第38話

「これから、あの洞窟へ戻るのであろう?」


 話がひと段落ついたところで、蛇の神様が言った。


「そうです。なぜ、貴方様は私たちの考えを」


「ずっと見ておったといったろう。ここから仮面をおぬしらが住まう洞窟まで運ばなければならぬ」


 それに、とイグは言葉を続ける。


「もしかすると、あやつの父がやってくるかもしれぬからな」


 黒褐色の瞳が、星空を見上げる。


 すでに太陽は姿を隠して、月と星とが、幅を利かせている空。イグが見ている方向には、土星がある。


 その輪を持った惑星から、あのコウモリのような翼をもった神はやってきた。そして、そこには、あの神の親もまた……。


「本当に来るのですか」


「さあな。名もなき夢見人ドリーマーよ、おぬしはツァトゥグァの性格を知っておるのだろう?」


怠惰たいだ――」


「差しだされたにえさえも手を付けないことさえある『彼』に、復讐をするなんてことがあるだろうか」


「わかりません――神は気まぐれですから」


 プリンちゃんの言葉に、イグが微笑んだ。対照的に、プリンちゃんの顔には苦々しいものが浮かんでいる。


「神様にでも、イヤな思い出があるの?」


 返事はなかった。


「息子よ」


 とイグがパフワダーに向けて言った。


「はっ。な、なんでしょうか」


「そんなにかしこまらなくてもよい。そこに私のうろぉがあるだろう」


「はい。あります」


「それを持っていくがよい。柔軟性は昔ほどないが、硬さにおいては優っておる。剣にすれば、おぬしらの力になろう」


 パフワダーが、うやうやしく、剣みたいな鱗を手に取った。


 それから、イグはわたしを向いた。


「ヒトの子よ」


「な、なんですか。わたしはいりませんよ」


「そうではない。その剣――ハクナギノツルギというそうではないか。そのような素敵な名前をおぬしにひとつ考えてほしいのだ」


 考えろって言われても……。


 わたしは手にした剣をじっと見つめる。この剣は白銀色。あっちは青とも緑ともつかない。


「安直かもですけど、アオナギノツルギというのはどうでしょう」


「いいだろう。それをアオナギノツルギとして、仮面とともに祭るように」


 そう言われたパフワダーは再度、うやうやしそうな声を上げた。


 それを満足そうに見ていたイグは、笛のような甲高い音をかなではじめる。


 すると、白い蛇の列の向こうから、ヒト型の存在が現れる。


 それは確かに、ヒトのかたちをしていた。ただし、遠くから見たらの話だけど。


 ヘビ人間、というわけでもない。たしかに鱗があって、ヘビのようなまぶたのない目、チロチロ出る二股の舌は、ヘビ人間と同じ。


 その鱗は、長い体毛に覆われており、その背中からは翼が生えていた。


 音もなく、膝をついたその『翼あるヘビ人間』に、イグは一瞥いちべつもくれず、言葉を発する。


「彼らを、彼らがいた場所へ連れていきなさい」


 静かに頭を下げたそのヘビ人間は、わたしたちをひょいと持ち上げると、何もしゃべることなく翼をはためかせ、夜の闇へと飛びだしたのだった。




 空に舞いあがったわたしたちは、夢の世界を真上から見ることになる。


 東に隠れてしまっていた太陽が残した光が、いまもなお、かすかに夢の世界には残っていて、その広大な世界を、わたしは目の当たりにした。


 この赤く焼けた大地の向こうには、海があり、島がある。そこには、ネコが住まうウルタールがあり、夢見人の王がいるセレファイスがある。その奥、西側に大地は続き、砂漠と街が見えた気がした。


 北には、なにものも近寄せない荒涼とした大地。その果てには、黒い山々が連なっている。そこに、わたしはおじいちゃんが首につけていた縞瑪瑙しまめのうの輝きを見た気がした。それもとてつもなく大きな。


 南には、手つかずの海がどこまでも広がっている。滝はあるのかもしれないし、無数の島があるのかもわからなかった。海はぼんやりとした霞に覆われていたから。


 それが、闇に包まれていったドリームランドのすべて。



 なんて広い世界なんだろう!



「この世界に来たがる理由がわかる気がするや……」


 言葉に感嘆かんたんが乗る。ぎゅっと腕をにぎられて、わたしは隣のプリンちゃんを見た。


 プリンちゃんは静かに首を振っていた。


 まるで、わたしにはこの世界に来るな、と言わんばかりに。


 ――なんで、そんな悲しそうな顔してるの。


 問いかけるよりも先に、わたしたちは降下していく。闇におおわれた大地、そこに開いた裂け目へと。


 リンカロスが待つ洞窟へと。

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