第6話 【月王寺アリルのレポート――06/14/21:00】

 二式家邸宅にぐるりと張りめぐらされた、和式の古代建築を再現した塀――その屋根に腰を落としていたあたしは立ち上がると、模造品の月明かり越しに二式家の全貌を見やった。

 星雲間航行船内の都市環境システムが生みだす夜風に、後ろ髪がさらりとなびいて剥きだしの肩をくすぐってくる。

 鬱陶しいそいつをヘアゴムで束ねてやると、網膜下端末越しに黒猫小悪魔風のアバターを目線で促す。


『――そんでさ、ミッションの算段はどうなの、

 あんたのミッション、ざっくりとしかあたし聞かされてないんだけど』


 網膜下端末越しにそんなメッセージを送りつけてやる。

 この黒猫小悪魔風アバターの名前がロータス。

 ピョコピョコと可愛らしいアニメーションで愛嬌を振りまいてくれちゃってるけれど、見かけ倒しだ。

 こいつにどんな思惑があってそう名乗ってるのかも、アバターの向こう側にいるやつの正体もあたしは知らされていない。

 けれども、〈ロータス〉――つまり殉教船団の存在理由そのものであるかの超頭脳と同じ名前で、そう名乗るに相応の能力まで見せつけられりゃ、不真面目オトメなこのあたしも半分マジに受け取るっきゃない。


「ふむ、敵さんの動きは単純にして明快、ですね。

 この屋敷に配備されている全兵器は、エッジワースのハッキング攻撃ですでに無効化されています。

 そして彼の手駒たちが突入して、物量で二式スカラの〈魔剣〉を使い果たさせる――そういう作戦でしょう」


 チラ付く黒猫小悪魔が、ガキのころからウンザリするくらい見知った少女風ヴォイスで囁きかけてくる。


『ふうん、タチ悪いね、例のエッジワースってやつ。

 二式スカラが保有する〈魔剣〉六基で計八〇秒か。

 そんだけ持ちこたえられる兵隊をけしかけさえすりゃ、いくら最強の騎士相手だって生身の人間に逆戻りって作戦かあ……』


 エッジワース。

 こいつはロータス情報によると、実は居住区政府の元・技術官サマで――ふざけたことに今や五大騎士家にも認知された、船団史上初のテロリスト――つまり人殺しだ。

 それどころか、今やクソッタレな大量虐殺犯で、あたしのスカラをブチ殺しに来てるときた。


「ぶっぶー、残念ながら計算が間違っていますね、じゅうご かける ろく で きゅうじゅうびょう ですよ さんすうが にがてな おじょうちゃん?」


『うっさい、だまれっての』


 馬鹿にしてんのか。

 適切な教育課程を与えられなかったあたしの境遇を哀れめよ。


「さてはて、エッジワースに手も足も出なくなって追い詰められたスカラくんかわいそう……ぴんち……――さあここであなたが颯爽登場。

 物語に相応しいヒロインの出番なのです。

 あなたがスカラくんを誘惑して私たちチームに引き入れる。

 いかがでしょう。

 これくらい手垢の付いたボーイミーツガールこそが、最良のプランと思えませんか?」


 たしかに、そいつは素敵なプランに聞こえた。

 ロータスはこうして奇妙なアバター姿であたしの視界に現れては、なんのつもりなのかあたしを導こうとしてきた。

 でも謎めいた言い方ばっかで本質に触れてくれやしないし、神出鬼没で頼りたいタイミングに現れてくれるわけでもない。

 都合のいいときにだけ現れやがるジョーカー気取り。

 頼りがいのない相棒、というか詐欺師と紙一重、というやつ。


「この屋敷の総合防衛システムは、エッジワースお手製のクラッキングツールによって完全に掌握されています。

 そして二式の当代騎士殿を幽閉してると噂の、騎士家仕えメルクリウスの娘……エンデバーでしたっけ?

 彼女が今回の鍵であり、二式スカラにとってのセキュリティホール――つまり寝首をかかれる弱点となりうるでしょう」


『――……オイふつーに声だして内情ベラベラしゃべってんじゃねえよ間抜け。ブチ殺すぞクソ猫』


 あたしはキレた。

 だってセキュリティホールがどうとか言ってるその口で、この回線自体がエッジワース側に傍受されてるかもしんないのに。

 そしたらあたしの身がヤバいんですけど。


「でもですね、月王寺つきおうじさん…………どうせもうバレちゃっています」


 敵陣に奇襲をかけようとしてる側の指揮官そのひとから、ミッション開始前にしてとんでもない敗北宣言。


「はあッ?! もうバレてるって……これ、突入前からいきなり大ポカって展開なの!?

 ここまで来といて逃げ帰るとか、かっこワルすぎじゃん!」


 ていうか、あたしの名前までウッカリ声に出してんじゃねえよポンコツAI。


「でもでもですね、電子戦術スキルの怪物たるエッジワースですから、防衛システムだけでなく、あらゆる外敵に目を光らせていて当然ですよね。

 こちらの動向なんてとっくにバレバレですよ」


 そう伝えられたのと同時に、あたしの視界をよぎる影。

 物音一つ立てずに屋敷内の庭から光学照準レーザーサイトを突きつけてきやがったのは、エッジワースの手駒であるらしい電子迷彩服の連中だ。


「とにかく、私の担当仕事ジョブはここまでなのです。

 ここから先の力仕事は、あなたご自身の役割ですからね――」


 なんてほざいてくれた黒猫小悪魔風アバターが網膜スクリーンから消え去る。

 毎度の飄々とした態度を装ってくれるけど、突入班こっちの身にもなってほしいんですけど。


「――いよいよ革命前夜ですよ。

 面倒な露払いは私がこなして差し上げました。

 最後のひと仕事だけは、さあ、あなたの出番です。

 大役を任せましたよ、革命の乙女――我らが〈ロータスの騎士〉月王寺アリルさん」


 〝人類の呪いそのものロータス〟がナニを期待してくれてるのか知んないけど、あたしはクソみたいな大量虐殺犯の殺害数キルレートに貢献してやるつもりなんてさらさらない。

 でも、願ってもないこのシチュ、せいぜい利用させてもらおっか。

 あたしは今夜というチャンスをずっと待っていたんだ。

 大量虐殺犯を踏み台にしてでも、あたしは彼の元にたどり着かなきゃなんない。

 あたしの存在理由を賭けて、この場に立ったんだから。

 手を月明かりにかざして右薬指の騎士紋を眺めながら「プレッシャーかけんな」とあたしは吐き捨てた。

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