第31話

 街の中心部――ひいては行政区へ近づいていけば行くほどに、落とし子の数が増えていく。


 中心部まで伸びる大通りに出たころには、通りは黒い粘液であふれかえっていた。いつけられた影たちが、もぞもぞ動いている。


「ヘビ人間って昼間はなにしてるの?」


「外には出ずに、建物の中にこもっている」


 ギラギラ太陽に照らされた、街にはヘビ人間の姿はまったくない。それどころか、公園らしき広場にはびついた金属片しかない。まったく使われていないって感じだ。


「夜はなにを?」


「さあ。報告によると、土星方向へ五体投地を行っているようだが」


 五体投地って、頭と両手両足をつけて祈る方法だっけ。


「こっちにも土星が……」


「ほら、あれです」


 プリンちゃんが指さす先には、赤い空の中にはっきり輝く、土星の輪が見えた。


「ほんとだ」


「夢の世界の土星ですから、実際の土星とは異なります。たとえば、あそこにはネコがいるとされています」


 そのネコは、夢の世界のネコと対立しており、なわばり争いを繰りひろげているのだと。プリンちゃんがそう言ってくれたけれど、なかなか信じられない話だ。


「ウルタールに行けば、会話できるネコもいますから、話を聞いてみるのもいいかもしれませんね」


「そんな機会があればだけど」


 たぶん、ウルタールへ行くことはないんだろうな、という直感がわたしにはあった。


 この潜入作戦が成功しようと失敗しようと、わたしはこの世界を出ていくことになる……。


「静かにしろ」


 パフワダーの言葉に、わたしたちは口をつぐんだ。


 今や、大通りは大混雑といってもよかった。仮に同じ量の車がいたとしたら、この街の交通は前にも後ろにも進まず詰まっていたに違いない。


 落とし子たちを刺激しないように、わたしたちは先へと進んでいく。


 まっすぐ行けなくて、遠回りを何度もくりかえしてようやく、街の中心部へとたどり着いた。






 中心部には、『行政区』と呼ばれていたこともあってか、道中の建物よりも大きく頑丈そうな建物があった。


 その建物は、無数の通りが集合する地点に存在していて、どの大通りからでもよく見えた。遠くにそびえたっていたときには、それほど印象に残らなかった。


 近くで見ると、その威圧感いあつかんにびっくりする。街のどれよりも高い建物は、足元にいるわたしたちを、虫ケラ扱いしているかのよう。建物はそう思うことはないけども、わたしたちがそう思ってしまうのだ。


 高層ビルというほどでもない。10階もないのではないか。それなのに、にらまれているかのように、からだがふるえた。


「ここに仮面が」


「ある。ここの最上階に」


 建物を見上げたパフワダーは、最上階の窓をじっと睨みつけていた。


 でも、それは一瞬のこと。そのヘビらしいうろこに浮かんでいた感情は、サッと引いていって、氷のような無感情だけがそこには残った。


「この建物はいったい何のですか」


「王が住むところだ」


 そう言って、パフワダーが建物内へと入っていく。


 わたしはプリンちゃんを見る。プリンちゃんは肩をすくめて、パフワダーを追いかけた。わたしは最後に建物の中へ入る。

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