第27話

 時刻はどれくらいだろうか。


 洞窟どうくつの外は暗く、冷たい風がときたまびゅうと吹いて、たき火を揺らす。


「プリンちゃんって夢見人なんだよね」


 わたしは、毛布を取りだし眠り支度を整えようとしているプリンちゃんに聞いてみた。


「ええ、そうですが」


「じゃあ、覚醒の世界にも、いるんだよね。プリンちゃんでプリンちゃんじゃない子が」


「――――」


 かなりの間があって。


「いますね、それが?」


「どんな子なのかなーって気になってさ」


 プリンちゃんは毛布にくるまるのをやめて、こっちを向いた。


 その目には、どうしてそんなことを聞いてくるのだろう、と書いてあった。


「いやーさ、これからわたしが見張りをするわけじゃん?」


「はい、夜中の見張りなんてイヤだと抗議したのは、みのりでしたからね」


「うんうん。なにか考えようと思ってたんだけど、そういえば、プリンちゃんって夢見人ってことを思いだして」


 わたしは、いまだにヒリヒリするくちびるをなめる。夢見によって現れたあの激辛カレーのおかげで思いだしたともいう。


 プリンちゃんはぼんやりと、揺らめく炎を見つめていた。


「……夢見人ドリーマーがなんとよばれているのか知っていますか」


 わたしは首を振った。ドリーマーじゃないことは確かだった。


 プリンちゃんのオッドアイは、寂しげに伏せられている。


「現実逃避者」


「現実逃避……」


「覚醒の世界よりも、夢の世界がいいと思った者たちが夢見人となり、ついには夢の世界の住人と化すのです」


「…………」


 クラネス王、ランドルフ・カーター、エルディン。


 プリンちゃんは、有名な夢見人の名をいくつか教えてくれた。


「彼らも、そんな人たちでした」


「プリンちゃんも……?」


「たぶん、そうなんでしょうね。覚醒の世界でのことは、ぼんやりとしか覚えていませんから、確証はありませんが。両親は嫌いです」


「そっか」


 わたしは、たき火の上につるされたヤカンをとって、カップに湯を注ぐ。


 白湯さゆだけど、息が白くなるほどの寒さの中だと、ホットなだけで安心する。


「ホットだけにね」


「なにつまらないこと言っているのですか」


「……ごめん」


 場を和ませようとしたつもりだったんだけどなあ……。逆に凍りついてしまったみたいだ。


 と思っていたら、くすくす笑い声が聞こえてきた。


 声の主は、プリンちゃんだ。顔を下に向けて笑っているらしかった。


「そんなこと言いながら、笑うの我慢してるじゃん!」


「笑ってませんが」


 といいつつ、コップを持つ手はガタガタ震えているプリンちゃんであった。


「それよりも、みのりはどうなんですか」


「わたし?」


「ワタシだけ、覚醒の世界のことを話すのは不公平だとは思いませんか」


「っていってもなあ。別に普通の女子高生だけど」


「女子高生なのですか」


「え、なんで驚かれてるの?」


 立ち上がって、くるりと一回転。ひとつなぎの綿の服が、ぎこちなく揺れた。こんな格好だけど、からだに関してはなんにも変わってないはず……だよね?


「服だけじゃなくて、見た目も変わっちゃってるとか言わないでよ」


「か、変わってないのでそれは安心してください」


「よかったあ、むさいオッサンになっているわたしはいないんだね」


「でも、夢見人は姿が変わっている人もいますから、あんまり覚醒の世界のことは言わない方がいいと思いますよ」


「じゃあ、プリンちゃんは?」


「それはどういう――」


「プリンちゃんは、あっちでもプリンちゃんなのかなって」


「そう、ですけど。なにか問題でも」


「いや別に」


 なんでか、プリンちゃんが頬をふくらませている。もしかして、わたしの質問で、わたしに男と思われてるんじゃないかって考えちゃったのかな。


 そうだとしたら、この子かわいいな。


「……なににやけてるんですか」


「なんでもー」


「その言い方は、なにか思っているときの言い方ではないですか!」


 立ち上がったプリンちゃんがわたしの元までやってきて「教えてくださいどう思ってるんですか」って聞いてくるのがおかしくて。


「なんでもないよ」


 といいつづけた。

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