第7話 【二式スカラのレポート――06/14/21:15】
我が二式家の邸宅――昔風に言うなら〝屋敷〟と表現して差し支えないこの巨大居住ブロックに、おれはエンデバーと二人きりで暮らしている。
敷地内の離れには二式の先代が残してくれた多目的ホールなんてものも建てられていて、一〇〇メートル四方はあるこの広大なホールは、騎士の訓練施設としておれが小さいころから慣れ親しんできた場所だ。
で、そのど真ん中に今おれはぽつんと立っている――戦闘用スキンスーツ一枚きりという薄着で。
「――あの、ここすごく寒いんですけれども。
どうしてここに連れて来られたんですか、おれ」
もう問うまでもないってわかっていたけれど。
アラート音は鳴り止みそうにないから。
おれをこんなところまで力尽くで引きずりこんでくれたエンデバーは、おれと同じ肌にぴっちりと張りつく戦闘用スキンスーツをまとっている。
さっきの潔い脱ぎっぷりは、紛らわしいことにこいつに着替えるためだったらしい。
剥ぎ取られたおれのシャツもいまごろ自動洗濯機の中である。
「誤主人様がそんな軟弱っぷりでは、これから立ち向かうべき苦難を乗りこえることは不可能ですね。不可能。
この愛らしくも儚げなエンデバーが一肌脱いだ時点で襲いかかる勇気も出なかった似非ロリコン野郎が」
不可能と二重に畳みかけられた挙げ句、謂われなきロリコン認定。
「あなたついこの前まで自分の胸がぺたんこなのはメルクリウスの機能美だからみたいな論調だったじゃないですかナニ思いつきで設定ひっくり返してんですかっ。
まあ個別には反論はしませんけども――大切な家族であるおれに対して色々とひどくないですか?」
というか、プロポーションが華奢なエンデバーは単に胸部の抑揚が省かれているだけで、スキンスーツ姿を眺める限り、くびれたお腹からお尻を経て太ももにいたるまでの造形は成熟した女性のそれだ。
大きな瞳に人間よりも一回り小さいスケールのせいで、子ども扱いされるのは否定できないけれど、顔立ち自体はちょっと大人びているし。
「――まだ理解していないようならぶっ飛ばしますけど、かしこくかわいくたのもしいこのエンデバーさんが選んだ最終防衛ラインが、このホールです。
誤主人様が敵を迎え撃つのには、ここが最適解であるとエンデバーが判断しました。
シチュエーションはエンデバーがなんとかお膳立てして差し上げましたので、あとはご自身の力でなんとかしやがりなさい」
などと息継ぎなしにまくし立て、手にしていた訓練用の刀剣型デバイスでゴチンと床を突く。
いくら軟弱な主人だからって、本質的に魂を持たないメルクリウスからそんな熱血根性論をぶつけられるのも勘弁してほしいのだけれど。
「繰りかえしますが、現在の誤主人様が抱えておられる問題は二つ。
一つ目は、対人恐怖症ですね。
このエンデバーにはよくもまあベラベラとウザいくらい口答えできるくせに、何ですか先ほどの夕神ユウヒ様へのビクビク、キョドキョドした態度は。
思いがけず好きなあの子と指先が触れあってしまった勘違い童貞野郎ですか」
「――プライベート覗くのやめてください!
……エンデバーはいいんだよ、だって君はあくまでロボットみたいな概念だから。
そりゃあ言動は酷いけど、どんなことがあっても君は自分の役割を放棄したりはしないもの」
……めちゃくちゃ半目で黙殺されてしまった。
言い方をマズった、かも。
「まあ、そちらはいいです。
問題の二つ目は、我が二式家の当代騎士としてのお役目を放棄されていること」
そう言うと、エンデバーは自身のしなやかな体躯を背面側に折り曲げ、これ見よがしに連続バックフリップを決めてみせた。
うわ、超旧い地球映画でダリル・ハンナが演じるレプリカントのあのシーンみたいでちょっとキュンとしちゃったんですけど?
「あの水剱の坊ちゃまをブン殴りたい衝動にはこの温厚にして平和主義者なエンデバーも同意してしまいますが、それはそれとして水剱の坊ちゃまの主張自体は正当なものです。
〈魔剣〉の半数を手にした英雄候補者とあろうお人が、なぜ志半ばで英雄の道を諦めたのか」
バックフリップできっかり二〇メートルの間合いをとったエンデバーが、その場で軽いストレッチをはじめる。
敵・エッジワースが今にも攻め入ってくるというのに、これって加勢してくれないアピールなんじゃ……だったらマジで泣きそう。
お説教を切り上げてくれるつもりもないみたいだし。
「――さて、ここでエンデバーという強敵を倒すことができれば、ゲームクリア――誤主人様はかのエッジワースにもあっさり打ち勝つことができるでしょう。
逆にエンデバー相手に少しでも判断を誤れば、即ゲームオーバー。
誤主人様はエンデバーという師を越えられず、表舞台を退場する結果になる」
さも何でもないことのように言い放つと、問答無用で刀剣型デバイスを――抜いた。
それも、迫りくる外敵に対してではなく、このおれに向けて。
「…………あれ……な、なんのつもりなのかなエンデバー、さん……?
この期におよんで戦闘訓練なんてやってる場合じゃ……」
いつも師匠づらしたがるだけあって、たしかに引きこもりのおれの体が鈍っていないのはエンデバーとの戦闘訓練のおかげなんだけど。
でも、さすがにこの状況で空気が読めない行動を取るメルクリウスじゃないはずなのに。
「なお、今この瞬間より〈魔剣〉実機の行使を躊躇わないように。
このエンデバーを殺すつもりで立ち向かってこなければ、死ぬのはご主人様ですので――」
鞘に収まっていた刃がさらけ出される。
刃といっても、光学仕掛けのイミテーション。
「…………え……死ぬ…………って……??」
死ぬ――って、確かにエンデバーは言った。
彼女がここでおれに何を求めているのか、咄嗟には理解できなくなってて。
「簡潔にしか説明しませんので即断してください、誤主人様。
メルクリウスの行動管理サーバーへのハッキング攻撃が成功、メルクリウス・エンデバーがエッジワースの操り人形にされるまで残り一二〇秒。
自死行動プログラムまで
……手遅れになる前にエンデバーを、確実に仕留めなさい」
なにを言っているのか――本能で理解する。
彼女の抜いた刃を認識した瞬間、自分の中の何かが切り替わった音がして、エンデバーに対する戯れ言めいた感情など消し飛ばしてしまった。
「
反射的衝動から、おれ――いや、二式スカラは〈魔剣〉ID11の起動トリガーとなるコマンドを口ずさむ。
右手薬指の騎士紋に封印されていたデバイスが物質化され、小太刀型のID11が右手にずしりと携えられるまで一秒を待たない。
カウント開始――十五秒。
〈魔剣〉固有の十五秒制限が、デバイス連動した網膜下端末上で死の宣告を刻み始める。
小振りなID11を両手で構えた二式スカラが、わずかに湾曲した切っ先をエンデバーへと突きつける。
「――いいチョイスです。
お気に入りのID2は温存すべきでしょう。
ただ出し惜しみはいけませんよ、相手はヒトを上回る身体能力と判断能力を兼ね備えるメルクリウス。
エッジワース自身が弱っちいから、強いエンデバーさんを武器に利用したにすぎない。
だから本気で立ち向かってこなければ、誤主人様だって怪我だけでは済まされない」
――十二秒。
エンデバーのお説教じみた言葉の一字一句、理解する余裕なんてなかった。
どうして君と殺しあいしなきゃならなくなった? おれはどこで何を間違った?
けれどもカウントが始まってしまった。
この十五秒制限は、ぼっちなおれじゃキャンセルできない。
「ほら、やはり顔つきが変わりましたね。
そんな緩みきったお顔からでも瞬時に発露される戦闘意欲が、どうして人間相手にはまったく無能になるのかエンデバーにはずっと疑問ですが」
本来なら、騎士は二人一組でパートナーを組むのが原則だ。
〈魔剣〉の十五秒リミットをリセットすることができる唯一の手段が、騎士同士の騎士紋の
当然、こんなおれにパートナーなんているはずがない。
だから、保有する六基の〈魔剣〉を段階的に起動して九〇秒間をしのぐ戦法でしか勝ち得ない。
つまり敵に九〇秒を持ちこたえられてしまったら、イコール敗北。
五大騎士家最大の〈魔剣〉保有数が、二式スカラの敗因にもなり得るということ。
でも、こんなのが最後の別れになんてしたくない。
君にいてもらわなきゃ何もできないおれは、これからどうやって生きていけばいいの。
いつも毒舌な君だったけれど、君の存在がおれにとってどれほど救いになったことか。
「――君はいつも身勝手だ。
ちゃんと説明してもらうからね、エンデバー」
軸足で床を蹴った。
投影映像で演出された仮想リングの対岸――二〇メートル先のエンデバーへと間合いを詰める。
――十秒。
エンデバーがデバイスを水平に構えなおした。
向かい来るこちらの攻撃を受けるつもりはないらしい。
カウンターのような小細工なしに、あちらから先手で――来る。
「エンデバーにはそんな怖いお顔を見せられるのに、人間相手に〈魔剣〉を振るえなくては騎士を名乗るのもおこがましい。
誤主人様にはメルクリウスと人間の違いがそんなに重要なのですか」
――九秒。
横薙ぎに振るわれるエンデバーのデバイス。
勢いよく踏みこんできたスカラに対して、伏せるか跳躍かの二択を迫る大ぶりの一太刀。
ID11で威力を相殺しつつ、すんでのところで回避する。
「――エンデバーが創られた存在だから、ですか?
メルクリウスが自動調理機やお掃除ドローンと同じ〝自分の思いどおりになるモノ〟で安心できるから、人間とは違って怖くない」
――七秒。
止まらない戯れ言。
こちらの動揺と時間切れを誘っているのか。
だとしたらエンデバーは本音をさらけ出してくれてるわけじゃなくて、既にエッジワースの支配下に置かれているのかもしれなくて。
「笑えてきますよね、人間と何も変わらないのに。
愛らしくも儚げなエンデバーはご飯を食べて排泄も睡眠もしますし、相手を選んで態度をコロコロ変えますし、ひとりの人間に愛情を注ぐことだってあります。
エンデバーの体内がどれほど熱を帯びているのか、あなたに直接確かめさせてあげたかったくらいです」
――五秒。
露骨にお腹をさすってみせる仕草が悪趣味すぎる。
感情がひどく掻き乱される。
それに気を取られた直後、ノーモーションで繰り出される横薙ぎの刃――このまま跳躍してかわすのは罠か。
身動きのしようがあるだけ分があると、姿勢を低く落とし、床に手を付いて踏みこむ勢いを止めない。
――三秒。
振り抜かれた刃を頭上をかすめ、エンデバーの懐に入った。
ショートレンジ型であるID11の間合いだ。
「――――――――判断ミス」
刃を完全に振り抜いて、全身の筋を伸ばしきった体勢だったはずのエンデバーの――片脚が人間業では無茶なタイミングで蹴り払われる。
避けられない。
エンデバーの踵がID11を構えていた手にヒットした。
一瞬握力が削がれ、床に転がっていくID11――残り一秒。
それを拾い戻そうと、背後に飛び退く。
判断ミスが連鎖した。
ID11回収を即座に諦め、
「
代わりに二式スカラが保有する二基目の〈魔剣〉――大太刀型のID6を起動させる。
こちらはID2やID11とは異なるロングレンジ型で、エンデバーの高い身体能力を削ぐ戦法へと切り替える。
カウントリセット――十五秒。
否、本当の判断ミスはその先だった。
エンデバーの姿が視界から消えている。
転がっていくID11に意識を奪われた隙を突かれた。
突如として投擲された彼女のデバイスが床に突き立った。
上空へと意識が誘導されてしまう。
「――――――――エンデバーを確実に仕留めなさい、と助言してさしあげたのに」
そう囁かれたときには、背後にかがみこんでいた彼女の手刀がスカラの尻を両断していた。
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