゃないだろ、エンデバーってば」
触れられるのを拒否されたわけではなく、彼女の判断だったのを遅れて理解することになる。
「エントランス、食堂、寝室、のきなみ
CQB……突入用の銃器で武装……治安維持局の電子迷彩兵に偽装した、所属不明の武装集団――生体反応からして人間ではありません。
エッジワースの支配下にあるものと推測……」
この屋敷には、いわゆる総合防衛システムが備わっている。
自動機械を統括して、外敵を排除してくれる便利システムだ。
流入物を遮断する隔壁や、対人トラップ、それに小型攻撃ドローン群。
それらがエッジワースからのハッキング攻撃に無効化されたって言ってるんだ。
それら防衛システムを統括するのが、メルクリウス・エンデバーという最上位管理者だ。
「エンデバー、見こみ外れ……マスター……ここを最終防衛ラインにするための作戦……墓穴。
ハッキング攻撃を阻止できず申し訳ありません……これ以上エンデバーに近づくのは、危険。
抵抗できている今のうちです……〈魔剣〉でエンデバーを、無効化して……はやく――」
床にうずくまったまま呻き続ける彼女は、エッジワースに最後の抵抗を続けているという意味だった。
電子戦について教科書以上の知識なんてないけれど、二式の防衛網どころかメルクリウスの思考システムにまで介入してのけるのが、エッジワースという敵の本質だと思い知らされる。
どうしたらいい、早く考えろ。
このままエンデバーを死なせる選択肢なんてない。
敵の狙いは何だ。
エッジワースはテロリストだ。
奴は騎士じゃないから、おれから〈魔剣〉を奪う意味がない。
なら、おれを殺すことが目的なのか? 殉教船団を実効支配する五大騎士家を仲違いさせ、革命でも起こすつもりで。
「――――やあやあ初めまして、二式スカラくん」
その時、やたらと演技じみて手を叩く音が耳を打って、訓練場の出入り口に意識が促される。
背に浴びた眩むような外灯を遮るように、一つの人影が佇んでいる。
飾りっ気も何もない、ビジネススタイルの男だ。
着崩したヨレヨレのシャツに、無軌道に撫でつけた赤ら髪、戦意のかけらもない無精髭の面構え。
今どき珍しい眼鏡をかけている。
とても侵入者当人とは思いがたい緩慢さで堂々とあゆみ出ると、それを打ち消すようにホール天井側から無数の人影が降り立った。
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