第39話
「よくぞ見つけてまいった」
興奮した面持ちで、リンカロスが言った。
彼女の前には、ふたつの神器がある。
一つは、わたしたちがあの退廃した街から見つけ出したヴァルシアンの
もう一つは、ヘビの父たるイグから授けられた、剣のかたちをした
いつもは女王様らしく振舞っているリンカロスも、そのようなものを前にしては興奮を押し殺せないみたいだった。
「パフワダーにはあとから
「その前に、わたしたちとの約束は?」
「そうであった! もちろん、約束は
そう言ったリンカロスは玉座から降り、マントを
「ついてくるがよい。先祖がやってきたという
リンカロスによって案内されたのは、本当の意味で洞窟。先ほどまでいた洞窟は、いかに住み心地がいいように手が加えられていたのか、思い知らされた。
入った瞬間はいいとしても、かがんでようやく先へ進めるような狭さだ。歩くたびに、しずくがぽたりと背中へ落ちてきて、気持ちが悪い。
幅もなくて、わたしたちは一列になって、先へと進んでいく。入る前に渡された
「まるで探検してるみたいだね」
「そんな悠長なこと、よく言えますね……。リンカロスに騙されているかもしれないのに」
「えっ!?」
「ヘビ人間は、ヒトという種族と敵対していた過去もありますから」
「それもエイボンの書ってやつに?」
「はい」
「わたし、本読むの苦手だからさ。うらやましいな」
「……大した事じゃありません」
消え入るような声が、背後からやってきた。
「そんなことないって。わたしなんか、読んだ端から忘れていっちゃうんだから」
「それも、みのりのおじいちゃんが集めていた本を?」
「うん。難しかったんだけど、案外読めたんだよ。でも、ほんと、何も覚えてないんだよねえ」
「もしかしたら、読むことを脳が拒絶したとか」
「あーそうかも。連立方程式見たら頭痛くなってきちゃうもん。あれも脳がイヤだって言ってるからなんだ」
それはまた違うと思いますが、とプリンちゃんが呆れたような声で言った。
「しかし、案外覚えているのかもしれませんよ」
「なにがー?」
「ツァトゥグァの息子の名を当てたじゃないですか。あれは、知ってなきゃ絶対に言えませんよ」
「たまたまだよ」
わたしはその時のことを思いだしてみる。あの気色の悪い、翼をさずけられたウシガエルみたいなやつの名前を。……でも、いまじゃもう思い出せなかった。人面蛇の方も、「イ」からはじまるってことしか。
うーん、忘れるってレベルじゃない。自分でもそう思う。
でもまあ、あんな邪悪で
そんなことを考えながら歩いていたら、自然と会話が途切れた。
狭苦しい、洞窟の中に二人分の足音だけが、寂しく響いている。
「プリンちゃんは、どうして夢の世界へきたの?」
「……それ、他の夢見人には聞かないでくださいね」
「なんで?」
「いつだったかも言いましたけど、夢見人は多かれ少なかれ、現実がイヤになった人たちです。この世界じゃないどこかへ行きたい――そう願ってやってきた」
プリンちゃんの言いたいことは分かった。
そして――プリンちゃんもそうなんだ。
「地上に戻ったら、会いに行くよ」
「え」
後ろの足音がやんだ。なんとか体をねじって背後を振り返れば、プリンちゃんが立ち止まっていた。
彼女の瞳は、どうして、と言葉なしに語っていた。
「いや、夢の世界じゃ助けられたから、感謝のひとつくらい伝えなきゃじゃん」
「そんなの……いりません」
「いーや、絶対する。しなきゃ気が済まない」
わたしの中にむくむく、決意がこみあげてくる。
覚醒の世界のプリンちゃんに会ってみたい。わたしが、戻れたことを伝えて、感謝したい。
ありがとうって伝えたい。
わたしは、一歩、力強く歩みを進める。
やや遅れて、もう一つの足音がついてくるのが聞こえた。
先を進んでいくと、上り道は平たんなものへと変わった。
道も相変わらず狭かったけれど、天井の低さはマシになって、腰を伸ばして歩けそう。
フラットな道をしばらく行けば、広い空間に突き当たった。
そこは、かまくらみたいなドーム状の空間。ジャンプすれば手が届きそうな天井と、闇に溶けこんだ広い空間。
その中心には、四角い光が浮かんでいる。
畳みたいな大きさの薄い光が、闇のなかでぼんやりと光っている。近くに光源となるものがあるわけではなく、プロジェクターがあるわけでもない。
それなのに、光はちっとも揺らぐことなく、空間をシートみたいに照らしていた。
「なにこれ」
「門です。そこにはいれば、どこかへ転移されます」
「ワープってこと?」
「ええ」
わたしたちは炎でほかの場所を照らしてみた。だけども、ほかに出口っぽい場所はない。
プリンちゃんは、洞窟の中とは思えないほどなめらかな壁面を松明で照らし、
「おそらく、ヘビ人間たちは門を使い、夢の世界へとやってきたのです」
「じゃあ、この光の中に入れば――」
「覚醒の世界へと戻れるでしょうね」
光を見つめる。
あのブルーの光の中に行けば。
わたしはプリンちゃんを見た。
「ワタシは行けませんよ。起きるわけではありません。この世界のワタシが覚醒の世界に現れるだけです」
「ちぇっ。なんでわかったのさ」
「…………」
プリンちゃんは黙って顔を背けちゃった。なにを考えてるんだろう?
「えっと、プリンちゃん?」
「考えていることがなんとなくわかるのが悔しい……」
「むしろ、それだけの仲になれたってこと! もう友達だね」
「よく臆面もなくそんなことが言えますね」
「そりゃあ、友達は友達だからね」
「意味わかりません」
わたしはプリンちゃんの前に向かうことにする。
ぼんやりとした超自然的な光に照らされたプリンちゃんが息を飲む。
「どうかしました」
「この世界での最後の別れ。と――」
わたしは、プリンちゃんにハクナギノツルギを差し出す。
「これ、現実の世界に持っていっちゃったら、捕まっちゃう」
「確かに」
「プリンちゃんが使ってよ。不思議な力があるみたいだし」
「ワタシ、剣なんて使えませんよ」
「神様呼べるかもしれないよ?」
「あの神様には悪いですが、神様はロクなもんじゃありませんので」
「とにかくわたしの代わりだと思って」
わたしはプリンちゃんに、ハクナギノツルギを押し付ける。
受け取った彼女は、困惑していたけれども、ぎゅっと剣を抱きしめてくれた。クマのぬいぐるみを抱きしめる女の子みたいでかわいかった。
「じゃ、わたし行くから」
「どうぞ」
「本当に?」
「何言っているんですか、あなたが残ったって足手まといなだけですよ」
「ひどいなー。わかった行くよ」
わたしはプリンちゃんに手をふりふり、光の中へと入っていく。
「ありがとうね」
「待って、ワタシは夢島――」
強烈な光に飲みこまれ、プリンちゃんの言葉は最後まで聞こえなかった。
光を超えた先は、また光だった。
七色に包まれたその世界は、なんだか奇妙にゆがんでいる。
道路に広がったガソリンのように。
あるいは、水の中に落ちた絵の具のように。
地面も空もない、七色のマーブル模様しかない世界にわたしはいた。
さっきまでいた夢の世界よりも、現実感がない。こっちが夢と言われても信じられる。
でも、安心感があった。
その光の中を、わたしは泳いでいく。マーブル模様に変わりはなくて、先に進んでいるのか後ろに進んでいるのかわからない。
進行方向に、ヒトの姿が見えた。
「あれ……」
あの日、蔵の中のどんでん返しの先で出会った、あの紫色の服を着たお坊さんだ。あの人が、光の中で目を閉じ、胡坐をかいている。
なんてシュールな光景だろう。サイケデリックな光の中に浮かぶお坊さん。高熱を出したときに見る夢みたい。
声をかけようとして、その人が神様かもしれないってプリンちゃんが考察していたことを思いだした。
「えっと、修行中失礼します……?」
「もう、よいのか」
「へ」
「夢の世界を出るということでよいか」
「そ、それはもちろん。いますぐそうしていただけるのであればっ」
ぱちり。
お坊さんの閉じられていた目が開く。
その中に、浮かんでは消える無数の泡が見えた気がした。
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