第34話

 その瞬間、パッと街が明るくなって、叩きつけるような烈風れっぷうが吹いた。


 烈風なんて言葉さえ生やさしい。目の前に爆弾が爆発したみたいな勢いに、逃げまどおうとしていたヘビ人間たちが、吹き飛ばされ、どこかへと消えていった。


 猛烈な風は、建物を揺らし、窓ガラスを一つ残らず割って、建物のの入り口でまごまごしていたわたしたちをも襲った。


 気がつけば、わたしは吹きとばされ、砕け散った床の上に転がっていた。


 耳がキーンとする。視界は、白々としていて、頭はぼんやりと痛い。お母さんに頭を殴られてしまったときみたいだ。軽い脳震盪のうしんとうを起こしてるんじゃないか。


「プリンちゃん、パフワダー……」


 わたしはやっとのことで立ち上がる。


 見まわせば、周囲の人だかりはどこへ行ったのか、建物の一階は閑散かんさんとしている。そこここには、ヘビ人間たちが転がっており、動いているものも動かなくなったものもいる。


 その中に、プリンちゃんはいた。痛みにうめいていたけれど、生きていた。


「プリンちゃん!」


 わたしは彼女に駆け寄る。肩を持って、立ち上がる手助けをしてあげる。


「いったたた。皮膚なきものセフデカーの保護をかけていたのに、こんなに痛いだなんて。っていうか、よく生きていましたね」


「わたしにもわからないんだけど……」


 体中には打ち身やら擦り傷やらでいっぱいだったけれど、四肢はちゃんとつながっていたし、頭もある。ほかのヘビ人間みたいにはなっていなかったのは、奇跡きせきなのかもしれない。


 もしかしたら、おじいちゃんが守ってくれたのかも。


「なんて――そんなわけないか」


「なにか言いました?」


 わたしは首を振り、パフワダーを探すことにした。


 パフワダーは山のようなヘビ人間の上で、伸びていた。頬をなんども叩いたら、ようやく目を覚ました。


「仮面……仮面は」


 とひとしきり騒いだところで、背中に括り付けていることにようやく気がついて、ほっと胸をなでおろしていた。


 このクールなひとでも、こんなに取り乱すことあるんだってくらいの取り乱し方だった。






「大丈夫か」


「わたしたちは大丈夫です。パフワダーは?」


「私もだ。先ほどは混乱していたが、このとおり」


 なんて言うけれど、ちょっと不安になる。不意のことにあれだけ驚いているのだから、土星からやってきたあの神様を目にしたら――。


「目にしたら、どうなるっていうの」


 わたしの頭は、勝手に何かを考えようとしていた。


 それになぜわたしは、相手が神様だってわかったんだろう?


 


「どうかしました?」


「ん……なんでもないよ」


「とにかくだ。ここからなんとしても脱出しなければ」


 わたしたちは、様子をうかがうべく、建物の出口から顔を出す。


 建物の西側には、落とし子による黒い湖ができていた。それは風がないにもかかわらず、一定のリズムで波が立っていた。


 逆側には、今なお煙が上がる爆心地がある。


「なにが起きたんだ」


「そらから彗星が落ちてきたんだよ」


「彗星?」


「もしくは流れ星」


「そんなバカな。……ここはツァトゥグァの神殿と化している。そんな場所にちてこようと思う神様などいるはずがない」


「あれはズヴィルボグアだよ」


 わたしは、その神の名前を口にしていた。なぜかはわからない。ただ、デジャヴのように、前もってそのことを知っていたかのように自然に、その発音困難な名を発していた。


「エイボンの書に記載のある邪神ですね。ツァトゥグァの子だとか。……でもどうしてそうだと」


 プリンちゃんの目は、驚きとわたしに対する警戒の色が濃かった。


 なぜ、その汚らわしい名を知っているのか、といわんばかりに。


「なんでなんだろ、どっかで本を読んだのかなあ」


「エイボンの書なんて、どこかで読めるような本じゃありませんが……。今回もおじいちゃんの?」


「たぶん。自信はないけどね」


 わたしが言えば、プリンちゃんはため息をつく。納得はしていないけれども、飲みこんではくれたみたい。


 それだけで、わたしとしてはありがたかった。


 わたしにも何がなんだかわからないんだから、説明のしようがない。


「それで、どうすればいい」


「わたしにもわかりません。浮かんできたのは名前くらいで。プリンちゃんは?」


「同じく。エイボンの書は、現実かどうかもわからない奇妙な話ばかりありましたから」


「名前以外何もわからないというわけか」


 のろしのように細くたなびく煙を、わたしはじっと見つめていた。


 煙の中で、巨大な影がゆらめいた。


 それが、真っ赤な太陽の下に出てくる。


 破滅が予期できるほど赤い太陽に照らされたその神様こそ、ズヴィルボグアである。

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