第33話

 扉の先には、広い部屋があった。


 それは、ヴァクワク王がいた大広間やリンカロスがいた洞窟どうくつの王室とくらべれば、どちらかといえば、わたしたちの世界の部屋に似ていた。


 日本的なお城ではなく、もちろん洞窟のものでもない。たとえるなら、社長室って言われて思い浮かべるような、広くて、ポツンと豪勢な机があり、壁には先代の社長やら賞状やら絵やらがかけられている……そんな部屋。


 コンクリート打ちっぱなしの壁には、太い鋲で写真が打ちつけられている。写っているのはどれもヘビ人間。ここに努めることになった歴代のヘビ人間たちだろうか。


 正面には机がある。机のことはわからないんだけど、どっしりとしていて、なめらかな曲線は、大人のお姉さんみたいになまめかしい。


 しかし、そのどれもがホコリまみれ。それどころか、そこここには白いフンが落ちている。それでも、掃除はなされていなかった。


 正面の机には、部屋の主であるヘビ人間が座っている。だけども、そのヘビ人間は机に突っ伏して、眠っていた。


「寝てる……?」


「そのようですね」


 わたしたちが部屋をキョロキョロ見ている間に、パフワダーはそのヘビ人間に近づいていくなり、ナイフを取りだした。


 銀の光が、一閃する。


 眠りに落ちていたそのヘビ人間は、永遠の眠りについた。


「でも、仮面はどこに?」


 見回してみても、部屋のどこにも、金色の光を放つというヴァルシアンの蛇形記章ウラエウスはなかった。


「壁の中に隠してある」


 パフワダーは、舌を出さなくなったヘビ人間の腕をとり、机の内側に、だらりとさがった手のひらを押し付ける。


 ピーっと音がしたかと思えば、壁に切れ目が生じる。それはだんだん広がっていって、空間が現れた。


 そこに、黄金の仮面はあった。


「それがウラエウス」


「ああ。私たちが崇拝する父の顔をかたどったものだ」


 それは、リンカロスがいた部屋の天井に描かれていた存在にそっくりだった。あのヘビを先導していた神様の顔に金の板を押し付けて、型をとったかのように瓜二つ。


 表面はハンマーでたたきつけられたかのように凹凸ができている。だけどもそれは、ヘビの鱗のようだ。目と口には穴が開いている。口はかなり小さい、ヘビの細い舌しか出せないに違いない。


 なにより、その仮面は、あまりに神様を精巧に写し取っていた。


 ヘビ人間たちの父を見たことがないわたしでさえ、思わず吐息が漏れ出てしまうほどの美しさと威厳いげんがそこにはあった。


 ヘビ人間たちがこれをかぶっている相手の言うことを聞きたくなってしまうというのも、わかるような気がした。


 パフワダーほどの、鉄面皮であっても、呆然と見つめてしまうだけの魅力があった。フッと首を振ったパフワダーは、仮面のもとへと近づいて、そっとそれを手に取った。


 そして、袋へと詰め込んだ瞬間に――建物が振動した。






 さいしょ、仮面を盗ったから、セキュリティが働いたんだと思った。考古学者が遺物を手にしたときみたいに。


 でも、無関係なのかもしれない。揺れは一度だけではなく、連続していた。


 地震。


 そんな単語がよぎったのは、わたしだけではなく、ほかの二人もそうだったらしい。


 わたしたちは急いで部屋を出た。


 階段を一段飛ばしで下りていく。


 その道すがら、ほかの階の様子が見えたけども、ヘビ人間たちが右往左往していた。とろんと寝ぼけ眼の彼らもまた、突然の揺れにびっくりしている。


 つまり、ヘビ人間たちが想定していたことじゃない。


「なんだかイヤな予感がします」


 そう言ったのはプリンちゃん。わたしも同感だ。降ってくるような悪意が、わたしたちの心をわしづかみにしてくるかのような気がしてならなかった。


 極力、窓の外は見ないことにした。そっちの方角から、すさまじく危険で、言葉にするのもはばかられるような醜悪しゅうあくな存在が、飛来してくるのが肌で感じられたから。


 一階へとたどり着いた時には、ヘビ人間たちの混雑ができていた。その洪水のような流れに翻弄ほんろうされていたとき。


 わたしは、空の向こうからやってきた存在を目にしてしまった。


 最初、流星のようにしか見えなかった。


 なにもない空に描かれる一本の黒い線。


 しかし、流星とは違い、その線は弧を描く。意志を持っているかのように軌道を変えて、このヘビ人間の街までやってこようとしていた。


 街にいた落とし子たちは、の到来を歓喜するかのように、規則的に跳ねている。


 ぴちゃんぴちゃん。


 一体だけであれば、ささいな水音でしかなかったが、多くの黒い物体が集まっている今、それはとてつもない揺れとなって、大地を揺るがしていた。


 あたりに住まう生命体に対して、それが来たということを知らしめるかのように。


 黒い湖と化した落とし子たちが、一定のリズムで波打つ。


 それは彼らが駆使する、声なき言葉のように感じた。


 今まさにやってくる神に対する讃美歌のように。


 そして、流星が街にちた。

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