〜Ⅲ-Ⅴ〜ナハトと老人

一方で、愁円とナハトだが、二手に別れて行動していた。

ナハトは恐らくだが、ライナーの城と思われる建物が真正面に見える場所を走っていた。

妙な事に、一般兵士と思われる存在とは出くわしていない。

くまなく辺りに目を向けながらナハトが道なりに進んで行くと、少しばかり開けた場所に出た。


「ここは…中庭ってとこか?」


ナハトの視点から左右に噴水が見える。

その右側の噴水の影辺りから、小さな音が聞こえた。


――カラン――


「?下駄の音か…?」


ナハトがそちらに気を取られていると、不意に左腕に何か掠める感覚があり、慌てて左腕を見れば着ていた戦闘服の左腕部分が大きく切り裂かれていた。


「俺の特攻服がー!?」

「…身体ではなく服を気にするのですか…まぁ、服しか傷付いていないならばそうなりますかねぇ」

「っ!誰だ!?」


ナハトが声の聞こえた方向に振り向くと、そこには『和の魔界』特有の戦闘服を着た一人の男の老人が立って居る。

老人の手には一本の白い刀身の刀が握られており、その刀からはパチパチと電気のようなものが迸る様子が見て取れた。


「その服…」

「お察しの通り、貴方方の国の戦闘服ですよ。…随分と懐かしい…私は『和の魔界』から捨てられこの『洋の魔界』に拾われた…復讐する機会が生きてる内に出来た事に感謝しますね」


復讐という言葉を聞いてナハトが老人の顔に視点を向ける。

確かに、老人の瞳には仄暗い闇が宿っているように見えた。


「爺さん、俺は魔王ライナーに用があるんだが」

「そう簡単に敵の大将と戦えると思います?」

「…まぁそうだわな」


そうナハトが返した瞬間、ナハトの居た場所に老人が、老人が居た場所にナハトが入れ替わるように立って居る。

老人は少しばかり驚いたようにナハトを見据えている。

老人の頬には一筋の血が流れていた。

老人の足元には幾つものナイフが地面に突き刺さっている。


「…これは驚いた。私の居合いを見抜いただけではなく反撃を返して来るとは思いませんでした」

「俺の師匠が有り得ない超人だったからな、さっきは油断しちまったが…ガランノさんが居なくて助かったわ…正直爺さんよりガランノさんが怖い」


ガランノが居たら、『阿呆』と言われると同時にどんな目にあわされていたか、とナハトが思い返す――…


―――――


『阿呆、一回の投擲で十本以上当てるんじゃ』

『師匠…流石にそれは無理じゃね…?』

『ワシは百本くらい出来るぞ』

『師匠は本当に人間か?!』

『人を化け物扱いするな』

『ぐはっ!』


そんなやり取りを幾度繰り返しただろうか?

ガランノの納得するナイフの投擲が出来ず、思わずガランノに八つ当たりし、お仕置きされ…やはりというか、ナハトの身体が愁円並みに頑丈になった頃にはナハトは一回の投擲で二十本のナイフを片手で的に当てる事が出来るようになっていた。


『先ずは免許皆伝、と言っておこうかの。後は仕上げじゃ。投げるナイフの半分にはダミーを使用すると更に効率がよくなるぞ』

『ダミー…?』


正直、免許皆伝ならさっさと解放して欲しい…というのがナハトの本音だったが、ガランノが怖いので黙って話を聞く。


『ダミーのナイフだけを相手に視認させて、本命のナイフだけを相手に当てるんじゃ。やってみ』

『いやいやいや!それは流石に無茶振り過ぎるって師匠!大体そう練習出来る的がねぇだろ!』

『何の為にワシが敵兵士を捕まえたと思っとるんじゃ』

『マジかよ!!鬼畜!』

『戦いとは生き抜いてこそじゃろ』


少しもブレないガランノの言う通りに、捕らえた敵兵士を的にひたすら練習を繰り返し、漸くガランノがナハトの腕前に納得した時には死屍累々と積み上がる的の成れの果てがあり、(俺の精神衛生大丈夫かな…)とナハトが自分の心配をし始めた頃。


『これで本命の免許皆伝じゃ。頑張ったの』

『………アリガトウゴザイマス』


初めてガランノの労いの言葉を貰ったが、正直複雑なナハトであった。


―――――


再び目の前の老人に意識を戻し、ナハトは次の行動に移る。

すると、老人も既に先程の居場所には見当たらず、ナハトは気配だけで老人の位置を探り、そこに向けて『ダミー抜き』のナイフの投擲を無心で繰り返した。

少しばかりそれを繰り返した時には、地面には点々と血が目立つようになる。


「…正直感服する思いです…私がここまでやられてしまうとは」


カラン、とナハトの背後に下駄の音がしてナハトが直ぐに振り向くと、身体中傷だらけで血に染まった老人が立って居る。


「…しかし、復讐だけは果たしますよ…最後の一撃…貴方は耐え切れるでしょうかねぇ…」


老人が持つ刀の刀身に迸る電気が更に濃縮され、最早刀が雷を纏うかのようになり…それに合わせるように老人の姿がナハトの視界から消えた。

しかし、ナハトは慌てずに両手に持った『ダミー入り』のナイフを的確に一点に絞り投擲する。


――ガラガラッ…ドォーン――


ナハト達の居る周辺一帯が眩く光り、直後に雷が落ちるような音が響く。

光りが収まって、その場所に無傷で立っていたのはナハト。

老人は、無惨に地に倒れ伏していた。


「…まさか、ゲホッ…ナイフにダミーを…ハァ…」


虫の息の老人がナハトに視線を向ける。


「ああ。『爺さんが弾き飛ばしたナイフ』は全てダミーだ」


老人は、まだ納得いかない、というようにナハトに問う。


「ケホッ、…何故貴方は無傷で…いられ…」

「あの雷を使った技か?最初辺りに投擲しておいたナイフを避雷針代わりにしたんだよ。まぁパッと思い付いたアイデアだったんだけど」

「そう、ゲホッ…ですか…」


老人はナハトから視線を外す。

そして力を振り絞ってナハトに話しかけた。


「私の、名は…ムラサメ…です…恐らくは…今の『和の魔王』の先代辺りでしょうか…兎に角、魔王に仕える腹心でした…」

「………」


ナハトは黙って老人の話に耳を傾ける。


「私は…とある戦があり、そこで先代に裏切られ…致命傷を負い…気が付けばこの『洋の魔界』で幼かったライナー様に拾われました…ライナー様へ恩を返す為に今まで働いて来ましたが…折角の復讐の機会すら、無駄になってしまったようだ…」

「無駄、じゃねえ。ムラサメさん…だっけ?俺達があんた達との戦に勝ったら、あんたの家族の事を調べて、あんたの事を話してやるよ」

「………ふ、」


老人は小さな笑みを浮かべると、そのまま息を引き取った。

ナハトがそれを見届けると、背後から焔丸と烏丸が走って来るのに気付いて手を上げた。

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