第3話 【二式スカラのレポート――06/14/20:31】
『――警告。 一分以上ユーザ操作が行われなかったため、
ユーザーアカウント〈二式スカラ〉との
席に着いて、リラックスした姿勢で――』
そう耳元で囁いてくる女の子の音声案内は、おれの拒絶感なんておかまいなしの冷たさだった。
目蓋を開いた次の瞬間、おれの網膜に埋めこまれた網膜下端末が映し出した光景は、うんざりするほど見慣れた会議室のものだった。
視界の半分を占める巨大な円卓。
時計盤を模した卓上越しに人影が二つ、こっちに上体をのぞかせている。
電子的に再現された仮想空間でしかないここに、無理やりログインさせられてしまった二式スカラ――つまりおれが今まさに陥っているこの状況というのは、おれを強制ログインしてくれた
寝室にいるはずのない連中とわざわざ顔を突き合わせるだなんて、引きこもりのおれにとってはそれだけでも重圧による過度のストレス。
挙動不審どころかまともな会話自体が無理。
『――ふん、緊急会議だって伝えてあったたよね? 自分の部屋に引きこもってながら遅刻してくる神経ってどうなの、二式スカラ。
この僕が力尽くで蹴飛ばしてやんなかったら、ビビっちゃって会議室にすら入ってこれなかったんでしょ?』
赤色アバターのほうが少年の声で吐き捨てる。
こいつは
おれたちの社会を仕切る五大騎士家――その一翼である水剱家の当代騎士だ。
水剱家のトップとはいえ、まだ変声期ごろのあどけない声。
けれどもこいつの相手を見下した言い草には、やはり騎士家当代としての威圧感がある。
だから今の臆病なおれには何も言い返せなくて。
『……張り合いないなあ、なんか言い返すくらいしてみなよ? まったく、騎士家の緊急招集をトンズラ決めようとしたどころか、いまだに顔すら満足に合わせれないなんてね。
相変わらずの腑抜けた臆病者ぶりだよね、二式家当代にして
キザナの言う緊急召集とか緊急事態というのが何のことなのかはわからないけど、こいつに揶揄されているのだけはわかる。
おれ以外がアバター表示になっていて素顔が見えないのも、直接顔を合わせることすら怖くて耐えられないおれが映像を切っているせいだから。
この場で応じるべき台詞が消し飛んでしまって、それでも何とかしなくちゃという焦りばかり喉元までこみ上がってくる。
「……………………あ…………ぅ………………っ……――――」
結局おれには何も言い返せなかった。
何ひとつ、言い返せなかった。
『――言葉を慎みなさい、水剱君。せっかく二式君が出席する気になってくれたのに』
涼やかな女性の声で反論してくれた青色アバターは、
二式家や水剱家に同じく、五大騎士家の一翼である夕神家当代・夕神ユウヒだ。
『大きな前進じゃないですか、二式君がこの席にいてくれるんだもの。
なのにそんな乱暴に応じてしまっては、みなの関係を悪化させるばかりじゃない。
それを理解できるわたしたちだからこそ、全人類の命運を託された、立派な騎士でいられるのでしょう?』
口調はあくまで穏やかだったけれど、力強い言葉づかいで。
夕神さんは調和を重んじるひとだから、多分おれを庇ってくれたのだと思う。
そう決めつけるとちょっとだけ胸のつかえが取れた気になれたけど、結局は駄目なおれをオブラートに包んでくれているだけに思えてしまったから、やっぱり息が苦しくなってきて。
『ふぅん。なんか言ってること正論風味で薄っぺらだなあ、夕神家のお嬢センパイは。
まあさ、
二式スカラほどの〝英雄騎士様〟なら、率先してリーダーシップ、とってくれんでしょ?』
これは一体何のための召集なんだ。
臆病者で情けないおれをつるし上げたいだけなのか。
そんな不平を声に出す気力すらない。
ここで声を上げたところで無意味なことくらい、もうわかりきっていたから。
「…………本題……はやく、してくれないか」
でも、今のおれに絞り出せる精一杯の声は、たったこれだけだった。
おれたち五大騎士家の緊急召集。
それは、おれたちが暮らす世界そのものを乗せたこの星雲間航行船団――通称〈殉教船団〉を今まさに混乱に陥れている、船団史上初のテロリストについてだった。
『――コロニー船一号艦・居住区西ブロックで起きた、先週の爆発物テロの件。
その次のテロをほのめかす犯行予告らしきメッセージが、わたしたち五大騎士家に宛てて発信されました。
今朝未明です。
連続テロ事件の首謀者・エッジワースと目される人物から発信されたものである確率が八〇%を越えていると、夕神家の管理AIは推論しています』
これはテロリスト本人からの正式なテロ予告だと見て間違いないでしょう。
青色アバターの夕神さんが、丁寧な物腰で現状報告してくれた。
船団史上初のテロリスト・エッジワースの出現は、平穏を約束されていたはずの船団市民を震撼させることになった。
そして奴が引き起こした一連のテロ事件は、ここ一年以上も自宅に閉じこもってきたおれですら、メディア経由で経緯を目の当たりにするほどの騒動になっている。
ありとあらゆるクラッキング犯罪によってもたらされる社会システムの混乱。
暴走事故を引き起こす自動機械たちへの不安。
かと思えば旧世界ばりのドラッグ取り引きをよみがえらせ、下層居住区の治安状況はいまや最悪。
なのに手をこまねくばかりの治安維持局に、社会の分断は加速し続けている。
そもそもエッジワースとは何ものなのか、その正体を突き止められたものはまだいない。
社会に向けた奴からのメッセージと、テロの凄惨な結果――たったそれだけが、おれたちが目のあたりにできるエッジワースの全てだ。
そんな状況下で繰りかえされる無差別爆殺テロは、無力な市民を絶望的に震え上がらせている。
エッジワースのテロ行為は、市民の命を奪うものばかりだ。
犠牲者は今月に入って、遂に百人を超えてしまった。
ただ語弊を恐れずに言うなら、船団における犯罪の取り締まりはあくまで治安維持局の管轄であって、おれたち騎士が介入するのは筋違いという現実を忘れてはいけない。
だからエッジワースが五大騎士家にメッセージを送りつけてきた時点で、厭な予感しかしなくて。
『――さてさて、船団史上最悪の犯罪者エッジワースが、どうして僕たちにメッセージを宛てたのか。
どうして治安維持局じゃないの?』
キザナのどこか嬉々とした口調のせいで、おれは陥れられたんじゃないかって不安が込み上げてきて。
そんな不安は、夕神さんの継いだ言葉によって決定的なものになった。
『……二式君、端的に伝えます。
今回のメッセージは、エッジワースから五大騎士家に向けた宣戦布告です』
動揺を押し込めるような声の彼女を、この時ばかりは気づかう余裕すらなかった。
これまでテロの目的をいっさい明かさなかったあのエッジワースが、おれたちを標的にすることを初めて表明したんだ。
騎士を攻撃する敵と見なした――つまり騎士の〈魔剣〉が人間同士の殺しあいに持ち出されるという、最悪のリアルを意味しているわけで。
「せ……宣戦布告……って。
エッジワースは……その、奴だって一般市民じゃないのか。
い、一般市民と騎士で殺しあいをしろってことなの…………無茶苦茶だよ、そんなの」
そもそも〈魔剣〉はヒト相手に向けるための武器じゃない。
騎士が守るべきものは人類という枠組そのものであり、騎士が立ち向かうべき敵はもっと強大な
『エッジワースから送られたメッセージを共有します――』
疲弊したような夕神さんのアバターがフェードアウトするのと引き換えに、円卓中央に浮かび上がるスクリーン。
〝さて、今回ボクは五大騎士家の当代騎士を一名、抹殺することにした。
そしてまことに急務ながらスケジュール都合で、作戦決行は今夜しか空きがないようだ。
だから死んでもらう当代騎士を誰にするのか、明るいうちにその会議室で決めておきまえ――極めて民主的な議決によって、ね〟
一文字一文字、空中に揺らぐそのテキストに目を滑らせていく。
確かに、エッジワースと記名されている。
頭でなんとか咀嚼しようと試みて、ちっともうまくいかない。
自分が窒息しそうになっていたことを、リアル側の肉体が訴えてきて我に返っただけ。
こんなの宣戦布告なんて体裁のものじゃない、悪ふざけめいた暗殺宣言だ。
それも暗殺対象をおれたち自身に決めさせるなんていう、あまりに悪趣味なやり口で。
〝――追伸。
当代騎士を殺す理由? そんな大したものじゃないよ。
偉大なる五大騎士家が一つ欠けることで我が殉教船団にどんな社会現象が起きるのか、純粋に興味があるだけなんだ〟
『冷静になってわたしの言葉を聞いてください、みなさん。
今回のこの宣言、五大騎士家の連帯を分断しようとしているエッジワースの罠に違いない――』
『――あー、ハイハイ。
今さらそんなタテマエ言わなくたって、みんなわかりきってるっての。
だからこういうのは一番簡単で安楽な選択になるのがテンプレじゃん』
他人を馬鹿にしたように言い捨てて、キザナのアバターが暗転する。
『本会議の決定事項は、それだけだよ――ほらほら、この場に呼び出された理由、もうわかってんでしょ、二式スカラくんは僕らみんなの英雄――
直後に視界を電光が瞬くと、元いた現実世界へとフラッシュバックする。
ようやく解放された――という安堵感を圧倒する絶望感が、リアルに戻った自分に重くのしかかったままだった。
おれは陥れられたんだ。
強引に会議室へと連れこんでおいて、勝手な都合を押しつけられた挙げ句、反論する余地も与えられないまま強制切断された。
追い打ちのように網膜下端末が通知してくれる、残酷すぎるログ。
〝過半数の賛成票により、エッジワースを迎え撃つ当代騎士に二式スカラを任命することが可決された〟って。
ログインすらしなかった残りの騎士家からの賛成票も添えて。
他人の思惑で、別の他人を殺すか殺されるかしろって意味だった。
おれが役立たずの引きこもりだからか? それとも〈魔剣〉保有数が最大だから消去法になっただけなのか?
どのみちおれ自身の意思なんて無効票になった。
殻に閉じこもってまで守りたかったなけなしの平穏すらも、これから踏みにじられる未来が確定した。
自室の散らかったデスクを前にひとりだけ取り残されたおれが、茫然とした頭のままあの暗闇から持ち帰ってきたのは、ただ救いのない最悪な未来予告だけ。
「…………一体どうしろっていうんだよ……もうおれのことなんかほっといてくれよ…………」
――何が〝史上最強の騎士〟だ、あんなやつ一人ですら黙らせられないのに……。
もう戦うのに疲れた。
騎士でいることにも、二式家の名を背負い続けるプレッシャーにも。
デスク上に無造作に並べたままだったレトロなビデオゲーム群が、山と積み上がっていて。
そして今のおれにできるのは、そこに頭から突っ伏すことだけだった。
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