第5話 外来種駆除ではありません

「ねえ、外来語ってどう思う?」

 不知火ハルカの質問に、御坊田育人はきょとんとなり、目をぱちくりさせてしまった。幸い、ソファに仰向けに寝っ転がった姿勢で、本を立てて読んでいたので、顔は彼女からは見えなかったはず。

「随分と漠然とした質問だなあ」

 しおりを挟んでから本を閉じ、脇に置いた。身体を起こして相手を見やる。

「何か具体的に思い描いている言葉でもあるんじゃないの?」

「ううん。いいから答えてよ」

「そっちがよくても、こっちがよくないんだけどねえ。――あ、思い出したぞ。だいぶ前になるけれどハルカちゃん、不満そうに言ってたっけ。『またそのまま片仮名にしただけだわ』とかどうとか」

「うん。外国で生まれた商品や製品、その他言葉が日本に入ってくるとき、片仮名で表しただけっていうことが増えてるんじゃないかなって」

「うーん、統計的なデータがあるのかどうか知らないけど、実感はあるね。まあ、外国から入ってくる新たな言葉自体、昔に比べたら爆発的に増えてるような気がするけれども」

「私が生まれる前のことは、話で聞くか物の本で読むしかないけど、昔は外国から入ってくる新しい言葉を従来の日本語で言い表そうって、もっと努力をしていた印象があるわ」

「たとえば?」

「そうねえ、電話なんてどう? えっと、基本的なことを確認してないんだけど、外国で発明された物だよね?」

「そうだね。発明したのはグラハム・ベルということになってて、確かスコットランドだったかな。電話がスコットランドの地で発明されたのかは僕は知らないけど、実用化、製品化されたのが西洋なのは間違いないよ」

「よかった。それでもしも今の時代に電話が日本に初めて入ってきたとしたら、ほぼ間違いなく、電話とは名付けられなかったと思うの。そのまま、テレホンかテレフォンになった」

「なるほど。あ、でも厳密には違うかな」

「どうして?」

「固定電話の形では入って来なかったろうから、携帯電話の英語名かスマートフォンかのどちらかになっていたんじゃないだろうかと思った」

「あ、そっか。じゃあスマートフォンはそのままとして、携帯電話は……モバイル?」

 問い掛けに、御坊田は黙って携帯端末を操作して、検索で答を見付けた。

「セルラーもしくはセルフォン、セル、モバイルフォン……色々あるみたいだ」

「仮に、スマートフォンにいかにも日本語らしい名称を付けるとしたら、どんな漢字を当てはめる?」

「漢字限定か……直訳するパターンだと、細電話かな。もちろん、スマートフォンのスマートは賢いという意味なのは知ってるけれども、思い返してみると、スマートフォンが入ってくるまでは、スマートって細いという意味でしか、認識してなかった気がするな」

「そうなんだ? スマートヘリやスマートスピーカーも、あとだもんね」

「意味の通りなら、賢い電話で賢電かなあ。最早、電話という括りに収まってないのは明白なだけに、違和感が残る」

「電話が賢くなって、色々な機能が付いたと解釈すれば問題ないでしょ」

「文句ばかり言わないで、ハルカちゃんの意見を聞かせてくれよ」

「まあ、やっぱり電話の電の字は残したい。何でもしてくれる相棒みたいな存在ってことで、相電。広い意味で使用者を導いてくれるから、導電……は元からある言葉に被っちゃうか。補助してくれるから助電なんてどう?」

「次から次へと、よく出て来るなー。でも、どれも違和感がある。慣れ親しんでいないというのもあるだろうけど、“携帯電話”ほどぴたりとはまる感じがないね」

「言われてみると、携帯電話は日本語として違和感がないわ。漢字二文字に拘りすぎたかしら」

「そのしっくり来る携帯電話も、ケータイと呼ぶのが当たり前になったという現実があるから、何とも言えない」

「そっかぁ……あと、もう一つ思い出したわ。テレビよテレビ」

「外来語を略したパターンだね。テレビジョンからテレビ。それが?」

「この間初めて知ったんだけれども、テレビは受像機っていう言葉が与えられていたんでしょ? どうして定着しなかったのかなって考えたらしばらく眠れなくなっちゃって」

「……受像機だとちょっと長い、かな」

「そんなあやふやな。仮説を出すにしても、もっとそれらしいことを言ってよ。期待してるんだから」

「待って。とりあえず検索して調べてみる……って、ハルカちゃんならとうに調べてるよね?」

 手を止めて、小学五年生の顔を見据える。すると彼女は「もちろん」とあっさり認めた。

「けど、分からなかった。多分なんだけど、テレビ受像機っていうのが正式名称としてあって、省略するときにテレビを残したみたい。どうしてテレビの方を残したかとなると……やっぱり字数が少ないから?

 それで、ラジオはどうなんだろうと思った。ラジオもテレビと似たようなもので、でも無線電信機とか無線装置とか、頭にラジオが付いていない単語も生まれているのに、残らなかった」

「無線と言うだけだったら、他にも色々な物を含めてしまうからじゃないか? モールス信号とかトランシーバーとか。はっきり区別するために、より細かい区分としてラジオと呼ぶようになった説に一票だな」

「ふうん、ありそうな気がしてきた。じゃあ、もしかすると、ラジオが日本語として先に定着していたからこそ、テレビ受像機は“テレビ”になったのかも」

「どういう意味だい?」

「声だけを受信する物の次に、絵と声を受信する物が出て来た。これら二つの。放送を受け取るための機は械同系列に並んでいると見なせる。そこで先にあったラジオに倣い、同じ片仮名三文字になるよう、“テレビ”とした」

「『講釈師、見てきたような嘘を言い』の口だね」

「ひどいなあ、一生懸命考えたのに。スマホだって片仮名三文字よ」

「それはむしろ、日本人もしくは人間が三文字・三音節の言葉を覚えやすい、好むというのがありそうだけど」

「そんなことないと思うわ。有名人やスポーツのペアの愛称は、四文字も多いんじゃない?」

「……確かに。人種の好みにまで言及し出すと、収拾が付かないから、この辺りでお開きにしよう。ね、ハルカちゃん?」

「いいよ。ただし、一つだけ宿題」

「宿題?」

 本を開き掛けた御坊田だったが、動きを止めた。

「そう。そのまま片仮名にで言い表す外来語を、漢字で表してみるっていうやつ。ドローンで考えてみて」

 やれやれ。御坊田は苦笑を浮かべつつ、息を吐いた。

 飛ぶ忍者で、飛忍はどうだろう。ドローンだけに。

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