第5話 【二式スカラのレポート――06/14/21:01】

 うんざりさせられるアラートの無限ループ――それを一瞬で上回る轟音に激震、寝室の分厚いドアがブチ破られるのが同時だった。

 分厚い合金製の電子式スライドドアを一撃でひしゃげさせた元凶が、のそりと寝室に姿を現し上体をもたげる。

 ショートして焦げ臭い煙が立ちこめる中、黒いシルエットから浮かび上がってきたのは――いつの間に駆けつけてくれていたのか、二式家専属メイドさんのエンデバーさんだ。


「…………スケジュール外の実力行使大変もうしわけありません、緊急事態だと判断したので突破しました。

 ですが、お掃除するときにこのエンデバーが困るので、無断でドアをロックしないでとあれほどお願いしていたのに。

 ひとりえっちを見られたくらいでなんですか、学習能力ゼロなのですか、我が家の主人様は」


 衝撃の巻き添えで吹き飛ばされていたおれ、尻餅をついた痛みと耳なじみのある毒舌とで我に返る。

 なんだかとんでもない発言が含まれてた気もするけど、粉塵にむせるので精一杯だ。


「げふっ――――けふっ――――あ、あの、エンデバー……さん? たしかにこの上ないほどの緊急事態だけど……これじゃどっちがテロリストなのかわかんないから。

 さすがにここまで過剰な救助活動はお願いしてない……」


 床に散らばる瓦礫の一部と化していたおれ相手に、上から蔑み目線を送り付けてくれる色素の薄い少女――エンデバー。

 短めなスカートの裾あたりまで届きそうな純白のロングヘアーは、さながら白鳥めいた印象を放っている。

 船団データベースにしか記録されていない、あの真っ白で綺麗な鳥だ。

 あまりに精巧すぎる顔だちからのぞく冷ややかなまなざしは、とても人間のものとは思えない――というか、この子は実際に人間じゃないんだけれど。

 このエンデバーは、おれたちにとって神に等しい存在システム〈ロータス〉の異端技術によって創造された、いわゆるヒトの人工種――メルクリウスのひとりだ。

 おれはこのエンデバーと二人でこの屋敷に暮らしている。

 各騎士家に一名ずつ配属される決まりのメルクリウスたちは、専属メイドとして仕える騎士の生活をサポートするだけじゃない。

 ヒトを超越した身体能力をもって、単騎ではたったの十五秒間しか〈魔剣〉を行使できない騎士のボディーガード役までもこなす万能選手なんだ。


「そんな、愛らしくも儚げなこのエンデバーに過剰なご奉仕を要求するなんてうちの誤主人様は性的にも人格的にも最低ですね人権侵害やめてもらえませんか気持ち悪い」


 古代文明の遺産でしかないアキバ系サイバーゴスロリメイド服に袖を通すエンデバーは、法的には扶養者にあたるおれへの嫌がらせでこんな恥ずかしいファッションを貫いているらしい。

 だいたい、いつもいっつもぱんつがチラ見えしてしまうポーズで、上からの絶妙角度から冷ややかに見下してくれるエンデバーさんなのだ。

 絶対計算ずくで、おれを罵るためにやってるよね。

 ひどいメイドさんが配属されたものである。

 船団史上初のテロリストとやらが今にもおれを殺そうと迫り来てるのに、なんだかテンション狂うなあ。


「いいからエンデバー、散らかった床、掃除してほしいんだけど。

 ドア――はもう手遅れですよね。

 シャツも汚れちゃったから洗濯してもらいたいし、あと状況報告」


「――えらー、こまんどがりかいできません。

 誤主人様が情けないせいでこんなクソ展開になったのは紛れもない事実ですから、愛らしくも儚げなエンデバーを先に逃がして最後まで勇敢に戦い抜くのが二式の当代騎士としての務めではないのですかそれしか進む道はありませんものね」


 まあ、この子の口が達者なのは常日ごろのこと。

 おれのスルースキルも手慣れてきたものだ。

 対人恐怖症をわずらった今のおれでも、この子相手なら平気なのが唯一の救い――まあ言い方が厳しすぎて泣けてきてしまったんだけど。


「メソメソするな。

 仕方ないので状況報告してあげますが、エッジワースと思しき複数の武装勢力が当屋敷を完全包囲した模様です」


 解説通りの映像が、エンデバーのジェスチャーに応じて空中投影されていく。

 屋敷の見取り図上に赤色プロットされる動体反応。

 ただ、その個体数が十や二十どころではなくて。


「お、多くない?

 そっか……エッジワース自身は騎士でもなんでもない一般人だけど、凄腕ハッカーみたいなスキル持ちだから、自動機械を操って人間を攻撃する、って……」


「想定済みです。

 通称〝エッジワース〟とは組織ではなくあくまで人間個人であり、当該人物が生身の人間を信用しないからこそ、これまで正体不明のテロリストである状況を維持できました」


 今度はエッジワースのプロファイル情報を羅列してくれるエンデバー。


「素顔どころか船員番号、年齢、性別も特定できていないテロリスト・エッジワースは、その驚異的な電子戦術スキルの高さから、船団中核のデータベース操作を熟知している人物――たとえばネットワーク管理に携わっていた元エンジニアではないかとの疑惑がかけられています」


 エンデバーが補足してくれる。

 運動能力だけじゃなく人間を越えた演算能力を持つメルクリウスだから、参謀役として振る舞う姿も様になる。


「……市民への被害は?」


 当代騎士として真っ先に心配すべきことを、ようやく口にできて。

 これで満足しちゃいけないんだけど。

 自分の中の優先順位がごちゃごちゃになっている。


「当・二号艦の治安維持局への通報や被害報告は、現時点で確認されていません。

 居住区のライブ映像もリアルタイムで監視中ですが、二式家への侵攻に全リソースを注いでいるものかと」


「……よかった……けど、最悪の戦況だ。

 エッジワースとの前面衝突は避けられないの?」


 可能なら、生身の一般人を相手に〈魔剣〉を行使する事態はご免だ。

 これは騎士としての哲学みたいな格好いいやつじゃなくて、まずリアル他人と接触したくない一点なんだけど。


「当屋敷の総合防衛システムは、侵入者に対する迎撃準備を完了しました。

 敵勢力に現時点で動きはありませんが、ネットワーク経由で当システムへの電子攻撃クラッキング開始を確認。

 現在エンデバーが反撃を試みていますが、現時刻より三〇分以内に計算負荷が許容を越え突破される見込みです」


 ――つまりはおれとエッジワースは前面衝突不可避、という意味だった。

 なけなしの希望すら打ち砕かれた。

 英雄候補でも最強の騎士でもなんでもないおれが、船団全土を恐怖に陥れたやつと直接対決しろって――。


「――今さら戦えなんて無理だ…………だってこんな、人間同士で殺すとか…………なんの意味があるんだ……

 ……何が得られるって言うんだ…………殺し……たくない……逃げたい……死にたく……ない……」


 わけもなく込み上げてくるこれは、馴染みのあるあの恐怖心。

 どす黒い感情。

 もう死にたくない。

 痛い目に遭いたくない。

 たとえ自分が絵に描いたような完全無欠のヒーローだったとしても、最後に笑っているのがおれだったとしても、そんな結末なんて――。


「――えらー、誤主人様の言動はエンデバーには理解不能です。

 ですが、現実世界で受けた苦痛やストレスを運動などの代替行為によって緩和・軽減されたいのでしたら、このエンデバーに理想的な提案があります」


 今にも砕け散りそうなおれに想定外の解釈をしてくれたこの子ってば、どうして突然エプロンを外しちゃったの!?

 それどころか、何やらワンピースの背中にあるチャックを降ろしはじめたし。


「あの…………突然ナニ予測不能な行動しはじめてるんすか、エンデバー……さん?」


 おれが情けないせいでメンタル壊れちゃったわけじゃないですよね? いつもと変わりない冷淡な表情のまま、メイド服の上だけをババーン! ――と気合い一杯はだけてみせて。

 で、普段からブラなんて付ける習慣がない彼女であるから、おれの眼前にさらけ出されたそれはエンデバー嬢の、男の子そのものの真っ平らな乳房だ。


「――――ちちち、痴女か君はっ!」


 とんでもない大事故が目前で起きている。

 勃発してしまっている。

 性的ハラスメントはメルクリウス相手であっても船団法において重罪だ。

 自己保身のため音速の手つきで両眼をふさごうとするも、今度はエンデバーが音速の手つきでそんなおれを羽交い締めにすると、


「あっ、やめて……ひどい、君というロボにはロボット三原則とかないのか!

 アシモフ博士が泣くぞ、かけがえのない大切な主人に対してこんなひどい仕打ちもうやめてくださいっ」


 音速の手つきでシャツのボタンを外され、上半身裸の不審者にされてしまうのだった。

 そんなおれの背にぴったりと身を寄せてきたエンデバー、うっすらと発汗した皮膚越しに伝播してくる彼女の鼓動。

 やばいって。

 乱れ気味の呼吸混じりに、さらにこう囁くのだ。


「……生身のエンデバーをロボゆーな。

 さあ、エッジワースの野郎をねじ伏せる前の軽いウォーミングアップです。

 思う存分、このエンデバーとカラダをぶつけ合いましょうね、誤主人様」


 艶めかしい吐息を織りまぜたそれが、おれには死刑宣告にも聞こえた。

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