第32話

「お前たち夢見人ドリーマーのことは知らないが」


 歩きながら、パフワダーが言った。


「私たちヘビ人間にはふたつの勢力があった」


「イグとツァトゥグァ」


 プリンちゃんが言えば、パフワダーは振りかえることなく頷いて。


「それによって、戦いが行われた。もっともそれは、レンのやつらが月のカエルにやらされるような野蛮やばんな争いじゃない」


 パフワダーの、いつになく感情的な言葉が、コンクリート造りの建物によく響く。


「いつだって、政治的な色を帯びていた。私は、リンカロス様の私兵として、敵を排除してきた……」


 突然の告白に、わたしはなんといったらよいのかわからなかった。


 わたしたちが黙っていると、パフワダーは言葉を続ける。もしかしたら、わたしたちが何と返答しようとしなくとも、どうでもいいのかもしれない。


「だが、リンカロス様は負けた。あのツァトゥグァなるよそ者を信じたやつらに負けたのだ!」


 吐きすてたパフワダーが角を曲がっていく。そのときに見えた瞳は、怒りでゴウゴウと輝いていた。


 その足取りは速く、追いかけるわたしたちは駆け足になる。


「……だから、仮面を奪おうと」


「そうだ。アイツらがそれを見つけたからこそ、リンカロス様は負けた。あれには、ヘビ人間を従わせるだけの力があるからな」


 わたしたちは、階段を駆けあがっていく。パフワダーは、この建物の構造を、はしからはしまで知りつくしているみたいだ。前もって知っていた――教えられたんじゃなくて、ここに来たことがあるに違いない。


「まるで魔法みたい」


「我らが父を模したものだからだ。父の偉大さ、美しさがそこには込められている。だからこそ、父を裏切った奴らがそれを使っているのが、腹立たしい」


 ――仮面を奪えなかった私自身の未熟さが腹立たしい。


 うめくような言葉が、印象的だった。


「もしかして、似たようなことを?」


 返事はなかった。でも、それがなによりの答えのように思われた。


 こうなってしまう前に、リンカロスと誰かさんの――イグとツァトゥグァの代替戦争が行われているときに、仮面を奪いに行こうとしたんだ。


 けど、ダメだった。取ってくることができなかった。


「今回は成功できそうだけど」


 まわりはやけに静かで、ヒトもヘビ人間も、ツァトゥグァの落とし子のすがたさえない。建物はまったくの無人のように、動きがなかった。


「それ、フラグではないですか……?」


「フィクションならまだしも、現実世界にフラグなんてあるわけないし――いや、夢の世界だから」


 あるのかも。


 そう口にしようとしたところ、わたしたちは10階にたどりついた。


 パフワダーが通路へとなだれ込む。わたしたちもそれに続く。


 最上階も、1階やその他の階と変わらず、人気がなく、ホコリにまみれていた。ただ、往来がないわけではないらしく、床には足跡が残っていた。


 ほかの階にはあった扉がなく、奥の方にぽつんと一つだけあった。


 ひときわ大きな扉は、いかにも偉い人がいる扉がいるという感じの、重厚なつくりのもの。


 その前には、2人のヘビ人間がいた。だが、そのヘビ人間はうっつらうっつら船をこいでいる。その目はとろけている。


「寝てる……?」


 パフワダーは返事をしなかった。走る速度を上げ、二人のヘビ人間へと近づいたかと思えば、ふところからナイフを取り出す。


 ギラリと鈍く輝く刃が、ヘビ人間の延髄えんずいを深々うがった。


 1回、2回。


 静かな一撃によって、二人の見張りは倒れた。血も、ほとんど流れていない、叫び声も、それどころかまったく音はしなかった。倒れていくヘビ人間をパフワダーが支えていたから。


 あまりの手際の良さに、夢か何かを見ているみたいだった。


 いや、夢の中なんだけど。


「ニンジャみたい」


「ニンジャってなんだ」


「覚醒の世界にはそういう、暗殺? ってやつが得意な人たちがいてね、それそっくりだったよ」


「いや、現代にはいないと思いますけど」


「いるよ! ニンジャ村ってあるじゃん」


「…………」


 プリンちゃんに、子どもを見るような目つきをされてしまった。そっちだって、こどもみたいな見た目をしているくせに。


 パフワダーは、ナイフにこびりついた青い血を布で拭きとり、懐へ戻す。


「行くぞ」


 わたしたちが頷くのをみるやいなや、パフワダーは扉に手をかけ、一息に押し開いた。

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