第25話

「な……」


「信じられないかもしれぬが、夢の世界と覚醒の世界は繋がっておる。これは、ご先祖様がヨスにいたことに確かめていたことで、わらわたちがこうしてここにおるのも、その道をたどってきたからじゃ」


 そこで、リンカロスは話を中断して。


「その道というのが、ここにある。あやつらは邪神招来じゃしんしょうらいの儀が完了次第、攻め込んでくるじゃろうな」


「なんですって……!」


 声を荒げたプリンちゃん。それを見たリンカロスが、微笑みを強くした。


「じゃろうじゃろう。おぬしらは夢見人、覚醒の世界が侵略されることを看過かんかできないじゃよな」


 うんうんとリンカロスは頷いていた。


 でも、わたしにはそんなことどうでもよくて――いや、どうでもいいってわけじゃないんだけどさ、それよりずっとずっと気になることがあった。


「現実世界に戻れる道があるの!?」


 わたしの大声に、リンカロスの瞳がきゅっと縮まった。透明なまぶたが、パチパチなんどもまばたきしている。椅子から軽く立ち上がるくらい、驚いているみたいだった。


「邪神に侵略されることはどうでもよいのか……?」


「このヒトのことは気にしないでください。狂信者というわけではありません」


 ただ――とプリンちゃんが、わたしのことを説明しはじめた。神様の力によって夢の世界へ生身で来てしまった人間だと。


 わたしだって、来たくて夢の世界へ来たわけじゃないんだけどな――いや、行きたいと言ったのってわたしか……。


「カーターとは違って、何か目的があって夢の世界へとやってきたわけではないです。なんとなーくやってきた人なので」


「それを聞いたら数多の夢見人がむせび泣くじゃろうな」


 二人の視線がわたしへと突きささってくる。なんで非難されてるの、わたし。


「とにかくじゃ」リンカロスが言った。「おぬしは覚醒の世界へと戻りたい――そういうわけじゃな。ならば、仮面を探してきておくれ」


「わかった。でも、本当に戻れるの?」


「それはわらわのことを信じてもらうよりほかない。偉大なる父に誓おう」


 と、リンカロスは手を上げて、天井を見上げた。


 ごつごつとした鍾乳石しょうにゅうせきの天井には、絵があった。人の頭をした巨大なヘビと、そのあとにつづく白ヘビの群れが、星の輝きの向こうからやってくる……そんな絵が。






 覚醒の世界に戻りたいわたしにとって、リンカロスの提案は、どんなに無理があっても魅力的だった。


 まあそれを抜きにしたって、覚醒の世界がどうにかなるかもしれないなら、やるしかない。


 リンカロスの要求をのんだわたしたちは、一つの部屋に通された。


 王様の部屋と同じように絨毯じゅうたんの敷かれたその部屋は、えらい人が使うことが想定されているのだろう、ふかふかのベッドまで用意されていた。


 もしかしたら、似たようなことが何度も何度も繰りひろげられていたのかもしれない。その部屋には使用感があり、壁には恨みがましい文言もんごんが、いくつも刻みこまれていた。


 そんな、怨霊おんりょうでも出そうな部屋で、わたしたちは一晩すごした。


 翌朝、わたしたちはヘビ人間の街へと出発した。


 もちろん、その前に準備をさせてもらった。没収されていた武器をちゃんと返してもらい、人間に適した食料を昨夜のうちに準備してもらっていたのだ。


「さすがに、干しネズミなんて食べたくないからね……」


 ヘビ人間たちの主食は、ネズミであった。このネズミ料理は、多様なレシピがあり、旅する際には干し肉ならぬ干しネズミをつくるのだそう。


 わたしたちにも何個か渡そうとしてきたけれど、首をぶんぶん振って拒否させてもらった。


 コックのヘビ人間が目を伏せていたけれど、しょうがない。ぺったんこになったネズミの、死んだ魚みたいな目を見ていたら、食欲なんて消し飛んじゃうよ。


 そういうわけで、人間用の食料をわざわざ用意してもらい、わたしたちはヘビ人間たちのいる洞窟どうくつを出ることとなったのである。

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