第36話
わたしの背後、つまり街の外の方から熱いものがやってきて、わたしの横を通りすぎていく。
それは火球。
どこからともなくやってきた火の玉が、なめらかでみだらな肉体に命中し、弾け、神のきたない体を焦がす。
どこから生み出されているのかわからない神の怒りの声が、周囲に飛び散った。
あるはずのない神の視線が向かう先をたどれば、プリンちゃんが立っている。
「なんで、逃げてないの……」
「おいて逃げられるわけがないでしょ! ワタシは死んだっていい。でも、みのりは死んだら終わりなの!?」
叫んだ彼女の杖が振るわれる。途端、似たような火球が幽霊のように舞いあがったかと思えば、意志があるかのようにズヴィルボグアへと襲いかかって、炎の花を咲かせた。
呆然と、わたしはそれを見ていた。
「ああ、もう!」
プリンちゃんがゆっくりとわたしのもとへとやってきて、腕をつかんできた。その力はあまりに強くて、痛いくらいだった。
「
「そ、そんなことはないんだけど」
頭がパニックを引き起こしていた。目の前の神様と対峙し、その存在が夢であったとしてもとてもじゃないが容認できる存在ではないこと。
なにより、殺されそうになっていた。助けられたということさえも、わたしは受けとめられずにいた。
でも、右の二の腕に走る痛みで、少しはマシになった気がする。
わたしは自分の力で立ち上がる。
すぐ目の前には、焦げてくすぶって、煙を上げている邪神がいる。頭の触手が怒りをまき散らすように震えて、そのたびにシャーっと音がする。
「ほら、行きますよ!」
パフワダーは気絶していた。ぐったりとしているヘビ人間を抱えて、わたしはなんとか走り出す。
後ろでは、炎にまとわりつかれていた神が声なき声を叫び、翼をはためかせる音がする。
熱風がわたしたちまでいぶしていく。
それほどまでに近い距離。
振り返れば、あの神は今まさに火の粉を振り払り、わたしたちへ襲いかかってこようと、翼に力をこめて――。
わたしは神様へと祈った。
だれでもいいので、わたしたちを助けてください。
瞬間、ハクナギノツルギが光り輝きはじめた。
鞘に納められていたハクナギノツルギは、真っ白な光をドンドン強めていく。
鞘の側面には文字が刻みこまれている。それは、見たことがない文字だった。文字のかたちとしては、お墓に置かれている
そんな文字、わたしに読めるわけがない。学校で習ったわけでもない。
でも、なぜか読めたんだ。
――大いなるヘビの王の力をここに遺す。
わたしはなにか得体のしれない――それでいて、敵意のない力に導かれて、鞘から剣を引き抜く。
今や、その輝きはあまりに眩しかった。波打つ剣の中心からほとばしる光が、陰気な街を白く染めあげていく。光が照らした場所にいた落とし子たちが、
追いかけようとしてきたズヴィルボグアさえも、ひるんだようにこっちに近寄ってこない。
その光に浄化作用でもあるかのように。
あるいは、その光が神様の
わたしは今や立ち止まって、その剣を天高く掲げていた。この、聖なる剣にはそうすることこそ、正しいんだと思われた。
「どうして……」
そう口にしたのは、わたしの肩にもたれていたパフワダーだった。いつの間にか目を覚ましていたパフワダーを、地面へ下ろす。
パフワダーは、ちいさく感謝をしてくれた。そのヘビ人間の意識はハクナギノツルギしか向いていなかった。
「その力は、『大いなる父』の力そのもの……! どうしてあなたがたが」
パフワダーが麻袋の中に突っ込んでいた仮面を取りだした。
神様をかたどった仮面は、今や金色に発光していた。ハクナギノツルギの光を反射しているのではない。ハクナギノツルギから投射される光に呼応して、光を生み出していた。
白い光をまとった剣は、その名の通り、白蛇のよう。
来る。
パフワダーが、すべてのヘビ人間が父と呼ぶ存在が、この場に現れる。
そんな予感がした。
予感が確信になったのは、遠くの方から白い蛇がやってきたから。ハクナギノツルギへまっすぐやってくる、白い水。
それはすべて、白蛇だ。
無数の白ヘビたちは、そこここの黒い流動体に牙を突きたて、すするように胃の中へと収めていく。落とし子たちは、瞬く間に、その数を減らしていった。
怒れるズヴィルボグアが、ヘビがやってくる方を向いた。
うごめく白い絨毯に乗って、闇のなかからすがたをあらわした存在こそ、すべてのヘビの父ことイグだった。
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