〜Ⅲ-Ⅳ~焔丸

愁円達が走り出した先に、一人のガタイのいい壮年の男が立ちはだかる。

男は愁円達を見回した後口を開いた。


「俺はゲイル。闘神(とうじん)の異名を持つ。先に進みたくば、俺を倒してみよ」


ゲイルの言葉に、焔丸が前に進み出て愁円達を振り返らずに告げる。


「こいつはおれが相手するからぁ、二人は先に向かってなぁ」

「焔丸…」

「大丈夫、愁円魔王…おれを信じて欲しいなぁ」

「…わかった」


焔丸をその場に残し、愁円達は先に向かって走り去る。

それを横目で見ながら、ゲイルは焔丸に疑問をぶつける。


「…何故全員でかかって来なかった?」

「あんた、人数指定してない。それに、闘神と自分を誇るぐらいならそれなりのプライドがあると思ってねぇ」

「…ふむ……だが丸腰相手に得物を使うのか?」


ゲイルが焔丸が構えた槍を見て問う。


「…『戦いに綺麗も汚いも無い』…」

「…ほぅ」


焔丸の言葉に、ゲイルの瞳が嬉しそうに光を灯す。

先程の問いかけには、ゲイルなりに相手を見極める為の意味があった。

焔丸の返答は、ゲイルを十分満足させるものだった。

それからゲイルは予備動作もなく、素早く焔丸に向かって踏み込み重い回し蹴りを放つ。

恐らく視認すら出来ていないだろう、と自負する程には熟練した一撃。

―――だが…


「オッサン、遅い」

「っ!??」


いきなり背後から聞こえた声を認識したと同時に、ゲイルは横腹に強烈な一撃を受けて吹っ飛ばされた。

ゲイルが痛みを堪えて顔を起こすと、先程自分が居た場所の直ぐ側で槍を地面に突き立てて立つ焔丸の姿があった。

それから理解した。

あの槍を軸にして勢いを上乗せした何らかの攻撃を受けた、と。


「得物の使い方が…違う…気がするのだが…」

「…さっきも言った、『戦いに綺麗も汚いも無い』…これ、ある意味戦いには手段は選ばない、とも言えるよなぁ」


焔丸の脳裏に、ガランノの『地獄の鍛錬』が思い浮かぶ―――…


―――――


『どうした、かかってこんのか?』

『ガランノさん、丸腰…ちょっと丸腰相手に得物を使うのは…』

『阿呆』


ガランノの言葉を理解すると同時に腹に受けた全身を砕くような一撃のパンチ。

血反吐を吐いて、(おれ死んだかも…)とぼんやり考える焔丸の口に愁円がユエから貰ったという蜜を投下され、瞬く間に回復した身体に理解が追い付かずにいると珍しくガランノの眉間にシワが寄っていた。


『戦いに綺麗も汚いも無い。どんな手段を使ってでも生き抜いてこそ強者じゃ』

『…生き抜いてこそ?』

『死んだら元も子もないじゃろ』


まぁ、正論だなぁ、と焔丸は思った。

思ったと思ったらまた強烈な一撃が四方八方から飛んで来る。

それを『得物を利用してかわせ』だの『移動手段にも得物は利用出来る』だのガランノの無茶振りな指導が入る。

ガランノの無茶振りを漸くこなせるようになった時、ガランノが初めて焔丸の頭を撫でて言った。


『まぁ、免許皆伝じゃろ』


―――――


「オッサン、おれ先に急ぎたい。互いに最後の一撃で終わらせるなぁ」

「…よかろう」


ゲイルが立ち上がって折れた歯を吐き捨て、腰を屈めて闘気を練り上げる。

それを観察する焔丸。

それからゲイルが動いた。


「受けてみよ…獅子奮迅(ししふんじん)!」


それは素早く重い打撃や蹴りのコンボ技のようだった。

焔丸は慌てずに、槍を地面に置いてからゲイルが視認出来ない速さで懐に潜り込み、ガランノ直伝のあの技を見舞う。


「『ガランノ流・ただの正拳突き』」

「ぐはあぁあ!!」


その一撃はゲイルの身体中の骨を打ち砕いた。

地面に倒れ伏すゲイルにもう視線すら向けず、焔丸は槍を拾い愁円達の後を追って再び走り出した。

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